聞こえた声は、緋色の後ろの小屋の屋根の上から。
姿が見えずそのあたりをキョロキョロしていると、スタンと気配が降り立った。
ふわり、少女が姿を現す。
「緋色様、なりませぬ。このような者共に惑わされないでください」
「七華…、貴女、戻っていたのですね」
「話を逸らさないでください。虚空も何故止めぬ?大体、何故緋色様は人間に近付いているのだ。関わらせてはならんだろう」
「俺の判断だ。こいつらは憎たらしくも緋色に悪影響を与える輩ではない。つい先程戻った女狐風情が偉そうな口を聞くな」
「なんだと?どの嘴が言っておる?緋色様に逆らえないお前が言えたことか、このロン毛天狗めが」
七華。目の前の少女は、人間嫌いのあの妖らしい。
茶色混じりの黄金色の髪をきらきらと輝かせながら、頭ひとつぶん背の高い虚空に堂々と喧嘩を売っている。
今は人間に化けているのか、不自然な箇所は見当たらない。
「見上げながら馬鹿にされても、餓鬼の戯れ言にしか聞こえんな。俺と対等に喧嘩したいならもう少しその体と器の小ささをなんとかしたらどうだ。チビ、貧乳」
「ッ!!きっ貴様こそその視点の厭らしさを自覚したらどうなんだ!!いくら緋色様が女性らしい体つきをしているからってな、そのようなやらしいことしか考えていない脳みそで緋色様の護衛が勤まるわけなかろう!!それにな、わたしと緋色様では色々と違うのだ!!比べるでない、この変態エロ天狗!!」
「幼児体型に興味はないから安心しろ。それに俺はいつだって緋色命だ、貴様なんぞ緋色と比べるまでもないわ」
「……っこの…、貴様!!武器を構えろ!!今ここで我が鬼火の灰にしてくれる!!」
………犬猿の仲らしい。
彼女より若干大人な虚空はふいと顔を背けるだけで相手にしていない。が、七華は全身の毛を逆立てて威嚇する猫の如く臨戦態勢に入る。
緋色は苦笑を浮かべながら二人に近付くと、両者の額に軽いチョップを入れた。
「う゛」
「……緋色、俺にまでやる理由が分からんのだが」
「喧嘩を売るのも買うのも、仲間内でやることではないでしょう?それに、喧嘩は両成敗、此れ基本なり。覚えておきなさい」
ふんわり微笑う緋色に、異論はあっても唱えられない二人はぐ、と押し黙る。流石は主といったところか。
うちの守護者もこれくらい聞き分けがいいと幾らか俺も助かるんだが…
途端、はっとした七華に皆が目を向けた。
緋色の肩を掴み乱暴に揺さぶり始める彼女。緋色の肩に乗っていた闇が、がくがくするそれに堪えるため足の爪に力を込めたせいで緋色が「いたーいっ!痛いです、闇お離しくださいましっ」と必死な声を上げた。
バサリ、飛び上がり緋色から離れた闇は、何事かと不思議そうな顔をしている兄の肩へ再び留まった。
「緋色様!!何故ですか、何故人間ごときと買い物など楽しんでおられるのですかー!!あ・れ・ほ・ど!!関わるなと申し上げたのをお忘れですか!?わたし朝利雨月が屋敷に来るのも反対しましたよね!?更に関わる人間増やして貴女様は一体何を!!どーうしたいのですかっ!!」
「七華…お…、お離しくださいまし…よ、酔って参りました…」
「質問の答えは!?そうやってはぐらかす癖直してください!もうっ!!」
尚も揺さぶろうとする七華をべりっと緋色から剥がす虚空。暴れる彼女の首根っこをちょいとつまんで逃げられなくしている。
緋色の頭上を旋回しながら闇は「大丈夫?」と問いかけた。動物の姿でも言葉は話せるらしい。
「…あぁ…、だい…大丈夫ですよ…、」
「七華。緋色は君と違って弱いんだ、乱暴は止しなよ」
「闇まで…っ!!わたしは緋色様を思ってだな!!」
「とりあえず騒ぐのをやめろ、街外れであっても人目くらい気にしてくれ」
ぴたりと騒ぐのをやめた彼女。確かに少数ではあるが今の一通りの騒ぎを変な目で見ている人はいる。
人間人間と騒いでいれば不審がられるのもおかしくはないのだが。
「一応見てくれは15を越えているんだ、幼稚な餓鬼じゃあるまいし緋色のためにもやめてくれ」
「一応って…!!」
「緋色が困るよ、七華」
「……〜〜ッ」
羞恥からの赤面顔で、悔しげに唇を噛む。兄弟揃って緋色緋色と口にするダブルパンチがどうやら効いたらしい。
今更だが虚空と闇が兄弟だということに物凄く納得した。
「良いのですよ、二人とも。七華は私のことを思って言って下さっているのですから」
「…緋色様…、」
「七華。貴女の心遣い、とても嬉しゅうございます。ですが、虚空の言う通りこの方々は悪いお方などではないのです。誠に素敵な方々なのでごさいます」
「何故そこまで…?」
「この眼を、美しいと。そう仰られたのですよ」
ね、とこちらを振り返りながら反応を待つ緋色に、微笑んで返す。
「ですが…、緋色様、よくお聞きになってください。人間とはある日突然裏切るもの。そそのかされてついて行ったところで、何も得るものなどありませぬ」
「そんな一方的に罵倒雑言されてもなぁ…」
「お前の見てきた人間とは違うかもしれないぜ?俺たちは」
「黙れ!!人間風情が!!
…とにかく、わたしは断固反対です緋色様。ついていったところで、貴女様が傷つくことは目に見えております」
悲しそうな苦笑を浮かべて、緋色は己に向けられた刺々しい視線としっかり目を合わせた。
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