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「貴殿方のお召し物は乾き次第闇が配達してくださるそうでございます」
「そうか。すまない、暫く着流しを借りる」
桔梗の花の色をした羽織を肩から羽織った緋色が、笠をもって例のごとく庭に現れた。
今日は玄関口から山を降りるらしい。
「街には、資金調達をしてくれている式のコウが居ります。まずはそちらを目指しましょう」
「ん?姿は見えないんだろう?どうやって資金を?」
「会えば、分かりますよ」
くすりと微笑う緋色に、俺とGは首を傾げながら彼女の後を追うように山を降りた。
言い忘れていたが、緋色の護衛として虚空が人間に化けて着いてきている。
やはり登るよりも降る方が幾分か楽だ。…とはいっても、滑って転げ落ちそうになった俺を何度か虚空の妖術で救われたのだが。
そうして山を降りると、丁度通り過ぎようとしていた馬車を呼び止めて街まで乗せてもらった。
(緋色が渡した運賃の多さに馬丁が始終あたふたしていたが、緋色は「もとより徒歩で参ろうとしていましたからとても助かりました。受け取ってくださいませ」と多少頑固に押し通していた)
「ふわぁ…、街は今このように変わっているのですね…」
「俺たちは行きにも見たからそんなに驚かねぇけどな」
「最後に来たのはいつなんだ?」
「2年前だ」
緋色の代わりに虚空が答える。…そりゃあ街も変わるというものだ。
つまり2年前に彼女は雨月と知り合ったということになる。彼女が山を降りない代わりに、虚空が使いとして雨月のところまで手紙を届けたりしていたらしい。
雨月が初めてあの屋敷を訪れたのは出会って半年経ってからだそうだ。
「さて、コウを探さなければなりませんね」
「店ならある程度配置を覚えてるぞ?」
「ああ、いえ、彼のは移動式屋台のようなものですので、日替わりで場所が違うのです」
馬車の中からずうっと深く笠を被っている緋色。口元だけがその陰から窺えた。
すると人だかりが出来ているところを見つけた。ざわざわがやがやと、何やら楽しそうである。
「ああ、あれでございます」
「?あれ?」
「おいそこの殿方や!お前さんも寄ってきなされ!そこの占い師はほんまに当たるど!!」
突然知らない中年男性に声をかけられて吃驚していると、そう言われた。…占い師?
まず代表として虚空が人だかりの中に突っ切っていく。彼は性格はさておき容姿は端麗なので人々はその一際目立つ顔に惹かれ固まるようにして道を開ける。
彼の後ろに続くようにして緋色と俺とGが一列で並び歩く。
その例の占い師は、
「おや?虚空に…緋色ではないか。どうしたのじゃ?2年ぶりじゃのう」
「久方ぶりに買い物をするんだと。儲けの半分をくれないか」
「半分も要りませんよ。相も変わらず大繁盛のようですね」
「ふむ。金は別に好きなだけ持っていくと良い、そなたに仕える者として出稼ぎをやっておるのじゃ、この金はそなたのものに等しいしな。で?そこの異国の者共はなんじゃ?…ああ、昨夜わしが帰った時に言っとった客人か。どれ、おぬしらも占ってやろう。客人とあらば無償じゃ、なに気にするな我が主はそういう人じゃしの」
一人でやけに流暢に話す、古めかしい話し方の占い師。声は低めのアルトで、老人ではないことが窺えた。頭からすっぽりと布で覆われて姿は見えない、が緋色が近付くと妖力が高まったのか薄緑の肌がほんの一瞬フードからちらりと覗いた。
手元には筆談用の紙とペンがあることから、普段は客とこれを使ってやり取りをしているのだろう。
占ってくれるのは有り難いのだが、周りの人々を無視して順番云々を抜きに頼んでも良いものかと辺りを見回したが、周囲の人々は期待の目でこちらを見ていることから、どうやら占いをしているところが見れればそれで良いらしい。
「では、頼もうか」
「うむ。二方共、この紙に名を書くのじゃ」
姓名判断か?
日本語で書くべきか迷ったが、一応英字で書いた。
「ふむ。…Gとは、不思議な名もあるものじゃな」
「まぁな」
「では、次にこの桶にその紙を入れて髪を一本抜き、入れるのじゃ」
言われた通りに、俺は金の糸を、Gは赤の糸を、各々渡された桶に、名を書いた紙と共に入れる。
すると、コウのだぼだぼの袖口から突然水が出てきた。集まる民衆がわっ、と盛り上がる。
俺のとGのと、2つの桶に八分目ほどまで袖口から出した水を注ぐと、ぴたりと袖口から出る水が止まる。
「利き手の人差し指で一度、水面に円を描け」
「…こう、か?」
ひんやり、水の感触が指先から伝わる。
すると、円を描く際に出来た波紋で水面がゆらゆらと歪み始めた。
さっきまで水鏡に映っていた俺の顔が波紋に揺られて水面(みなも)に消えていく。
映ったのは、
「っ!!」
──────……血の海に沈み倒れ込む、
その紅の眼を閉じ眠るような緋色の姿。
「どうじゃ?何が映った?」
「なに…っ、これ…!」
「それは占う本人にしか見れん。それも映る内容も様々じゃ、昨日転んだ自分を見る奴もいれば、浮気をしている恋人を見る奴もおる。中には、己の未来を見る奴もおった」
未来、
はっとしてもう一度コウから水面に視線を移すと、そこには今の青ざめた俺の顔だけがただゆらゆらと揺られていた。
隣のGを見れば、「…あ、これこないだ俺が作ったドルチェじゃねぇか」と呑気な声を洩らしていた。
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