一方、初代雲の守護者アラウディはというと、また他者とは違った悩みを抱える身であった。


孤独を好みプライドの高い彼の性格故か、相談できるはずもなく、ましてや相談できるような内容でもなく。彼は、悩んでいた。

そこへ丁度良く、緋色とその一行がイタリアを訪ねて来たのである。



***



「ねぇ、いい加減消えてくれない。目障りなんだけど」


静かな部屋に響く低めのテノール。耳に心地好いその声音が紡ぐは残酷な言葉。
初代雲の守護者アラウディは、己の執務室にて本来の仕事、諜報活動の資料をまとめていたところだった。
広くも整頓された部屋に居る人間は、彼一人。常人には彼の言葉が誰に向けたものなのかわかるはずもない。だが彼は、確かに目障りで消えて欲しいと思ったからこそ言ったのであって、戯言などでは当然無い。


カリカリと羽ペンが紙を滑る音がする。インクの瓶にそれを挿し、一時休憩することにした。長い時間書き物をしていたお蔭で固まった筋肉を解すと、バキ、と何処かが悲鳴をあげた。
この時代は万年筆という筆記具が主流ではあったが、アラウディは羽ペンの書き心地を気に入っていたため、現在も愛用していた。

書いた紙のインクが乾く間くらいは、ゆっくりエスプレッソでも飲みながら読書をしようと思っていたアラウディだが、どうやら彼の目の前の人&ィがそれを許してはくれなさそうだ。
アラウディは、執務机の向こうでおずおずと頭を上げるそれ≠ノ、苛々とした口調で話し掛ける。


「だから、何度も言ってるだろ。僕はお悩み相談所じゃないし便利屋でもない、帰ってくれ。他を当たるべきだよ」

『ですが…なかなか貴方様ほど私のような存在を感知出来る人間も居りませんで…。おまけに貴方様は諜報が職務と来ている、貴方様にしかお頼み出来ないのです…!お願いします…っ!!』

「無茶言うな。僕は陛下からの任務しか基本的には受け付けないし、ボンゴレの方の仕事で諜報することだって稀にしかしないしするつもりもない。君みたいなどうでもいい存在のために人員と時間を割いてやるほど僕も暇じゃないんだ」

『お願いしますよ…!あ、きっ聞いてくださるなら、私の遺産の半分…いや4分の3はお貢ぎ致します、在処もお教えします…!ですからどうか、』

「僕は生憎金で動く人間じゃなくてね。自分の興味を引かれる事柄じゃない限り普通業務外で任務を承ることはないんだ。


君の奥方が、君亡き後に浮気していないかどうかの調査?お国の諜報部を嘗めてるの?」

『いっいえ…!ただ、本当に頼れるのが貴方様しか…!』


尚もすがり付いてくるその人≠適当にあしらうと、窓から少し離れた壁際にある書棚に向かうアラウディ。
最近読み始めたばかりの分厚い歴史書を取り出す。諜報活動をする上でこの手の知識はあった方がいいというか必要なのだが、それ以前に彼は興味深いと感じたために厚さ5pはあるだろうその本を熱心に読み進めているのだった。


以前しおり代わりに挟んでおいた紐を引きながら既読ページまでを開く。片手で持つには不安定なそれをしっかりと掌の上で安定させると、もう片方の手で食器棚からカップを取りだし、隣接の給湯室まで歩く。
器用にも片手でコーヒーを淹れると再びカップを持ち、左手の本からは目を離さずに先程の執務机ではなくその少し向こう側にある高級そうなソファーにゆったりと腰掛けた。
組んだ足の膝の上に本を置くと、優雅な姿で休息を楽しむアラウディ。因みに彼が本を取り出したところからずっとその人≠ヘ彼の後をついて回っては懇願し続けていた。


『お願いですから…!あいつ、私の死ぬ直前男がいる風な素振りしてたんですよ…!あいつが軽い女で私が捨てられたのならそれで致し方無いと諦めます、ですがその相手の男が彼女を幸せにしてやれるのかどうか、それだけが気になって成仏出来ないんですよぅ…!』

「……ちょっと、黙ってくれない?本の内容が頭に入ってこないから」

『うぅ…すみません…』



つまりは、そういうことだった。
アラウディが先程から対話しているのはただの人間でなく、死んだあとの人間……───幽霊だったのだ。
彼が諜報しに行った先の土地で呪縛霊となって身動きの取れない魂が、彼に憑いてやって来ては成仏するために願いを聞き入れてくれと頼み込んでいた、という訳である。


「………まぁ、死んだ君よりかは幸せにしてくれるんじゃないの」

『そんな適当な…、いや、間違ってはおりませんが…』

「分かったらとっとと消えてよね。せっかくのコーヒーも不味くなるし」

『……私は諦めませんからね!』


ふわり、煙のように消える幽霊。それを横目に見届けると、アラウディは深く深くため息をついた。
一時的に消えただけで、暫くすればまた姿を現して同じ頼み事を何度も何度も繰り返すのだろう、自分がそれを聞き届けない限り。
物理的攻撃の効かない彼らには説き伏せて諦めてもらうしか術がないと知っている彼は、もううんざりといった表情でカップのコーヒーを啜った。


「浮気調査って、僕は何処の庶民的探偵だよ……そのうち飼い猫が元気かどうか見てきてくれとか、そういうのまで来るんじゃないだろうね」


読む気が失せた、とでも言わんばかりに紐を挟んでばたんと本を閉じると、カップと共にソファーの前のガラスのローテーブルに置く。
そのままゆっくりとした動きで、ソファーの片側の肘掛けに頭を乗せ枕代わりにし、もう片側の肘掛けに足を組んで乗せる。
ふぅとため息をもうひとつつくと、瞼を閉じた。此処のところまたこの手の輩のせいで精神的疲労が耐えない。


午後の柔らかい陽射しを窓のカーテン越しに受けながら一眠りするのも悪くない、そう胸中で呟いてアラウディは深く深呼吸をし、誘う眠気に身を任せた。




 

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