「あの、」


不意に響いた優しい彼女の声にぴくり、肩が跳ねる。
妖怪たちを順繰りに眺めていた僕は、彼らの一番端に並ぶようにして立つ彼女に視線を向けた。



「アラウディ様も、幼い頃から見えた≠フですか!?」

「……、うん」

「……っ誠にございますか…!?」

「嘘つく理由がない」



僕が短くそう言うと、彼女は泣きそうなほど夕日色を煌めかせて、満面の笑みを浮かべてぱたぱたと僕のもとに駆け寄ってくる。
その際、彼女の首に絡み付いていたクチナシが滑り落ちた。
吃驚して、抱き付いてくるのかと心の準備をしていると、彼女の繊細な手が触れたのは僕の手。

…彼女はジャッポネーゼだった。


内心若干残念がっていたけれど、それでも膝をついてソファーに座る僕を見上げてくる彼女の愛くるしさににやけそうになる唇を、歯を食い縛ることでなんとか留めた。
…ていうか、あれ?アラウディ様=H
ジョット達には殿≠チて敬称だったような、

そんな僕の思考を遮るように、彼女が声を上げた。



「幼い頃、霊魂に驚かされて転んだことはございますか?」

「………まぁ、幼い頃は…」

「っでは、追いかけられたことは?」

「そんなの今もだよ」

「……他人に、気味悪がられたことは…?」

「あったね、気にしなかったけど。」



膝立ちしていた彼女が、ぺたりと座り込む。
僕の両手を包み込む彼女の手が、震えていた。

そのまま手を額に当てるようにして俯いてしまった彼女に、なんと声をかけるべきか迷っていると、小さく…本当に小さく、呟いた。





「同じ、だ…」






ぽた、り。

光の滴が、彼女の手に落ちて、伝うようにして僕の手にも落ちる。


泣いて、いる。




「………初めて、はじめて…同じ方に、出会えた……っ」




両手を握られていては、抱き寄せることも頭を撫でることも出来なくて。
ただ、ただ。震える肩を、伝う滴を。見つめていた。


職業柄、霊媒師を名乗る詐欺師には幾人も会ってきたが、中には僕と同じようにきちんと見える≠竄ツらもいた。
けれど、インチキがバレる、などといって舌打ちされ邪魔者扱いされ、睨まれたことしかなかった。

同じ見える$l間に出会って、喜ばれるなんて…ましてや泣かれるなんて。
それこそ、初めて、だ。



「…積もる話もあるだろ?二人にしかわからないようなやつが」

「俺たちは本邸に戻ってる。何かあったらいつでも来い、談話室に来れば最低一人はいるから」



ジョットとGがそう告げて部屋を出ていく。
妖怪たちも、不知火に背中を押されるようにして部屋を出ていった。
唯一人、虚空と言ったか、その男だけが部屋を出る直前まで憎々しげな視線を僕に浴びせていた。






「……顔、上げなよ」

「…っ申し訳ありません、お手を濡らしてしまって…、」

「いいよ、別に。それより」


指先で目元を拭う彼女の手をやんわりと退けると、ダークグレイの僕のシャツの袖口をそこに当てる。
擦ると腫れてしまうから、繊維に水分を染み込ませる。泣き止んだ彼女が、「そ、袖を…っ、汚されては…」と慌てる。

