「烏天狗、虚空」


緋色がそう唱えると、紙が彼女の指をすり抜け独りでに宙に浮かんだ。
その様子にナックル、ランポウ、Dの3人が目を見開いた。


「妖鴉、闇。雪女、灯晶。河蛙、コウ。

汝らが主羽音緋色の名の元に、此処へ召喚致す」



其々の紙が横一列に並ぶようにして浮かぶと、ほんのりと青白く灯が点る。
そのまま紙は霧散すると、光が人や動物の形に輪郭を描き、それが徐々に弱まると式妖怪が姿を現した。


「…お帰りなさい、皆。ここが本日よりお世話になりますお屋敷でございますよ」

「緋色っ!!無事だったんだな、怪我はないか?酷な事をされなかったか?」


虚空は早速緋色に掴みかかると、肩を持って酷く焦った顔つきで問い質す。
彼女はやんわり微笑みを浮かべるなり「大丈夫ですよ、ご心配お掛けしました」と告げた。

闇は鴉の姿を取っているが、コウはマントにフードを被った例の姿だ。
街中でその姿、怪しまれなかったのか?と問おうとすると、フードの下から覗く薄緑色の肌に三日月が浮かぶ。


「なかなかチョロいもんじゃな、伊の国も。占じずとも水を使った曲芸を見せてやったら、こちらが何も言うておらぬのにも関わらず見物料を置いていってくれたぞ」


じゃらり、袖から紺色の巾着が現れる。中はどうやら小銭で一杯らしい。
この河童、現地で資金調達しやがった。
水面占いは一応言葉が通じなければ出来ないから、本職(?)の商いはこの国では難しいだろう。


「童は眠い、部屋は何処かえ?」

「まぁ灯晶そう仰らずに。さ、闇…ほら、クチナシも。人妖の姿に戻って下さいまし」



緋色が首に巻き付く白蛇の頭を指先でつつくと、クチナシはするすると這い出てきて、彼女の腕に絡まりつく。
緋色が腕を下ろすとクチナシも地面に落下、刹那白煙が噴き上がる。まるでドライアイスの煙のようだ。
闇もその場で同じように白い煙を噴き上げる。


煙が晴れる頃には、見覚えのある漆黒の衣と袴を身に纏った姿の闇と、赤毛に、法衣のようなものに経文が付いた服を身に纏ったクチナシが現れた。
しかしクチナシは、衣しか身に纏っておらず、下半身にあたる部位は蛇のままだ。尾の太さは大蛇のそれに近い。
そして尾の先は二股に別れており、別々に動かせるようであった。先程一瞬だけ見た、仮の動物の姿の彼の尾も二股のまま。
どんなに姿を変えても、尾だけは偽れないのだろう。ふと緋色の言葉を思い出した。

今度は虚空、灯晶、不知火、それから嫌そうな表情で七華が煙を身に纏う。
次の瞬間には、仮の人間の姿ではなく人妖の姿をとった(正しくは元に戻った)彼らがいた。
虚空、灯晶、不知火は耳の先が三角に尖り、七華は頭に狐の耳が生える。
灯晶は漆黒の瞳に重ねるようにしてアメジスト色の煌めきが。不知火は瞳にまるで猫目のような縦筋が。
細部ではあるが、人間のそれとは程遠い異様な雰囲気を漂わせて、アヤカシとしての彼らが揃う。



「では、改めてご紹介致します。烏天狗の虚空、その弟で妖鴉の闇、雪女の灯晶、河蛙のコウ、
そしてこちらが二股蛇のクチナシに、鬼女の不知火、そして天狐の七華ございます。以後お見知りおき下さいませ」

「今のはなんのマジックですか?緋色。術師のこの僕の直感は今の光景が現実のものだと言っていますから、幻ではないのでしょう?」



目を鋭く細めて面白いものを見つけたと言わんばかりの表情を浮かべるD。
俺も最初は我が目を疑ったが、確かにこれは現実で、緋色にとってはこれが普通なんだよな。


「術…と言われますと、どちらかと言えば彼らのは妖術と言いまして、己の力量に合わせて姿形を偽ることが出来るのでございます」

「ンー…成る程変えるのではなく偽る…、では先程彼らを召喚した貴女の術は?」

「先程のは術というよりも契約でございます。
名を与え式に配した妖は、よりしろとなる札と主である私の言霊さえあれば何時何処に居たとしても召喚出来るのでございます。
まぁ、流石に海を越えての召喚には自信がありませんでしたので共に連れて参ったのですが…召喚出来る範囲は主である私自身の霊力の強弱によって変わります」

