「緋色、」
「はい?」
「妖怪はあの天狗のような醜悪な奴らばかりなのか?」
俺がそう尋ねると、虚空がいかにも不機嫌そうに睨んできた。闇は俯き、不知火は何処吹く風と言った表情でキセルを吸う。
それを横目に見てふふ、と微笑むと、緋色はいいえ、と首を小さく横に振った。
「そのようなことはございません。何故ならば、」
「巫女さま…っ!」
その時、ぱたぱたと足音がして、後ろを振り返るとさっきまで呪詛に苦しめられていた少女がこちらに向かって走ってきていた。
俺とGを一瞥すると、少女は薄手の衣を引きずるようにして緋色の元へ歩み寄った。
そして、手に持っていた小さな小さな花束を差し出した。
「これ…、」
「まぁ!可愛らしい花束ですね。頂いても?」
「うん…、えっと、しょぼいけど、今日のお礼。助けてくれて、ありがとうございました」
「いいえ、気にしないでくださいまし。もう横にならずとも良いのですか?」
「大丈夫。巫女さまが、呪詛返しの呪だけじゃなくて平癒の呪もかけてくれたから」
「それは良うございました」
先程棟梁天狗を追い詰めたものと同じ瞳とは思えない優しい眼差しで、緋色は屈み少女の目線に自分のそれを合わせた。
「えっと…あの、巫女さま?」
「はい。何でございましょう?」
「あの、あのね…、父様、本当は、本当はとっても素敵な棟梁天狗なの。それでね、件の依頼主と、もめ事があったんだって。父様の腕前に、勝手にたくさん文句つけられたの。わたし、物凄く怒ったわ。だって、父様何も言い返さなかったんですもの」
「まぁ、それはお初に耳にしました」
「それでね、ちゃんとお家は建てたの。でもね、ほんの仕返しでね、屋根の作りを弱くしたんだって。そしたら嵐で屋根が吹っ飛んじゃって、体の弱い奥方が亡くなっちゃったでしょ。父様、知ってたの、それですごく悲しんでた。亡くなった母様も病弱な人だったから」
「…そうでしたか…私も酷なことを言ってしまいましたね…」
「ううん、今回のは父様が悪いの。お仕事と私情をまぜこぜにしちゃったのは父様だから」
よく出来た娘だ。公私混同の意味を理解し父の過ちを認めている。
「でもね、高いお金をもらって働いてるのはね。母様のいでんで体の弱いわたしの治療のためなの。だから、必要なお金なの、それを巫女さまにわかってほしくって」
「…えぇ。知っています」
「え、」
「ですが、もうその必要はございません。この巫女が、貴女の体におまじないをしておきましたから」
「平癒の、じゃなくて?」
「はい。…毎日、元気に過ごせますようにと、神にお頼み申し上げておきました」
「えっ!神様!?」
悪戯な微笑みを見せると、ぱちりとウインクをする緋色。
少女は予想外の返答に口をぱくぱくさせている。
「ですから、お父上には、これからそれ相応の報酬で働くよう教えて差し上げてくださいませ」
「で、でも…わたし、妖怪よ?神様からしたら、穢れにあたるそんざいよ?巫女さまのおまじない、聞いてくれなかったらどうしよう」
「もしもそうなりましたらば、私が責任をもって貴女の快癒に力を注ぎます」
「巫女さまが?」
「えぇ」
「ほんと!?」
「巫女は言霊を重んじます。嘘は吐きませぬよ」
にこり。緋色は微笑うと、少女の漆黒の髪を撫で、家へ帰るよう促した。
もう日も沈み、空気がひんやりと寒くなってきている。
「ありがとう巫女さま!あ、お家建ててあげてって父様にお願いしてくる!」
「ふふ。楽しみにしてますね」
「うん!あ…呪詛返しに遭った妖怪さん、助かる?」
「大丈夫ですよ。浄化の神の端くれが傍に居りますから」
「巫女さますごいね。神様もお友達?」
「うふふ、いいえ。神になれなかった妖とお友達でございます」
「素敵ねっ。じゃあね!巫女さまっ」
「さようなら。お身体大事にしてくださいまし」
ひらりと手を振る。
こちらに向き直って、さぁ帰りましょうと微笑う緋色。手には受け取った小さな花束。
「妖はですね、ジョット殿、G殿」
静かに呟く。
「確かに、ずる賢く、悪戯を好む種族ではあります。ですが、」
「うん、」
にっこり。優しく、穏やかな微笑みに、自然と俺の口角も上がる。
「人間と、大差無いのですよ。企みもすれば、感謝し、謝罪し、時には人を呪うことも襲うこともありますが、心を持った、生き物には違いないのでございます」
「……だな」
「私のこの紅の眼は、人外の者を映すが故に、人間には随分と虐げられて参りました。ですが」
手にした花束をふと見つめて、また優しい微笑みを浮かべて。
愛おしそうに花弁を撫でると、そっと唇を震わせた。
「かの素敵な、仲間や、生き物に触れ合う度に…私はこの瞳も悪くはないと、そう思うのでございますよ」
「あぁ…そうだな…俺も、初めて妖怪の姿や生活…世界を見たが…、とても、楽しかったよ。興味深くて。Gは?」
「俺か?俺は…そうだな。俺も案外楽しかったぜ。なかなかどうしてか気分屋みてーな奴らばっかりで、どっかの誰かを思い出したけどな」
「?…、何方ですか?」
「ははっ、緋色は知らないけど、これが妖に負けず劣らずの気まぐれでな。まぁ確かにあの強さは人間の域を少しはみ出てはいるが」
「そのような方が…人間にもいるのですね。ふふ、面白そうな方」
月明かりに照らされた紅が、ふんわりと暖かな色みを放っていた。
***
(では、お二方の寝室はこちらにご用意させて頂きますね)
(悪いな、世話になる)
(なぁあんたたち、あたしと一夜を越してみないかい?)
(不知火っ、客人に戯れはするなと言っているでしょう)
(いいじゃないか、こんな色男が二人も手の届くところにいるのに…あぁ、見れば見るほどいい男だねぇ。ふふ、食べてしまいたいよ)
(…は、はは…悪いけど断っておくよ…)
((物理的な意味で喰われそうだ…))
※デモーニコ…霊、精霊、悪霊、鬼神、神性
※モストロ…怪物、怪獣、化け物、凶悪犯、才能を持った人
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