「最後の方のお名前は何と申されるのですか?」

「ん?あぁ、アラウディだ」

「ぶっきらぼうで素っ気なくて愛想の欠片もないやつだが、そういう性格なだけで悪いやつじゃねぇ」

「まぁ…そうなのですか?ふふ…出会ったばかりの頃の七華のような方ですね」

「七華の場合、今でも赤の他人にゃ素っ気なくて愛想もねぇよな」

「貴様には関係無いわ、人間風情が」

「そういえば七華、お前今日は隠れなくていいのか?」

「緋色様に船上で頼まれたのだ、挨拶を終えるまでは姿を現していて欲しい、とな。でなくば貴様らのような下等生物と好き好んで言葉を交わしたりなどせぬ」

「七華っ!!」

「はは、そうか。悪かったな」

「別に気にしてねーから大丈夫だ、緋色」



部屋に荷物を置き、ぞろぞろと10人でアラウディの私室へ向かう俺たち。
あー…大人数だとヤバいかもしんねぇな、あいつ寝起きだったら余計機嫌悪りぃし。
挨拶は全員じゃなくて順番のがいいかもしれねぇな。


ジョットも同じことを考えていたらしい。緋色に「式妖怪は一人ずつ部屋に入れ換わりで入って挨拶してもらいたい」と簡単に説明していた。


「人嫌いな方なのですか?」

「いや、大人数が嫌いなんだ」

「緋色様、早々に挨拶など済ませて部屋に戻りましょう。この屋敷は何やらうじゃうじゃしていて気分が悪いです」

「七華、なんだ?うじゃうじゃって…虫でもいたか?」

「違う。凡人には分からぬものだ」

「霊魂だよ、なんか知らないけど進む方向に気配がたくさんいるんだ」

「デモーニコ?」


進む方向、とは勿論アラウディの部屋の方角だ。
何故デモーニコがアラウディの部屋に…?

俺の瞳ではその姿を捉えることは出来ないが、緋色や式妖怪たちが段々と渋面していくから本当なのだろう。
ジョットはどうにかして見えないものかと辺りをキョロキョロしていた。





「着いたぜ」


そうこうしている間に目的の部屋の扉の前までやって来た。
いつも通りしんとしているようで物音は何一つ聞こえない。
俺がノックをしようとしたその時だった。


「お待ちください!」

「…ん?」

「どうした、緋色?」

「…様子が変なのでございます」

「たしかに、変だ」



彼女の足元を、尾を滑らせるようにして歩いていたクチナシが、扉を睨むようにして言った。

そちら≠ノは疎い俺とジョットは何のことか分からず、顔を見合わせて再び緋色を見やる。

緋色は袂から札を数枚取り出し、険しい表情で扉に近付いてきた。


「…G殿、扉を…頼めますか?」

「あぁ…分かった」


そのただならぬ雰囲気に、こくりと生唾を飲む。
どうやらこの扉の向こうには、アラウディ以外の何か≠ェ大勢いるようだ。

コンコン、乾いた木の音。
ノックをした手に嫌な汗が滲んできた。



「………アラウディ?居るだろ?…返事しろ」



廊下に響く俺の声。
たしかに様子がおかしい。いくらぶっきらぼうなアラウディでも、呼び掛けを無視する奴じゃない。
執務室はここへ来る途中に通ったから念のため確認したが、鍵は掛かっていたし、作業中扉の鍵を閉めるような癖もあいつにはない。
誰かが屋敷を出たという報告も門番からは入っていない。あいつの行動範囲と言ったら後はこの部屋くらいのものなのに、何故返事がない?

一体何があったっていうんだ。よりにもよってボンゴレ最強の守護者、アラウディに。



俺は緋色、ジョット、そして式妖怪たちに目配せをすると、勢い良く扉を開いた。
室内に踏み込み、部屋中を見渡す。常備している銃をホルスターから取り出し構える。
俺の次に緋色、七華、虚空と続き、ジョットが警戒するように辺りを見回しながら部屋へ入ってくる。

残りの式妖怪は外を警戒しているようだ。もしくは、非戦闘妖怪か。



「…何故、貴殿方はここに留まっておられるのですか」


緋色が突然、はっきりと、凛とした声音で言った。
部屋には一見誰もいないようで、彼女たちの瞳にはそうでない景色が見えているのだろう。
緋色は険しい表情である一点を見つめる。七華や虚空も、じっと戦闘態勢のまま同じところを凝視している。