さっきまで泣いてたのに。
面白いし、可愛いな。


「……っはは、」

「え…」

「ふふ、うん。大丈夫だから、気にしないで」


思わず笑いが溢れてしまう。
きょとん、としている彼女がまた可愛くて、微笑いが止まらない。

漸く落ち着いてきたのか、柔らかく微笑う彼女。


「アラウディ様は、素敵な方ですね…」

「…そう?」

「私も、貴方様のように、美しい容姿に産まれたかった…」

「え、」

「あ、アラウディ様は勿論内面的にも素敵な方だと思います!
けれど、私には…その瞳が、羨ましくて仕方ないのでございます」


自嘲的な笑みを浮かべる緋色。
そのまま顔を伏せてしまう。長い睫毛に見とれる僕。



「私の家系は、血筋的には平安の時代陰陽師の血を代々受け継いでいました」

「オンミョウジ?」

「悪霊を祓い、妖怪を従え、都の平穏を保つ役目を担った役職のことでございます」


西洋で言うエクソシスト(悪魔退治屋)のことか。

理解した、と頷くと、彼女はちろりと僕を見てから続きを小さな声で話す。


「ですが、受け継いだのは見鬼の才のみ。術も知識も、資料がなければ口伝の逸話も遠い昔に途絶えて…残されたのは見える@ヘだけでした。
血を受け継いでいるとはいえ、それも遠い親戚から薄々と伝ってきたようなものなので、親族の中でも見える人々は殆ど居なかったのでございます」

「…でも、君は術を使ってた」

「えぇ、まぁ…独学ですが、なんとか形にはなっているようです」


独学。
そのわりには、かなりしっかりしたものだったように思える。
術を施された僕にも施した彼女にも副作用がないあたり、独学といえど彼女には才能があるんだろう。



「親族で唯一見えた≠フは両親だけでした。その両親も見える≠アとを理由に遠ざけられ蔑まれ、異端だと…そう言われていて…。
両親よりも遥かに強力な霊力を持って産まれてしまった私は、祖先のそれと同じ…血の眼を受け継いでいました」

「………」

「両親も、私と同じで…人間より妖怪の方が顔が広く…、親族に霊山へ追いやられると、其処の妖怪と親密な関係になり、そこに家を立てて住むようになったのです」

「…それが、ジャッポーネに居たときの住まい」

「はい…、親族は、異端者は化け物に喰われてしまえ≠ニ霊山へ両親を追いやったのですが…中々に不思議な運命ですよね」


ふ、と微笑う緋色。

ゆらゆらと揺れる瞳には、きっと僕じゃなくて懐かしい遠い日々が映っているんだろう。



「その両親も、私が五歳になる前に他界し…私は、独りになってしまって…」

「……」

「…っ、すみません、」



目元を押さえる緋色。
唇を噛み、肩を震わせる。



「……彼らと…出会えたのは、この瞳があったからこそなのですが…っ、それでも、私は…」



普通で、いたかった。


幼い頃の。弱く小さかった僕が、学舎の裏庭のイチョウの木の下で呟いた言葉と重なる。
普通じゃない、と言われるのなら、僕は普通を目指すことを諦めた。
僕にとっての普通と他人の普通は相容れないものなんだと、なら普通じゃないことを極めてやろうと。

それでも、こっちだって毎回好きで亡霊に付き合ってるわけじゃない。
僕にばっかりくっついてきて、追い回されて。

こんな目に遭うくらいなら、僕だって、普通でいたかった、と。




「綺麗だよ、」




優しく抱き寄せて、包み込むように抱きしめる。
硬直している彼女に、静かに、なるべく柔らかい口調で、告げた。





「君の瞳は、血なんて濁った色じゃない。

鮮やかな、夕陽の色だ」





緋色ちゃんの目は夕焼けの赤色じゃよ




「……ぉじ、…さ…っ」


(私の、唯一の理解者だったおじじさま。彼が一番最初に、私の目を綺麗だと言ってくれた。
彼と、同じことを…人間の方に言って頂ける日がくるなんて、)



僕の肩口に彼女の目元を押し付けるようにして優しく抱く。
掠れた声で誰かの名を呼ぶ緋色。

身寄りのなかった彼女。
世話をしていたのは、大方両親と仲の良かった妖怪だろう。


ここにその人はいない。
僕が、彼女の支えになって守ってやれたなら。



「誇りなよ、誰も持ってない目を持ってるんだから」

「…………!」

「君にしかない、瞳なんだから」





僕は、その瞳に恋をしたんだから。






 

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