「っは〜、にしても埃っぽい倉庫だねぇ」

やだやだ、と言いながら荷台から降りてきたのは、振り袖を着た女。アジア人、とはこいつのことだろうか?見たところ日本人…、のはず。
肩まで襟を肌蹴させて、長い裾を引き摺るようにこちらに歩み寄ってくる。
暗闇の中、車輌のライトに照らされて輝く金糸のような艶やかな髪。纏うは鮮やかな空色と群青のコントラスト。日本人で金髪なんているんだね…。

15cmはあるんじゃないだろうか、というほど爪を伸ばしており、右手にはキセルを持っている。
キセルから煙が出ているが、先端には刻み煙草が入っていない。


「おっ、イイ男はっけーん☆」

「…。」


キセルで僕を指すのを止めろ。


周囲が唖然としている中、一般的に妖艶で美しいと言われるだろう女は僕に向かって一直線に歩いてくる。
すりすり、という衣擦りの音だけが寂しく響いた。


「ほーぅ、伊ノ国の男はなかなかに上玉揃いなんだねぇ」

「…ちょっと。離れろ」

「いいじゃないか、減るもんじゃなし。なぁあんた、あたしとイイコトしないかい?」

「公務執行妨害で逮捕するよ」

「逮捕?ふぅん、そういうプレイが好きなんだ」

「違う」


通じるようにちゃんと日本語で喋ってやったら付け上がって…ていうか周り皆君のこと凝視してるからね。さっきとはまた違った形で共に凝視される僕の身にもなってほしい、戦闘意欲が削がれ萎えていく気がするやめてくれ。

因みに僕の出身はイタリアじゃない。

「嗚呼、ヤるんだったらコイツらが邪魔だねぇ」

「…君状況分かってるの?」

「分かってるともさ。まったく、さっきも言ったろ?女に武器を向けるんじゃないよこの下種共」

「て、てめぇ…!!」

「構わねぇ、女もろとも男を撃ち殺せ!!」


倉庫の入り口で壁のように立ち塞がる敵の中から荒々しい声が上がる。
闇夜の空間を切り裂くような鋭い発砲音が連続して響く。
すると、女は呑気にキセルを口にくわえて吸った。そう、煙草の入っていないキセルを。

ほぅ、と吐き出された煙は瞬く間に広がっていき、僕と彼女を包み込む。
視界が天から地まで白煙に支配される。煙の壁の向こうでは未だに発砲音が続いているというのに、当たるどころか弾は煙の壁を越えてこない。


カラカラカラ、機関銃の弾切れの音。
段々と煙が晴れていく、女はにやりと微笑うとキセルを深く吸い込み、長く時間を掛けながら吐き出した。
煙はまるで蛇のように動きながら敵の手元を順繰りに覆っていく。弾のない銃で遠距離攻撃できるはずもなく、敵は無防備にそれを眺めていた。

まとわりつくように敵を覆っていた煙がやがて晴れていくと、不思議なことに敵の手元から武器が消えていた。
ざわつく敵達。武器がない、いつの間に。驚き慌てる奴等を押し退け、鈍器やら鉄パイプやら、チンピラのような近距離系武器を手にした奴等が前に出てきた。


「君、それどういう仕組み?」

「ふふ、それは企業秘密だねぇ」

「そ。…礼は言わないよ」


近距離型の敵が固まって僕めがけて突っ込んでくる。やはり群れか、弱者は固まることで自信を手に入れる。


流れるような手捌き足捌きで次々と敵を倒す。無駄な攻撃はしない、急所に当てることで敵はほぼ一撃で倒れ伏す。
両手に握る手錠で敵を拘束、そのまま蹴り飛ばすことで大きなダメージを与える。一方二人に対し片手ずつ手錠をかけ引き合い正面衝突させれば、頭やら顎やらを打って意識を飛ばす。
使い方を変えればもっと強い大技も出来るけど、この程度の雑魚には簡単な攻撃で充分だ。


あっという間に全滅させると、武器を失った最初の敵は皆怯え逃げていった。あの様子だとおそらく雇われた奴等だろう。
主要人物二人に吐かせればいい。そう思いそいつらを見逃して後ろを振り返る、すると女は男に首を腕で固定されていた。…そのまま力を加えれば女の首の骨は折れるだろう。