ソファーからひょこり、とクリーム色の頭が見えた。アラウディの特徴的な髪色に癖毛だ。

ふらりと立ち上がると、くるり、向きをこちらに変えて正面で向かい合う形になる。
俯いたままのアラウディ。いくら見えずとも、これだけは分かった。

───……あれ≠ヘ、アラウディじゃない。



にたり、今まで見たこともないような笑みを浮かべる奴に、背筋が凍る。
何だ。何なんだ、この感じは。



「……その方から、離れなさい。出なくば、この場で滅するまで」

「おマエは…えクソシすトなのカ?くくク…滅スる?ワれヲカ?」

「えぇ…その通りでございます。私の得意は魂縛術ですので、甘く見ないでくださいまし」

「面白イ。やれルモのなラやっテミろ…チナみニ、今コの男に取リ憑いテイルのハ、俺ヲ含メ7人だ」



言葉にぎこちなさがある。声も、アラウディのものだが普段聞いたことのない、絞り出したような窮屈な声音。
首を傾げ、きろりと歪んだ笑みを浮かべるアラウディ。幾つもの違和感が俺に底知れない気味悪さを感じさせる。


7人も取り憑いているって?どういうことだよ、体質か?


じゃらりと音を立てて何処からともなく取り出される奴の武器、手錠。刺付きのそれを握り締め襲い掛かってくる。

仲間相手には簡単に発砲できない。俺が歯噛みしていると、緋色を守るように七華が前に出た。
虚空が透かさず繰り出された攻撃を錫杖で受け止める。そのまま身体を捻って素早く回避し、反撃に突きを繰り出す。



「虚空!なりません、その方は攻撃の対象ではありませぬ!」

「っ…、防御に徹するのは苦手なんだが…なっ!!」



緋色の顔面目掛けて飛ばされた手錠を即座に錫杖に掛けさせることで防ぐ。
アラウディ(に取り憑いている霊)は飽くまで緋色の術の邪魔をしたいらしい。攻撃は全て彼女に向けられていて、虚空がそれを防御する。

七華は緋色に手渡された札5枚を、アラウディを中心にして五角形を作るようにして壁に貼っていく。
その間、緋色は瞼を閉じ集中しながら、何度も指先で何か模様を描き、続けて何やら呪文を唱えている。それはもう、流れるような手付きと言葉で。
息継ぎをする間も少なく、ひたすらに言葉を並べていく緋色。回数を重ねるごとに声に、その響きに重みが増していく。


陰湿な気分の悪い空気が、神聖な冷たさを帯びていく。これは…、そうだ、ジャッポーネで、彼女が天狗の娘から呪詛を除いた時の、あの感覚に似ている。



「虚空!今だ!!」



七華の声と共に、アラウディの攻撃を弾いた虚空が後方に跳躍するようにして引く。
札の五角形の中にはアラウディ一人。奴が緋色に狙いを定め、駆け出したその瞬間、緋色が目を見開く。



「汝らの魂、神の召する元へ還り浄化せん!!」

「「「がぁぁぁああああぁぁああああ!!!!!!」」」



アラウディのものでない、まるで悪魔のようなしゃがれた低い声が何重にもなって悲鳴を上げる。
札を繋ぐように青白い光で五芒星が描かれると、黒く濁った煙がアラウディの口から噴き出す。

パンッ!!と柏手を打つ緋色。今の今まで淀みきっていた空気が急に軽くなり、いつの間にか入っていた肩の力が抜けていくのを感じた。
壁に貼り付いていた札は黒く焦げると、しゅうしゅう音を立てて焼けるように霧散した。

途端、崩れ落ちるアラウディの身体。俺は走り寄って受け止めると、声をかける、が返事がない。
…どうやら気を失っているらしい。髪に隠れて目元は窺えないが、緩んだ唇から規則正しい呼吸が漏れる。

ほっと一息ついていると、後ろで「大丈夫か?」というジョットの声。
振り返れば、深呼吸をする緋色の肩を抱くようにして支えているようだった。
この際敢えてその後ろから今にも呪い殺しそうな目付きでジョットを睨んでいた虚空はスルーしておく。


「…大丈夫で、ございます。一度に徐霊したので、少し疲れただけで…」

「そうか…無理はするなよ、」

「……はい、ありがとうございます…」


アラウディを近くのソファーに横にし、彼女に向き直ると、俺は真っ直ぐ彼女を見据えて言った。



「緋色……色々と、説明して貰えるか」



呼吸を整え、己の足でしっかりと立った緋色は、その緋の瞳を煌めかせながら、静かに頷いた。






 

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