時代は少し遡り、西暦1900年代に入って間もない、そんな頃。
日本は長年の鎖国をやめ、外国と物資や文化の交易を図るようになる。数回の戦争にも勝利を納め、アジアのみならず世界の日本へと進化を続けていた。

街で見かける人々には西洋式の服や髪型で着飾る者が大方を占めるようになっていた。

そんな時代に、未だに日本式の着物を着て、日本の文化を重んじ、更には不思議な術を使うというなんとも奇特な女がいたそうな。



***



「……………この道で合ってるのか?」

「その筈だ、雨月に渡された地図が正しいならな」


かさり、木の葉が擦れ合う音。
風が吹く度に、ざわざわと生い茂る木々達が騒ぎ立てた。

足場もそこまで良くない。何度も滑りかけた上に、急斜面がやけに多い。こんな山奥で、よく自分たちは遭難しないなと今更ながら感じた。


「そこの、模様が刻まれた木の左に数メートル。暫くすると縄で繋がれた2本の木があるから、その間をくぐって斜面を登った先にある…らしい」

「また斜面か…、次のはさっきのものより緩やかだといいんだが」



俺とGは、山を登っていた。
人に会うために。


「…にしても、こんな辺鄙な人里から遠く離れた山奥に独りで暮らすジャッポネーゼの女って…どんなやつなんだ?」

「雨月が言うには、少し世間知らずなだけの謙虚で美しい、所謂ジャッポーネのヤマトナデシコ≠形にしたような人らしい」

「山奥にナデシコが独り暮らしって…随分たくましく聞こえるぜ」

「はは、ますます会うのが楽しみだな」



長く登山していたお蔭で火照った身体を、シャツの襟を掴み扇ぐようにしてなんとか熱を逃がす。
本当に、雨月は何がどうなってその女性と知り合うことになったのか。ここに来るまではそこまで気にも留めていなかったが、今俺は切実にそれを知りたいと思った。



きっかけは、ランポウの一言だった。


「まだジャッポーネに着物着たりしてるジャッポネーゼっているの?」

雨月の服装をじっと見ながら呟くように問うた彼に、雨月はさも当たり前のように


「居るでござるよ。少なくとも、一人は必ず」

爽やかに微笑みながら言った。

「彼女はとある事情で、街から離れたところに暮らしているのでござる。もしかしたら、今日本がどういう状態にあるのかもきちんと把握していないかもしれないでござるな」


度々雨月から、その女性の話を聞いてはいたが、前々から気になっていた俺は「その人に会ってみたい」と雨月に居場所を尋ねた。

雨月は、別件で仕事があるため案内で同行してもらうことは出来なかったが、彼からその女性に知り合いの外国人が訪ねるということを連絡しておいてもらった。


そうして、側近であるGを連れてやって来た訳なのだが。

ジャッポーネに着いたのは朝にも近い時刻。それから街を離れ、時には馬車や車を借りてこのような町外れまで来て、ただひたすらに山登り。
木々の隙間から覗く太陽の傾きから、おそらくもう午後を回っているのだろう。これは申し訳ないが今晩は泊めてもらうしかないだろう。

さすがに軽く丸一日登山をするとは思っていなかった俺たちのスタミナも、そろそろ限界を告げていた。登るために足を上げる度に、疲労感という重みが増していくのが手に取るように分かる。


あと少し、あと少しと地面を踏み締める我が足を叱咤激励するも、ここまで辺鄙な場所だとは思わなかったために、正直人が住んでいるのかそれ自体が疑わしくてならない。かといって今頃諦めるわけにもいかない。とりあえず登る。


暫く俺たちの呼吸音と、時折涼しく通り抜けていく風、ざわめく木の葉の声、それだけが俺たちの周囲を支配していた。動物の気配すらしないとはどういうことだ。


木と木を繋ぐ縄の間を潜ると、ふっと空気が変わったのを肌で感じる。先程まで進む先には生い茂る木と木漏れ日、雑草しかなかったのに、突然大きな日本家屋が姿を現した。

噂の彼女は、D(デイモン)のように幻術を使えるのだろうか。


ばさり、突然大型の野鳥が羽ばたくような音がして、ぼんやりGと目の前の家を見ていた俺たちは、音がした方へ振り向いた。
そこには、



「貴様らが今日訪問すると連絡のあった者共だな」


首筋を撫で付けるように伸ばされた黒髪、重たそうな単を何枚も重ねて着て、下には髪色と同じ黒袴を履いている。何かの儀式をする神官のような印象も見受けられた。

「来い。主の元へ案内してやる」

「「……………。」」


そう告げて、ばさりと振り返る。先程の音はどうやら単が翻る音だったようだ。

俺たちがぽかんと棒立ちになっていると、彼≠ヘ早くしろと睨み付けるように俺たちを見やった。



俺たち二人を出迎えたのは、話に聞いていた女性ではなく、

正真正銘の男だった。





 

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