不気味なほどに、物音がしなかった。

長い長い廊下を、摺り足で進んでいく前の男。何枚も重ねて羽織っている単が邪魔そうだ。
お互いに名乗らないので、(というか背後から揺らめく殺気が威嚇してくるので)会話をするはずもなく、沈黙が痛い。


「…ジョット」

「なんだ?」

「………独り暮らしじゃなかったのか…?」


沈黙。やはり沈黙。

雨月には女性一人がひっそりと暮らしていると聞いていた。なら、前を歩く男は一体。
先程、「主の元へ」と言っていた。ならば召し使いか?いや、俺たちが出向くのを待っていたようだから…門番?
確かに召し使いの一人や二人や三人や四人でもいなければこんなにも広く大きい日本家屋に住むのは大変そうだが…


俺が脳内でひたすらに考えを巡らせていると、どうやら目的の部屋に着いたらしく、襖越しに人の気配を感じた。男は襖に手をかけ、一言連れてきたと言うと、返事を待たずに横にスライドさせた。


「まぁ、このような山奥までよう足を運んでくださいました。雨月殿からお話は伺っております、どうぞごゆっくりしていらしてくださいませ」


現れたのは、桜色の着物に夕日色の帯をした女性。艶やかな黒髪を胸の辺りまで伸ばしている。前髪を鬱陶しそうに伸ばしており、隙間から覗く瞳は髪の陰になってよく見えなかった。赤い牡丹の花が髪飾りとして左耳の上あたりで髪を括りとめている。

正座で俺たちを迎えると、三指を揃えてついて丁寧に頭を下げ、挨拶をしてきた。


「お疲れでしょう?只今お茶をお持ちいたします、こちらへお座りになって暫しお待ちください」

「あ、あぁ…」


顔を上げてにこりと微笑む彼女に言われた通りに、用意された座布団の上に胡座をかく。
Gと顔を見合わせて目をぱちくりしていると、俺たちをここまで案内してきてくれた男は、彼女に何か耳打ちされて、了解の合図を見せると足早に襖を閉めて出ていった。


広い部屋一面に畳が敷かれ、壁や天井に使われている木の木目が飾り気のない部屋の唯一の装飾になっている。塗料の仄かな香りと混じる畳の香りに、新しく建て直しでもしたのだろうかと首をやや傾げた。

「お待たせ致しました。お茶請けに羊羮は如何なさいましょう?」

「頂こう」

「では、お召し上がりください」


目の前に、盆に乗った緑茶と羊羮が出てくる。卓袱台の上にそれらを並べて、彼女の手元にも湯呑みに入った緑茶だけが置かれた。
何も言わなかったのに、何処からか灰皿を取り出してどうぞお使いくださいと卓袱台に置く彼女。Gは悪いな、と短く告げてくわえていた煙草を灰皿に擦り付けて鎮火させた。


「申し遅れました。私(わたくし)が、今回お訊ね頂いた羽音緋色でございます。お名前を伺っても?」

「ジョットだ。こっちは相棒のG。緋色、で良いか?」

「ジョット殿に、G殿でございますね。えぇ、お好きに呼んでくださいませ」


化粧っ気のない、ジャッポネーゼらしい黄色がかった白い肌に映える桃色の唇が緩く弧を描いた。
細い華奢な指が湯呑みを持つ。仕草ひとつひとつに目を引かれる。どきりと鼓動が跳ねた気がした。
気配りができる上美しい容姿。確かに彼女はヤマトナデシコ≠サのものだ。


「それで、今日私をお訊ね頂いたご用件は何でございましょう?」

「…あぁ、いや、雨月から度々話を聞いていてな。一度会ってみたいと思っていたんだ」

「まぁ!ふふ、雨月殿ったら、何を申してらっしゃったのかしら」

「どうしてこんな街から遠く離れた場所で生活しているんだ?お前のような美しい容姿なら国を問わず男が放っておかないだろう」

「外国の殿方はお世辞が上手でいらっしゃいます、ふふっ、それとも私のような女は珍しかったのでしょうか?」


Gの言葉に更に嬉しそうににこやかに微笑む緋色。だがお世辞抜きにしても実際彼女は美しかった。Gもそれをわかっているのか、はは、と乾いた苦笑を洩らした。


「私はあまり人に姿をお見せ出来ないのでございます」

「病気でも患っているのか?」

「いいえ、身体はいたって健康にございますよ」

「じゃあ、何故?」


俺が問いかけると、先程まで微笑んでいた彼女の口元がゆっくりと引き締められた。
悪いことを聞いたかと罪悪感に刈られたが、既に後の祭りだ。


「雨月殿のご友人でしたら、お見せしても大丈夫でしょうか…?」

「ん?なにがだ?」

「私の、瞳の色です」

「瞳の…色?」


途端に泣きそうなか細い声で呟き俯く彼女に、なるべく優しく返すと、そう返ってきた。
嗚呼成る程、瞳の色を隠すために前髪をそんな風に伸ばしていたのか。

構わないよと声をかけるが、彼女はそれでもなお「本当に宜しいのですか?怯え逃げたりしませぬか?」と注意深く聞いてきた。
俺たちはボンゴレファミリーとして様々な国や地域と交流があるが、容姿や瞳の色もボンゴレ幹部内だけで様々だ。今更驚いて遠ざけるような真似はしない。

Gと顔を見合わせて、勿論と頷いてみせると、では、と緊張した面持ちで前髪をその細い指で掻き分けていく。


「──────……」

「私は、」


長い睫毛がすぅと大きく優しい眼差しを縁取る。
見開かれた俺たちの瞳と、彼女の異色な瞳が、ぴたりと合った。

吸い込まれるような美しさに、瞬きを忘れ見いる。
彼女の対の瞳は、


「街で呪われた紅い眼(まなこ)の巫女≠ニ、呼ばれているのです」


深紅に燃え盛る、炎の色だった。




 

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