「…ヌフフフフ…、なかなかに興味深い能力ですね。
詳しくお聞かせ願いたいところだが…私はこれから任務ですのでそろそろ失礼しますよ」


本心か偽りか、名残惜しげな表情で腰を上げるD。
壁際にある大きな振り子時計を見やると、もう夕時だった。


「お仕事でございましたか、お気をつけて行ってらっしゃいませ、スペード殿」

「ああ、Dで良いですよ。久しぶりに好奇心を擽られる話が聞けましたし、貴女気に入りましたから」

「ふふ…物好きなお方もいらっしゃるのですね。このような話をお気に召した方は初めてです」

「ヌフフ。ではまた、次会った時はじっくりと聞かせてくださいね、緋色」

「えぇ。お気を付けて、D殿」


優しい微笑みでDを見送る緋色。
人間も妖も、その場にいた当事者を除く全員が少なからず驚いていた。


「あのDがあっさりと受け入れたとは…究極に驚いたぞ」

「いつもならエレナ以外の女はなるべく避けるのに…」

「全く、珍しいこともあるのでござるな」

「あいつが一番何だかんだ言いつつ厄介になるのではと懸念していたが…どうやら心配はいらなかったらしいな」

「ああ…まさか一番にここが仲良くなるとはな…俺も驚いたぜ…」

「緋色様!人間とこれ以上慣れ親しむのは危険です!!お止めください!!」

「あーんなにすんなり初対面のやつと話してる緋色、あたし初めて見たよ」

「案外緋色自身も慣れてきとるのではないかの?」

「緋色がはじめて会う人間、怖がってないの…ぼくはじめて見た」

「…僕、緋色は萎縮して泣いちゃうんじゃないかと思った」

「ふむ、わしらにとっても過ごしやすそうな環境であることに違いはなさそうじゃな」

「緋色…あのような男に唆されてはならないからな!!よりにもよって女のいる男など…、いや、俺はそもそも緋色が俺ら以外の男と接するのも腹立たしくて見てられないが!!」

「兄様、興奮しすぎ。落ち着いて、話が飛びすぎてるよ」


緋色はDが出ていった扉を暫く見つめたあと、ゆるりとこちらを振り返った。
にこりと微笑うと、ジョットに声をかける。


「これで全員の方にご挨拶出来ましたか?ジョット殿」

「え?…あぁ、いや…一人だけ今居ないんだ。緋色、お前をこの屋敷まで連れてきたやつなんだが」

「なんと、それは誠にございますか!?それは早急に、ご挨拶に参らねば…お礼を申したいのでございます!」

「いや…その前に、これからお前たちが過ごす部屋へ案内するぞ」

「ですが、あの…」

「いいんだ、その方が効率が良いからな」

「え…?」



そう、緋色とその式たちがこれから半永久的に住み込む部屋は、ボンゴレ本部別棟にあるのだ。
小部屋なら幾つか本邸にも空きがあるが、せっかくなら全員が一部屋で住める方が今までに近くて慣れるのも早いだろうし、何より彼ら自身が落ち着いて生活出来るだろうというジョットの考えだった。
別棟には今のところ、アラウディの執務室と私室、それから書庫くらいしかないから、広い部屋もたくさん余っていて丁度良い。
荷物やら何やらを部屋に置いてから奴に挨拶に行っても遅くはないだろう。


アラウディは群れることは嫌うが、人間一人一人に対する好き嫌いは然程無い奴だ。割かし付き合いやすいとは思う。
(まぁ、好き嫌いをするほど他人に興味が無いだけの話でもあるが…)


俺とジョットは、部屋の案内とアラウディへの挨拶を済ませたらまた戻ってくると言い置いて、緋色たちを連れて談話室を出た。





 

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