「血の色をしたこの瞳が、災いを呼ぶから、と」


皆が皆、私を忌み嫌い、姿を見せるなと罵倒するのでございます。
ですから私は、山を降りることが出来ず、独りこのような辺鄙な場所で暮らしているのです。


涙を孕ませてはいないものの、今にも泣き出しそうな哀の色を浮かべた瞳が寂しげにこちらを見つめてくる。
俺とGは暫くの間、金縛りに遭ったように動くことが出来なかった。


「…綺麗な色だ」

「良いのですよ、無理をなさらずとも…気味の悪いモノをお見せして申し訳ございません」

「いや、お世辞じゃない。…火の色みたいで、綺麗だ」


前髪をもとのようにして目を隠すと、小さな声が広い座敷の部屋に響いた。
きっと彼女は、瞳が紅いというだけで人々にぞんざいに扱われた過去から、人間を恐怖し街から離れたのだろう。考えただけで胸が痛くなった。


「ある日のことでございました」

「うん?」

「私は所用でどうしても街へ出なければならなくて、仕方なしに笠を被って顔を隠しながら山を降りたのです」


唐突にも昔話を始めた緋色。その顔は未だに俯いたままだったが、声色はやや明るくなった、ような気がする。


「慣れない街を歩くのはやはり疲れるものでして、私は一件の茶屋で休息をとることに致しました」

「ほぅ」

「すると、近くの小屋から美しい笛の音が聞こえて参りました。休息も程々にとは思いながら、興味本意でその小屋を覗いたのでございます」


嗚呼。
この話はつまり、


「その時出会いました演奏者の方が、雨月殿だったのでございます。彼は、私に気付きますと追い払わずに中で聞くよう促してくださいました。優しい音色につい聞き入ってしまいましたが、雨月殿は最後に私の名前を尋ねて、私が街で噂の呪われた紅い眼の巫女≠セと知ると、からりと笑いながら一度会ってみたかったと仰られたのでした」

その時、私の瞳を見て雨月殿も綺麗な火の色だと仰っていました、と。緋色は言う。


彼女羽音緋色と、ボンゴレファミリー雨の守護者朝利雨月の出会いの小話。
話を聞いて、奴なら言いそうだとGと笑う。すると緋色の表情にも再び笑みが戻り、雨月殿はお元気ですか?と静かに聞いてきた。

「あいつならイタリアでも音楽からは離れられずに笛を吹いている。今日は別件で一緒には来られなかったが、元気にやっているよ」

「そうですか…良うございました」

「ちょっと気になったんだが、そういえば雨月からはどうやって連絡が入ったんだ?」

「嗚呼、それでしたら、山の麓に郵便受けがございましたでしょう?そこから新聞やら文やらを受け取っているのですよ」

「まさか毎日麓とここを往復しているのか?それはすごいな」


彼女は庭に繋がる襖を開いて部屋に夕陽の光を入れながら、優しく微笑んで言った。


「素敵な運び屋が毎日届けてくださるのですよ」



ひらり。何やら紙が空から落ちてきて、緋色はそれを受け止め開いて目を通す。手紙だったようだ。
暫くそうしていると、彼女がはっと息をのむ音がした。どうしたのか尋ねると、急な仕事が入ったと焦った様子で言うので、俺とGは膝に手をつきながら立ち上がった。


「付き添うぜ。これからは暗くて女には危ない時間帯だからな」

「ですが、客人にそのような…」

「置いてかれてもやることないしな。気にするな、邪魔は極力しない」


彼女は暫くうぅんと悩んでいたが、まるで誰かに説得されているかのように「でも…」「確かにそうですが…」と相槌を打っていた。勿論その長い間俺たちは一言も喋っていない。


「分かりました。急いで準備して参りますので、靴をお履きになって庭でお待ちください」

「わかった」



摺り足で部屋を出ていく緋色。玄関口まで行って靴を持って来なければ、そう考え廊下へ出た時だった。
俺たちの靴が廊下に綺麗に並べられて置いてあった。案内をした男がやったのだろうか。にしても、緋色が彼に耳打ちしたのは俺たちがこの部屋に通されたばかりの時だからタイミングとしてはあり得ない。それに、俺たちと緋色以外の人間の気配はしなかった。
ならば靴がここまで歩いてきたのかといえば、それこそあり得ないわけで。山登りをした俺たちの靴が廊下を歩こうものなら、泥汚れが足跡になっているはずだし、そんなものは何処にもない。


この屋敷に来てからなんとなくわだかまりとして感じていた不自然さが形になったような、そんな感覚。
この靴に関してもそうだが、毎日山の麓から屋敷まで往復する運び屋に、雨月の話と違って彼女以外の人間が居ること、それから新築のような屋敷の一角のこの部屋…疑問が疑問を呼ぶ。探せばまだまだ出てきそうだ。


首を傾げながら靴を手に取り、廊下と正反対の位置にある縁側で靴を履いていると、用意が終わったのかぱたぱたと緋色が走ってきた。
髪型がポニーテールに変わり、髪飾りの牡丹の花もそこへ位置を変えている。服装は先程の着物から法衣のようなものに変わっていた。赤い袴に白い薄手の胴着。巫女の衣装に法衣を合わせたような不思議な服装。そして何故か彼女は手ぶらだった。


「では参りましょう!」

「あぁ、」

「あ、G殿そちらではありません。こちらです」

「んん?仕事だろ?山を降りるんじゃないのか?」



緋色は人差し指を唇に当てて、可愛らしく微笑みながら言った。


「私の仕事は、人間が相手ではないのでございます」





 

3/3


≪戻


×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -