「ごちそうさま。美味かったぞ」
「お口に合ったようで何よりでございます。…あぁ、食器はこちらへお願い出来ますでしょうか」
「うん。片付けくらい手伝うぞ?」
「いいえ、お客様にそのようなことさせられません。それに、式妖怪が家事は手伝ってくださいますから、お気になさらないでくださいまし」
「そうか」
緋色は食器を盆に重ねて集めると台所の方へ持って行く。
そのまま茶器を盆の上に移し換え、熱湯の入った急須を最後に乗せると「では片付けを頼みますね」と一言告げてこちらへ戻ってきた。
姿は見えないものの、皿が浮いて泡に包まれ洗われていく。緋色が傍へ行けば、妖力が高まって俺たち人間にも視認出来るようになった妖怪がそこで食器を洗っているのだろう。
おそらく、昨日の靴の一件も同じような要領。俺たちは、緋色がそばにいない限り妖怪を見ることも、声を聞くことも、気配を感じることすら出来ないのだから、訳もない。
昨日聞いた話では、彼女の式妖怪のうち、元ある妖力が高いために唯人にも視認出来てしまう者は、虚空、不知火、まだ姿は見たことないが雪女の灯晶、そして七華という狐の妖の四人だそうだ。
七華は最も妖力が高いのだが、人間が嫌いなため己の妖術で唯人には見えないようわざと姿を隠しているらしい。
「食後のお茶をどうぞ」
「ん。ありがとう、頂こう」
「にしても緋色、お前茶を淹れるのも料理するのも上手いな」
「ふふ…妖怪は調理をしませぬ故、必然的に私も上達するというものですよ」
「そうなのか?」
「私の式に偶然そのような者が集まっただけですが、ね」
布団で寝覚めて、着流しで和食の朝餉を食し、食後に美味い緑茶を啜り…。嗚呼、もう俺…実は少しイタリアに帰りたくなくなっている。
特に何か話す訳でもなく、緑茶を啜りながらほぅと和む。こういう休息がたまにでもあるとやはり酷く落ち着くものだ。
だんだん和みすぎて頭の中がふやけてきた。心の声ですら言葉がまとまらない。
…そうだ。彼女をボンゴレに誘おうと思っていたんだった。
俺がその話を切り出そうとすると、緋色がそういえば、と口を開いたので、思い留まった。
「お二方、帰国はいつ頃になるのでしょうか?」
「え?…あ、」
「あ!あの、決して追い出したいとか、そのような、そのような無礼な心持ちでお尋ねしたのではなくて、ですね!!」
「あぁ、大丈夫気にしてねぇから。こいつすっかり忘れて居座る気だったぜきっと」
「な…そんな迷惑、考えてない。ただ少し…ここの居心地が良くて惚けていただけで、」
「「「…………、」」」
お互いの顔を見合わせてくすくすと笑う。今気付いたが、緋色は笑うとき肩を竦めるのが癖だ。
そういえば、緋色は世間知らずだとか、箱入り娘だとか言われていたが…あまりそういったふうには見受けられない。口調も丁寧だし、自分から進んでよく動くし、気配りや配慮もしてくれる。
何故、
「なぁ、緋色」
「はい、G殿」
「…お前、この広い屋敷に妖怪とだけで住んでるのか?両親や親族は?」
「居りませぬ。祖父や祖母は私が産まれる前に亡くなられておりましたし、両親も私が幼少の頃に流行り病に倒れそのまま他界しました。親族は皆私の瞳の色を気味悪がっていたので疎遠でしたし、両親が亡くなってから親族中をたらい回しにされたあと、両親が所有していたこの別邸に住み着くよう半ば追いやられたのでございます」
「……そうか。悪いことを聞いたな、すまん」
「いえ、この年になって今更気になどしておりません、謝らないでくださいまし。それに、この霊山には動物が居らぬ代わりに妖怪はたくさん居りましたから。両親も私と同じで見鬼の才がありましたから、山中の妖怪と仲が良ろしかったようで、親代わりを名乗り出てくださる妖怪も大勢居りました故とても楽しゅうございましたよ」
「面白そうだな。山中の妖怪が家族みたいなものか…」
「ふふ。ですが、私の式は皆その時に出会った妖ではないのですよ」
「ほぅ」
続きを聞こうとしたら、す、と居間の襖を開ける音がした。入ってきたのは闇で、手紙を手にしていた。
どうやら昨日緋色が言っていた素敵な運び屋≠ニは彼のことらしい。
「今日は、これだけ」
「まぁ、何方でしょう…、?………、これ、は…」
「ん?どうかしたか?」
「異国語のようで…お恥ずかしながら私、日本語以外の語学の知識は無いのでございます。読めますでしょうか?」
手渡された手紙を見ると、確かに字が横並びだった。Gと二人で覗きこんでみると、それはイタリア語で書かれていた。どうやら俺たち宛てらしい。
送り主の名を見てみると、なんとイタリアのボンゴレ本部で留守番中のアラウディからだった。
内容は至極簡単且つ短いもので、頼まれていた情報がある程度まとまったからジャッポーネから帰る際に自分の職場に寄れ≠ニのこと。
「雨月から俺らの居場所を聞いたんだろうな」
「この速達便は自慢の秘密諜報部員を使っての仕業か…」
頼んでいたのはこちらだ。あまりぐずぐずと待たせるわけにもいかないだろう。今日中にはイタリア行きの船に乗らなければ。
そんなに長居する訳でもなかったのだが、帰る理由が出来た途端に体が重く感じるのは気のせいだと思いたい。
「すまん緋色、用が入ったから帰らなければならない」
「まぁ、左様でございますか?船はいつ出発のものを?」
「うーん…夕方だろうな」
「でしたら、それまで観光などされては如何ですか?私も久々に着物を新調しとう思っておりましたことですし、宜しければお付き合いさせてくださいませ」
にこっ、と幼さの残るようなその笑顔に、それもいいかもしれないと微笑みを返した。
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