「…では、七華。貴女に問います」


俺たちからは見えない紅の瞳は、きっと真っ直ぐに人間に化けている正面の彼女を見据えているのだろう。
金色に光る瞳をきらりと輝かせて、その視線にしっかりと焦点を合わせる七華。返答することなく、正面の主からの言葉の続きを待っている。


「貴女は、私の式になると決めたとき…、私の傍に在ると決めたとき、恐怖を抱いておりましたか?」

「いいえ。わたしは、貴女様のお傍に在ってこそと、在るべきだと、それだけを信じて名を下さった貴女に契りを交わしました」


はっきりとそう告げた七華に、穏やかに微笑みかける緋色。
「ならば、貴女にも今の私の気持ちがわかるはずです」訴えかけるような響きの声色に、七華は怪訝な表情を浮かべる。


「私は、

変わりたいのです」



七華だけでなく、俺のすぐ傍に立つ虚空も、目を見開いて息を飲む。闇は項垂れた。


「……変わる…?」

「はい。私は、変わりとう思うのでございます。

臆病な自分から、恐れられることから逃げて、山奥にひっそり引きこもるような。そんな私自身と、逃げずに向き合い、立ち向かいたい。そう思うのです」

「何故…?」

「このままでは、勿体無いからですよ」

「…っ、そのままでも!わたしは、わたしたちは!!そのままの緋色様でもずぅっと、ずぅっとお慕い付き従う所存!!今更…っ、今更、そのような、ことを…っ、……申されなくとも、よろしいではありませんか…!!」

「いいえ、…七華、虚空…闇」

「「「っ!!」」」


あんなにも深く深く被って離さなかった笠を、緋色は自らのその手で、…そうっと外した。
現れた美しい素顔。閉じられていた瞳が、すぅと開かれる。

虚空と闇にも向けられたその視線。必然的に、俺とGにもそれは向けられた。


「貴殿方は、私と出逢い変わりましたね。孤独を謳う九尾の天狐の一族に、傍若無人の霊山の守り天狗、全てを恐れ遠ざけた小さき烏。猟奇的に命を弄ぶ雪女に、己のみを信じ本心を語らぬ鬼遊女、存在意義を見失い儚みかけた河の神に泣いてばかりの弱虫の白神蛇。皆、皆変わりました」

「それは…っ、わたしたちがどうとか、そういうものではなく…、緋色様が隣に居てくださったからで、」

「はい。では、私が変わるにはどうすれば良いのでしょうか?

私の隣に居てくださる誰かと共に、私自身が努力をしなければなりません」

「わた…っ、わたしたちがいるではないですか!!」

「妖怪の貴殿方は、人間の私と出逢い変わりましたが、私は昔から妖怪としか接することが出来ませんでした…。私が変わるためには、人間との接触が必要不可欠。…そうでしょう?」


涙を堪えるような悲痛な七華の叫び。余裕がないせいか段々と妖術が綻び始め、人妖の姿になった彼女。頭からは三角の耳が生え、ふわりと巻かれた首回りの毛。7本の尾が、ゆらりゆらりと動いている。

俺たちの視線に気付くと、見るなと怒鳴りつけて再び姿を消す妖術を身に纏う。


「妖怪の貴殿方は、私たち人間とは違って寿命が長い。それ故に、変化に意味を見出だせず、それを求めることもしない。貴殿方からしてみれば、今の私はとても奇異な行動に出ようとしているふうにしか見えないのかもしれませんね」

「……緋色。お前は、変わることで、どうしたいんだ?その先に、何を見ているんだ…?」


不安げな、いかないでとも受け取れる声音。虚空が弱々しく吐き出した質問に、緋色は然程考えた様子もなく、あっさりと答えた。


「…そうですねぇ。…出逢い、でしょうか」

「出逢い…?」

「もっと社交的なおなごになって、更に多くの人々との出逢いの場を訪ねたいのです。さすれば、貴殿方のような、素敵な仲間に巡り逢うことができるやもしれません」

「……そうなったら、俺たちは用無しか…?人間の中で暮らせるようになってしまったら、人外の俺たちは切り捨てられるのか?」


嗚呼、妖怪だ人間だなんて、そんな一線も実はあやふやで確かなものではないのかもしれない。
何故なら、俺のすぐそばで、彼らは大事な主との変わらない毎日を守ろうとしている。変わることで、居場所を失うことを恐れている。
苦しそうな悲しそうな表情も、痛みを訴えかけるような震えた声も、みんなみんな人間のそれと変わらない。
ただ彼らは、緋色を、大事な大切な主を失いたくない。それだけなんだろう。

緋色は、そんな虚空の言葉に一瞬目を見開いて驚き、そして優しく微笑み返した。




「そんなはず、ないでしょう?


貴殿方は、私の宝です、財産です。何を引き換えに差し出されようと、何方にも譲って差し上げるわけにはいきませんよ」



虚空が、感極まって彼女を正面からがばりと抱き締めた。
直後、後頭部に衝撃を受けてがくんとなっていた。七華に飛び蹴りでも食らわされたのだろう。


ぱさり、彼女が手にしていた笠が地面に落ちる。
左腕で虚空を、右腕で空気を抱き返す緋色。妖術で姿の見えない七華も、虚空に負けじと抱きついていることが容易に想像できる。


俺とGは、そんな風景を眺めてから顔を見合わせ微笑うと、もう一度穏やかな笑みを見せる緋色の優しげな紅を見つめていた。




 

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