我は風が好きみたいだ。 いや、まだ動物と比べたら動物のが大好きだが。 まだ、触れられると吃驚して弾いたりして、失礼なことばかり。 でも、彼が近くに居て気分は悪くない。 風が作る料理は、とても美味しい。 風は手先が器用で、多分なんでもこなしてしまうんじゃないかな。 我なんかは、ほら、その、……… ガサツ、というか。 料理なんて、大嫌いだ。 「朝陽、そこの皿を取ってもらえますか?」 「うん。………これ?」 「はい、そうです。……ありがとう、朝陽」 組み手を終えて休憩がてらまたお茶をして、 それから少し我は庭で動物と昼寝をした。 目が覚めると風が夕食の支度をしていたから、我は手伝うことにした。 でも、実際に調理をすると壊滅的なので、全部彼が担当なのだが。 風はお礼を言ったり挨拶をする度にいちいちニコリと笑う。 優しくて、あったかい、笑顔。 そんなに笑って、疲れないのかな。 どうしたら、そんなふうに、いつもニコニコしていられるかな。 「………朝陽?別に、居間に戻っていてくれていいですよ?」 「…………いい、見てる」 「そう、ですか…」 風は料理がとても上手。 他にも、細かくて繊細な作業とか、全部上手。 それは、彼の心が優しくて、繊細、だから? 我は料理がひどく下手。 他にも、細かくて繊細な作業とか、全部下手。 それは、我の心が空っぽで、変だからなの? ちょっとしたことでいちいち『自分』について考える。 考えても、覚えていないものは、いくら考えても出てこない。 風からしたら、我はどうしてそんなに考え込むのか、と 問うてくるに決まってる。 優しいから、彼は。無理して自分を探さなくていい、と言うだろう。 でも、だめなんだ。 我は、もうふわふわした『自分』は、いやなんだ。 だから、少しでも、自分を見つけて、 ただひとつの『朝陽』になりたいんだ。 どこにいてもいないのと同じな、 ふわふわで、確実じゃない、 そんな自分は、もういやなんだ。 「……ふぅ。あとはもう少し時間が経ってから煮込めば出来上がりです」 「うん」 「…………待っている間、何かしますか?」 「………」 我は首を横に振った。 何かしたいとは思わない。 なんとなく、風のそばにいたら、それでいい。 落ち着く。鹿の背中を枕に、寝てる時みたい。 兎を抱きしめて、鳥に囲まれて、リスが頭に乗って。 そんな、我の大好きな時間と、なんとなく似てる。 我はきっとおかしいんだ。 自分から触れるのは平気なのに、 風が触ろうとすると駄目みたい。 なんて自分勝手。自分でも自分が分からない。 だからきっと、おかしいんだ。 風が横長のソファーに座る。 (この屋敷に来てから産まれて初めて見た) (いや、我の今ある記憶の中では、初めて見た) 風は右端だったので、我はなんとなく、左端に座った。 彼との距離は1mもない。だけど、別に怖くない。 背凭れに全体重を預けて、目を閉じる。 嗚呼、今にも深い深い眠りについてしまいそう。 風の美味しい料理は、これからなのに。 今まで見てきた男たち。 汚く笑って、気持ち悪く触ってきて。 それで、嫌がっていても力を行使して無理強いをする。 複数の男たちはもっと嫌い。 一人が我を押さえつけて、一人が触ってきて、 一人がカメラ、を構えて。 いつもいつも、怖くてたまらない。 だから我は不快感を除くために男たちを蹴り倒し のしてからいつも全速力で森に逃げ込む。 風は? 無理強いなんてしなかった。 我が嫌だと言ったら、怖いと言ったら、 触るのも近寄るのも、なるべく控えてくれた。 彼の笑顔はいつだって綺麗で、優しくて、 ふんわり、一緒に笑えそうな気もする。 実際に笑えた試しがないのだけど。 風は、いつも我の心配をする。 一度だけ我は面倒じゃないのか、邪魔じゃないのか。 そう問うたことがある。 でも風は、またあの優しい笑顔で言った。 「私が朝陽と居たいから一緒に居るんです」、と。 よく分からない胸の内のぐるぐるする感情。 風が笑うと酷くなるし、風から離れて動物と過ごしていても、 なんだか物足りないと叫ぶようにチクリと痛くなる。 これはなに? わたしにしかないもの? それとも、みんなとおなじもの? どちらでもいい、 それが、我が存在している証拠になるのならば。 風に聞こうかとも思った。 だけど、聞いてはいけない気がした。 自分で見つけなければ『自分』にはなれないような、 そんな気がして。 風、風、 我はここにいる? 風の隣に居る? ちゃんと、いる? [前] [次] back |