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目を開くと、見たことのない景色に、見覚えのある方が一人。
「……G、どの…」
「お、目が覚めたか」
額に乗せられていた濡れタオルを取り、近くに置いてあった水の入った桶の中で濡らし直し、絞られると丁寧にまた畳まれたそれが額に置かれる。
適度に絞られているそれは丁度良い具合に冷えていて、じんわり染みる湿り気が心地好い。思わず開いた目を細めた。
ふと、G殿が居られるならばここは、と気が付き、もう一度ゆっくりと目を開いた。
「あの…ここは、」
「ん?…あぁ、ボンゴレ本部本邸だ、よく来たな」
「無事辿り着けたのですね…良うございました…」
ゆるりとG殿の唇が弧を描く。今傍には彼しかいないけれど、ここにはジョット殿も…雨月殿も居る。
見知らぬ土地といえど、見知った方々が周囲に居るだけで随分と安心できる。良かった、きちんと屋敷に到着出来て。
「あ…、そういえば、私」
「聞いたぜ。人拐いに遭ったんだって?」
「はい…、突然…船が近付いてきたと思ったら、男性が多く乗り入れてきて…」
「薬嗅がされたらしいな。顔色は戻ってるし…熱も下がったみたいだから、大丈夫だろ」
「有難うございます…、ただ、記憶が曖昧で…私どうやってここまで来たものか、皆目見当がつきませぬ」
「運良く取り引きの現場の取り押さえにうちの幹部の一人が向かっててな、連れ帰ってきたぜ。
そういや不知火と、あの…七華だっけか?人間嫌いの」
「あぁ、はい。七華です」
「その二人しか連れてなかったけど、あとの奴らはどうするんだ?もしかして船に置いてきたのか?」
「あ…、そうでした、おそらく港で待ち惚けさせてしまっていますね」
むくりと身体を起こす。着物は日本を出たときのまま、ほんのりと海の磯の香りがした。
「迎えの車出してやるよ」と腰を上げた彼を呼び止める。
「いいえ、その必要はございません」
「あ?でもよ…」
「とりあえず、ジョット殿や皆様にご挨拶をしなければなりませんね。…あの子達は?」
「嗚呼、談話室で雨月と話してるぜ。丁度良い、今幹部全員そこに集まってんだ。今から行けるか?」
「はい、十分に休ませて頂きましたから大丈夫です。案内をお頼み申しても宜しいですか?」
「勿論。こっちだ」
ベッドから降りて、G殿の後をついて歩く。
新生活の始まりがまさかこのような出来事に巻き込まれた形とは…行く先不安になりますね。
まぁ、式の皆が共に居て下さいますから、心持ちは割りと軽いですが。
まずは皆様にご挨拶をして、それから、助けて頂いた方にお礼を申さねばなりませんね。
「っ、ひゃ!」
ずるり、首回りを這う感触。
驚いて肩を跳ねさせると、のろりと這い出てきて頭を見せる白蛇の姿が。
首回りだけでなく、彼の長い胴と尾は私の背筋にまで至っていた。
「どうした?緋色」
「あ、あぁ、いいえ。…もう、眠るときに巻き付かないでくださいと何度も言ったでしょう」
「ごめん…でも、緋色の首筋あったかくて…それに、ぼく緋色の霊力の活性化てつだってあげたよ」
「まぁ、そうでしたか。それは有り難うございました」
「あ?…なんだ?その白蛇」
「あぁ、まだ紹介しておりませんでしたね。この白蛇はクチナシという私の式でございます」
「緋色、この人間、だれ?」
「んー、クチナシだな。俺はGだ、よろしく」
「……人間によろしくなんて、はじめて言われたよ。たぶん、よろしく」
「なんだよ多分って」
私の頬の横で小さな頭がチロチロと舌を動かしながら言葉を放つ。
この子も、人間は苦手でしたね…新しい環境の中で徐々に慣れてくれればと思いますが…。
私だけでなく、式の皆も紹介した方が良いですかね?