「動くな」


麻薬を運んできた方の男は、隠し持っていたらしい銃を得意気に家畜用車の荷台に向けていた。
いくら情報を収集し敵を殲滅、もしくは捕縛するのが職務とはいえ人質を見殺しにするのは陛下の意に沿わないだろう。
僕にそいつらを守り抜く義務はないけれど、一応無実の人間は生かし逃がす方が好ましい。


面倒だけど相手に隙が出来たのを見計らって二人同時に仕留めるか、そう頭の片隅でぼやくと、女を捕らえている男が怪訝そうな表情で女に問うた。


「しかしお前、どうしてここにいる?」

「…あんたら下種に教えてやる筋合いはないよ」

「でも確かに…さっき見たアジア人とは違うやつだ、……っ!!」

「どうした?」

「最初に見たアジア人がいない!!そいつと入れ換わった…!?」

「何だと!?」


パニックを起こしている両者を呆然と見つめる僕に女が目配せをする。…分かってるよ。

手錠を銃を構える男の手元に向けて鋭く投げる。完全に油断していた男は手錠が手に当たった衝撃で銃を落とす、素早く駆け寄り握っている手錠で男の頭を殴り付け、そのまま手錠を掛け両腕を後ろで拘束。
しまった、と洩らしながら腕に力を込めようとする男に屈んで低い位置から回し蹴りを喰らわせる。力強いそれに腰のくだけた男は腕の力を緩め、女は即座に脱出、男から数メートル離れた。
男の脇腹に肘鉄を入れ、倒れ伏したところをすかさず捕らえ拘束。捕縛完了だ。


「とりあえず、君たちには全部吐いて貰おうかな」


諦めの色を見せる男達。…つまらないな。
僕は女に向き直る。…そういえば、薬嗅がされてたんじゃなかったの?というか…こいつらの話じゃ荷台にいたはずの女とこの女は違う人間らしい、なら、こいつは誰?
女は薄く微笑うと、荷台に向かって声を掛けた。



「七華、クチナシ。…もういいよ」


すると、一人の黒髪の女を背負って黄金色の髪の少女が荷台から降りてきた。女は着物、少女は袴に薄い胴着を羽織ったような服装をしている。
背負われている女は気絶しているというよりも眠っているらしい。女の着物の襟から、する、と白蛇が顔を覗かせる。


「あれ?寝てんのかい?」

「どうやら船の上でずっと起きていたせいで時差ボケが今来ているらしい」

「なるほどねぇ」


背負われ俯いているせいで女の顔は見えない。ただ、耳の上辺りにつけられた朱の花飾りが印象的だった。


中で気絶してる連中は目が覚め次第勝手に逃げるだろう。この2人の男を連行すれば今日は終わりだ。
早く帰って寝ようかな…事情聴取及び拷問は明日の仕事だ。
と、そのとき振り袖の女がこちらを振り返って言った。


「あ、そうだあんた、ちょっと道案内を頼まれておくれよ」

「…………。」


えぇ…。

早く帰ろうと思ってたのに。寝ようと思ってたのに眠いのに。

いかにも嫌そうな顔をしてやると、「夜道を女だけで歩かせるってのかい?」と言われた。…お国柄、女への接し方は幼い頃から十分に叩き込まれている。


「…分かったよ…」

「なかなか聞き分けが良いじゃないか、助かるよ。礼とは言わないけど今夜どうだい?」

「不知火、貴様緋色様が眠っているのを良いことに…節操なしめ」

「それは置いといて。…何処に行きたいの」


僕は合図を出して少し遠くで待たせていた車を呼ぶ。これは捕縛した犯人を連行するための車だ。
暴れる2人を車に押し込み、僕も助手席に乗る。少々大型な車なのでその後ろに3人掛けの座席があり、女達をそこへ乗せた。

振り袖の女が黒髪の女の袂から紙切れを取り出す。それを僕に手渡してきた。


「そこまで頼めるかい?」


僕は目を見開いた。


何故なら、書かれた場所は、僕が数時間前に出てきた屋敷と記されていたから。

僕は、ジョットの言葉を不意に思い出して、小さくため息をついた。




 

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