「君かい、ウチに新しく入ったっていうジャッポネーゼの女は」


僕は助手席から後ろを振り返ることなく問うた。
くしゃりと音をたてて受け取った紙切れを屑籠に入れる。運転手にはルートを変えずそのまままずは諜報部専用秘密牢へと告げた。


「うん?なんのことだい?」

「違うの?ウチの屋敷に来たいんだろ?」

「さぁ?あたしたちは伊ノ国に来たらここを訪れろと言われてるだけだからねぇ。この子が起きれば何か分かるかもだけど」


そう言うと、女は座席の真ん中でくったりと眠っている黒髪の女を爪の先でつついた。キセルは袂にしまったらしい。
バックミラー越しに後ろの3人を眺める。その手前の座席─…即ち僕の後ろの座席である…─の連行中の罪人2人は、放心状態で窓の外を眺めている。
どうやらここから更に逃亡を図ろうという様子はないようだ。稀にいるんだよね、この間は気が狂ったように叫び出して精神的障害のふりして車の外に引き摺り出したら飛び掛かってきたやつがいた。
まぁとりあえず何されようと拘束して殴って黙らせておけばいいんだけどさ。喋りたくなったら後で声が嗄れるまで喋らせてあげるし。勿論拷問つきでね。



僕はバックミラーを見つめながら、焦点を後ろの3人にもう一度合わせた。
ふと、眠っている黒髪の女の首元へ視線がいく。



「ねぇ、」

「…ん?なんだい?」

「その白蛇、何処産?ペットかい?」

「こいつは紛れもない神木の守護神の末裔で、其処らにいる蛇とは格がちが…、むぐ」

「七華、あんた無駄に喋りすぎだよ」

「……神木?神だとでも言うのかい、その蛇は」

「違うよ、ぼくはただの成り損ないだ」


何処からか、少年の声がした。
金髪の女は、少女の口を押さえている。そして、目を見開いた。

僕はバックミラー越しではなく、直接振り返って後ろの3人を見やった。
……3人とも、女だ。少年なんて、何処にもいない。


「こら、クチナシ!余計なこと喋るんじゃないよ」ボソボソ…

「…ごめん」ボソ…

「あーもう、いいからあんたは黙ってなッバレるだろ!」ヒソヒソ…


女が話し掛けているのは…────白蛇、だ。


閉じられた口からちろちろと赤い舌が出入りするに合わせて、少年の小さな声がする。
僕は耳を疑った。が、確かに聞こえるのだ、白蛇から。


僕は何だか厄介事になりそうな予感がして、一先ず屋敷に帰ってジョットに確認が取れるまでは深く聞かないでおこうと心に決めて身体を前向きに直した。
フロントガラスの向こうに映る秘密牢が段々近付いてきた。とりあえず、罪人を連行して適当な牢に放り込んで、今夜はさっさと休もう。
ひとつ欠伸をすると、門番がこちらに気付いて敬礼。車内からでも聞こえる、錆びた鉄の門がゆっくり開かれていく耳障りな音。
君たち、こんな深夜までお勤めご苦労だね。ま、それが仕事なんだろうけどさ。僕の乗る黒塗りの車が静かに門の奥から敷地内へ進んでいく。

牢獄の前に着くと、僕は車を降りて罪人2人を車から引き摺り出す。
連行を手伝おうと数人部下が寄ってきたけど、目で制する。逃げることのないようにしっかりと腕を掴み牢獄の出入口へ。


「(相変わらず暗いな…、いくら警備が厳重でもいざというときこれじゃ困るだろ)」


外灯の少なさに眉を寄せていると、コロン、と何か小石でも蹴飛ばしたかのような音。
左手で連行している、人拐いだった方の罪人は俯き気味に何かを蹴飛ばしながら歩く。


「真っ直ぐ歩け」

「っぐ、」


腕を折る勢いで握り引っ張ると、男は最後にそれを遠くへ蹴飛ばしふらつくようにしながら歩き始めた。



牢獄の奥から3番目と手前から5番目の牢に一人ずつ罪人を放り込む。
同じ牢や隣り合わせ・向かい合わせなんかにすると脱獄の企てをするのは目に見えてるからね、引き離して投獄するんだ。


鍵を看守に預けると、僕は出入口まで戻ってきて、見送りに整列する少数の部下の一人に小さく告げた。



「出入口周辺をくまなく探して、発信機の類いが落ちてる筈だから」

「はっ」



僕を欺けると思った時点で君たちの敗けだよ。



僕は車に乗り込むと、バックミラー越しに未だに眠っている黒髪の女を一瞥して、運転手に屋敷へ向かうよう告げた。




***




「着いたよ」

「っは〜!!やっとかい?やれやれ、狭くて肩凝っちまったよ」

「乗せてやったんだから礼は言われても文句を言われる筋合いはないよ」
「わぁーかってるよ。ありがとさん、ほら緋色起きな」



女がゆさゆさと黒髪の女の肩を揺する。が、黒髪の女は起きなかった。
確か薬を嗅がされたとか言ってたな。まだその余韻で深い眠りについたままなのだろう。
女が仕方なさそうに息をつくと、少女が先に車を降りて、そのまま車の外から黒髪の女を抱き上げた。
反対側の扉から女が車を降りると、手を腰に当てて伸びをした。首を左右に傾けるとばきりと音がする。
今改めて女を見ると、ジャッポネーゼの割には背も高いし体格もいい。背なんか、下手したら僕とあまり変わらないかもしれない。
3列目の座席はやや狭く作られているから、確かに彼女にとっては少々息苦しくもあったかもしれない…まぁ、別にだから何って訳じゃないけど。


少女は黒髪の女を背負うと、軽い足取りで門の少し内側まで歩く。
女は嬉しそうにキセルを袂から取り出す。僕はすかさず女に手錠を向けた、鋭利な刺のついた戦闘用の物を。


「なんだい、物騒だねぇ」

「邸内は禁煙だよ」

「堅いこと言わないでおくれよ、一服くらいいいじゃないか」

「駄目なものは駄目だ」

「………はぁ〜…、頭の固い男は嫌いだよ」


嫌いで結構、諜報する人間からしたら喫煙なんてもっての他だ。僅かな匂いでもつけば一気に我が身が危うくなるのだから。
この敷地内はそういった危険な職務に就いている奴等ばかりだ、皆身の程を弁えているから喫煙なんてしないし禁煙すら義務付けている。
余所者に規律を破られたんじゃ本気で洒落にならないからね。ここは意地でも通させてもらわないと。


女はつまらなそうに取り出したキセルを再び袂へ戻す。
…キセルの先には刻み煙草が入っていなかった。



僕は先頭を切るようにして表門から敷地内へ踏み込む。
マフィア・ボンゴレ元自警団の本邸は目前だ。


ちらり、と後ろを目線だけで振り向く。
先ほどから眠っているせいか俯き前髪で顔が見えない黒髪の女。
髪飾りとして付けていたであろう紅の生花は萎れ、綻び始めていた。



「……ねぇ、その女」

「んー?あぁ、この子かい?」

「我らが主、羽音緋色様であるぞ」

「…………ふぅん」


羽音緋色、ね。




くぁ、と欠伸をひとつ。

そいつが、見える$l間か。
僕と同じ…、唯人には見えないものが見える人間。


でもその割には辺りに亡霊が見当たらない。

てっきりうじゃうじゃと彼女の周囲に群がってくだらない懇願してるものとばかり思ってたんだけど。
あ、亡霊でも流石に海は渡れなかったのかな。


久々の静かな夜に、僕はもう一度欠伸をした。




 

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