「では緋色、イタリアで待っているぞ」

「えぇ。近いうちに、お世話になります」

「イタリアでもその…巫女の仕事?は、続けるのか?」

「そうですねぇ…そもそもの私の役目は、人間と妖怪の橋渡しのようなものだったのですが…人間が妖怪や私を嫌うようになってからは妖怪に付きっきりでしたし。西洋と東洋とでは色々勝手も違うでしょうから、そちらに着いてから考えさせて頂きます」

「そうか。いつでも歓迎するぞ、屋敷で留守を守っている奴らにもよろしくな」

「ふふ、えぇ。そちらにお邪魔する際は、あの子達も連れて行きたいのですが…、よろしいですか?」

「構わねーさ。通常は見えねぇんだし、部屋くらいなら余りまくってるしな」

「まぁ!楽しみですね」


船出の時間。俺とGは、土産と約束を抱えて船に乗る。緋色は鉄製の船は初めて見たと最初感動していた。

さすがに今日この船で共にイタリアへ、というのは急すぎて無理があるので、緋色は後日式妖怪を連れて海を渡って来ることになった。
見送りに港で立っている彼女たちに軽くひらひらと手を振ると、ボォォオと船出の合図。夕日から段々と夜更けに空が色を変え始めている。


「雨月には元気だったと伝えておく!暫くの間だが元気でな!」

「はい、ありがとうございます!ジョット殿も、G殿も、お元気で!!お身体には気を付けてくださいまし!!」


手を振り返しているのは緋色だけだが、七華や虚空たちも、視線だけはこちらに向けてくれている。



船が出発した。遠ざかる景色、小さくなる彼女。
ただ最後まで、その瞳だけはこちらをずうっと見つめてくれていた。


「…なぁG」

「んー?」

「……ジャッポーネはやっぱりいいな」

「そうだな」

「和食も美味いし、着流しも動きやすくて好きだ」

「あー、和食な。緋色がこっち来たら教えてもらうか」

「だが箸はまだまだ慣れん」

「そうか?俺はだいぶ慣れたけどな」

「俺はお前ほど器用でもないんだよ」


潮風に髪が揺れる。次第にベタついてくるが、今は気にならない。
大分暗くなってきた宵の空を仰ぐ。冷えてきたから船内の客室に戻るようGに声をかけられ、顔は向けずに返事をする。Gはそのまま客室に戻っていったようだ。


「新しい仲間…だな」


夕陽の朱が見えなくなった空を見て、今日の水面占いを思い出す。
緋色が、暗闇に染まらぬように。独りにならないように。
俺が、守ってやりたい。けっして、責任感からなどではなく。俺自身の、意志で。


緋色には、道中で俺やG、雨月の職について…─つまりボンゴレについて、話をした。
幼い頃から現実離れした生活を送っていたせいか、然程驚いた様子もなく、「自警団とは素敵ではありませんか、大切なものを守るお仕事なのでしょう?」と表情を綻ばせていた。

勿論時には必要な略奪や殺しをしていることも伝えたが、緋色は否定するでも肯定するでもなく、「そうですか」と目を細めるだけだった。


どうしてこんなあっさりと、俺は自分は殺しに携わっていると伝えてしまったのか、今でもよくはわからない。それこそ怖がらせてしまうかも、嫌われてしまうかも…しれなかったのに。
だけれど、なんとなく緋色なら、受け止めてくれるような、そんな気がしたから。


妖怪に向ける包容力のある柔らかな微笑みが、俺にそう感じさせたのかもしれないな。



一人、フ、と笑って、踵を返す。
さて、イタリアについたらまずアラウディの執務室を訪ねなければな。

あいつも忙しいからな。緋色の傍にいるようになったら、少しは疲れも和らぐんじゃないだろうか。緋色からは癒しの何かが出ている気がする。


嗚呼、嗚呼。

楽しみで仕方ないよ、緋色。
仲間が増えることが、こんなにも嬉しくてたまらない。


お前の居るボンゴレは、これからどう変わっていくんだろう。
変わったその先に、皆の笑顔がたくさん待っていればいい、そう心から思う。


それは勿論、今回の訪日で出逢った妖怪たちも含まれている。
彼らも、人間がどういうものなのか、理解を深めてくれたらいいなぁ。

皆がみな、敵ではないんだということ。知ってほしいんだ。



守るものが増えた。
それは確かに負担にもなり得るけれど、喜ばしいことに代わりはなくて。大切に、大切にしたい。


仲間は、俺の宝だから。



瞼を閉じれば、やはり色濃く映るのは水面占いのあの映像。
その次に映るのは、優しく微笑う紅。


俺は、守るんだ。

そう、心に強く、強く刻みつけて、力強く瞼を開いた。




 

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