妖の姿に戻っている間は皆様に見えないとはいえ、やはり何かあったとき存在を知らないことで大事になっては申し訳ありませんし。
神木の由緒正しき守り神の末裔であるクチナシが手伝ってくれたおかげで、思ったよりも早く霊力が回復したことを実感する。
霊力の喪失は肉体的疲労と変わりない。息切れや目眩も起こすし、眠るなどして休息を取らなければ回復しない。
霊力は完全に喪えば命を落とすことにも繋がる。いわば生命力、活力。これらと似たようなものだ。
さて、談話室とやらに着きましたらばまずご挨拶の前に彼らを喚び戻さなければなりませんね。
きっと虚空が心配をなさってくれています、無事な姿を一刻も早く見せてやらねば荒れてしまいますから。
私はG殿の背を追いながら独り、微笑んだ。
***
「ジョット、いるか」
特に装飾の施されていない、他と似たような(もしくは同じ)形状の扉を2回ノックし、ガチャリと音を立ててノブを回す。
割りと広いその部屋に目立つ金髪を見つけてもう一度声をかけた。
「おい、ジョット。緋色が目覚めた」
「!!本当か!?」
「ああ。だから連れてきたぜ」
「こんにちは、」
「やあ緋色、良かった…もう体調は良いんだな」
「はい、お陰様ですっかり好くなりました。ご心配お掛けしてしまい申し訳ありませんでした…」
「ああいや、いいんだ。気にするな」
室内に踏み込む俺の次に緋色がそうっと室内を覗く。
ソファーに座っていたジョットは緋色の存在に気付くと、若干慌てながらこちらに駆けてくる。
心底ホッとした表情を浮かべるこいつに緋色がすまなそうに告げると、柔らかく笑んでぽんと彼女の頭を撫でた。
すると窓際で話していた雨月と不知火、それを少し離れて聞いていた七華がぱたぱたと寄ってきた。
「緋色様!!」
「あんた、もう身体は良いのかい?随分と深く眠ってた様だけど」
「七華、不知火。えぇ、もう十分に回復致しました。皆を今すぐにでも喚び戻せます」
「そうかい、なら良かったよ」
「緋色殿!!久方ぶりでござる、その方元気にしていたでござるか?」
「まぁ雨月殿!!はい、私は見ての通りでございます。雨月殿も相変わらずお元気そうで何よりでございます」
各々が挨拶を交わす。七華に至っちゃ嬉しそーにニコニコしながら緋色の横に並んでやがる。数日ぶりとはいえ相変わらずの主人愛だな。
扉の回りでわいわいとやっていたものだから、なんだなんだとソファーにいた奴等もこちらを気にし始める。
ざっと見渡すと、アラウディだけいない。…あいつ、また別棟に引き篭ってやがるのか。
帰ってきてすぐに休む、とは言ってたが…そもそもあいつは本邸自体用がない限り近寄らないからな…。
せっかく緋色が挨拶するってのに、全員揃ってないんじゃ締まりが悪いじゃねぇか。
俺が小さく嘆息をすると、ランポウの興味深そうな声が上がった。
「ジョット、その女誰だものね?」
「ああ、今紹介する。皆、聞いてくれ」
ジョットの一声で、本を読み耽っていたDも顔を上げる。
見えやすいように向かい合うソファーの横に移動すると、雨月が後ろの不知火と被らないように一歩引いた。
まぁ、実際言ってしまうと雨月よりも不知火の方が背が高いのだが。
「今日から此処で暮らすことになった、ジャッポネーゼの羽音緋色だ。やや人見知りだが良くしてやってくれ、人間に慣れていないんだ」
「あ、あの…ご、ご紹介賜った羽音緋色と申します、えぇと…、雨月殿とは日本にいた頃から仲良くさせて頂いていて…その、あの、こっこれから宜しくお願い致します!」
緋色が緊張してガッチガチになってやがる。結構面白い。
さっきまで落ち着いていたが、やはり見知らぬ人間の前に出ると(しかも緋色からしてみれば外国人)動揺と不安が緊張として出てしまうようだ。
「何故此処に住まうことになったのか、理由は究極に分からんがまぁそう緊張せず、ゆっくりするといい。オレはナックルだ、宜しくな羽音」
「俺様はランポウだものね。…お前、赤い眼をしてるんだものね」
「っ、…はい、」
「苺ジャムみたいなのね、美味しそう」
「………あ、有り難う…御座います」
そう来たか。
緋色もまさか食べ物に例えられるとは思っていなかったらしい、吃驚した表情のまま固まっている。
ランポウ、こいつ最初俺の髪見たときも「飴細工みたいだものね〜」とか言ってたしな。
「ンー…なかなかに美人ではありませんか。まぁ、エレナには遠く及びませんがね。緋色でしたっけ?」
「…あ、はい」
「一応覚えておきますよ、私はD・スペードです。言っておきますが私には恋人がいますから、惚れないでくださいね」
「あ、…はぁ、分かり…ました」
緋色もここまでの自信家(もといナルシスト)には出会ったことがないのだろう、随分間の抜けた返答だった。
こんな髪型しといて顔はなかなかどうしてか端正に出来てるから、なんだかんだ言ってモテるんだよな、こいつ。貴族だし。
一通り挨拶を終えると、緋色は「では、私の連れをご紹介しますね」と微笑い、懐から薄い半紙に墨で模様の描かれた札のようなものを4枚取り出した。
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