風が零夢に対峙したのを確認して、各々瓦礫の影から身を出して様子を見る。 「馬鹿野郎オレたちまで巻き添えにするつもりか!」 「此処は一旦ポイントDまで退避するぞ」 「合図もなしにあんな大技出しやがって!何考えてやがる!」 「バカ、わからねぇのか。何も考えらんねぇくらい怒り狂ってるに決まってんだろ」 スカルの脳天に拳骨を食らわせたリボーンは、零夢の足元に横たわる少女が解け霧に溶けていくのを見た。 無線を介し、バイパーが朝陽を回収したことを告げる。ひとまずバイパーにはルーチェの待つポイントFへ向かうよう命じ、自分たちは即座に援護に加われるポジションへと身を移すことにした。 『ムム……ひどい怪我だよ、かろうじて血液で傷口を固めているから、失血死は免れたけど……下手したら左腕はもう使い物にならない』 「化けモンとはいえ、娘に行う所業じゃねぇな」 『始皇帝の血を引いているっていうのが本当なら、納得できなくもないけどね。大抵ああいう輩はまともじゃない、ボクの独断と偏見ではね』 バイパーは己の腕の中で細く呼吸を繰り返す少女の瞼が痙攣を起こしているのを、ただじっと見つめた。 幻覚が効かないおかげで、傷などないという概念を脳に縛ることが出来ない。ちっとも楽にしてやれないことに歯がゆささえ感じながら、彼はポイントFで待ち構えていたルーチェと彼女が呼んだであろう救護班に彼女を任せた。 *** 無線機で話を聞きながら、ルーチェは予知に徹していた。 また、彼女のそれは未来だけでなく、本来知りえることの無い秘匿された過去の事実さえも知ることが出来る。2000年前に意識を飛ばせば、確かに零夢に酷似した黒髪の男が宮廷に呼ばれていたし、そのあと穴倉のような地下室で長髪の女性と朝陽に囲まれ笑う彼の姿も見られた。 そんなことが、と唖然としていた束の間、断続的に映し出される光景に、彼女は息をのんだ。 朝陽!お仕事お疲れ様! うん わぁ、今日も派手にやったねぇ。お背中流しますよー 頼む 朝陽はいいなぁ、零夢さまと同じ時間を生きられて そんなことない、我だって父上より早く…… せっかく細胞移植までさせてもらったのに、寿命ばっかりは延びるどころか縮んでるし …… でも、私朝陽と友達になれて嬉しいよ! 友達? そう、友達! 朝陽の隣ではにかむ少女は、緑石の瞳を持ち、黒髪の隙間から捻じれた角を額脇に1本ずつ持っていた。 慣れたように話す少女は心から彼女を信頼している様子だった。すり切れた映像フィルムのように掠れて映る光景。暫くの静寂と暗闇の後に、ルーチェの脳裏に映し出されたのは、惨劇の跡だった。 父上……ど、どうして 何が?俺の可愛い舞姫 だって、……だってこいつは、 ああ、もう使い道がなかったからねぇ。 最期を君の舞で彩ってもらったんだ、さぞかし本望だろう。 おまけに彼女も見世物の一つだったんだ、いつも以上に舞台も華やいだ そうじゃない!そういうことじゃ、 何か文句でもあるの? 君はソレを、切り刻んだ張本人だ舞血姫 ……そんな、 嗚呼、泣かないでおくれよ鈴。君に涙は似合わないんだ ………… 「こんなの、狂ってる」 予想していた以上に抱えていたものが大きすぎた少女の過去を通じて、心労に頭を痛めていると、突如無線の向こうから悲鳴が上がった。 風の声から察するに、この絶叫は朝陽のものだ。彼女がこんなふうに声を上げているのは初めて聞く。様子を見れない場所からでも、その声色と痛々しい響きの喘ぎに、惨状が眼裏に浮かび上がるようで戦慄した。 バイパーの手により運び込まれた少女の身体は、目も当てられぬほどの状態だった。 体中の至る所が裂傷により出血していて、それもすぐに塞がる類のものでない。乾いた血により突っ張る皮膚はまるで火傷の痕のようだし、それに相反して顔色は真っ青を通り越して土気色寸前だ。左腕に関しては骨身が抉られむき出しになっているではないか。死体を見るよりもむごかった。それでも少女は息をしているのが傷ましい。 「臓器は問題ないだろうけど、それよりも血が足りないよ」 「こんないたいけな子に、……!」 ふつり。一瞬呼吸が止まったかと思うと、少女はほんのわずかに瞼を開いた。 息と呼べるほどの呼気もないままに、彼女は訴えるようにルーチェを見つめた。 手当ては他の人員に任せ、彼女の意思を探るように視線を絡ませる。やがて彼女は、弱々しく唇を動かして見せた。ルーチェは吐息に消えいきそうな言葉を聞き取ろうと耳を寄せる。 「…………!そんな、」 「どうしたんだい」 頷く代わりに、ゆっくりと瞬く少女は、深く息を吸い込んだ後、細く長く息を吐いた。 最早眦に溜まったしずくを零していることも忘れ、彼女は声を荒げた。 「誰か!何か瓶を!」 「はッはい!」 「ちょっとルーチェ、何を……」 「バイパーお願い、これをリボーンに届けて……!」 涙声を震わせながら、ルーチェは受け取った小瓶を朝陽の胸元に翳した。 朝陽が息を吸い込むと、しゅるりと自我を持ったように血液が動き始める。一番傷のひどい左腕からしゅるしゅると血が抜け出てきて、ルーチェの持つ小瓶の中に収まるとちゃぷんと音を立て、ただの血液に変わった。 それに栓をすると、バイパーの手にしっかり握らせる。ただならぬ様子に、代金はツケだからね、と告げることも忘れて彼はテレポートした。 全身麻酔を施され、漸く意識を手放した朝陽が救急車へ運ばれていく。 すべて終わった後に、もう一度彼女の瞼が開かれることを祈って、ルーチェは涙を拭いながら無線機に呼びかけた。 *** 「零夢は殺せるだって?」 ルーチェから通信が入った無線機に耳を傾けると、驚くべき事実を聞かされた。 「何言ってんだ!腹ぶち抜いても死なないどころか笑うようなやつなんだぞ!」 「アンデッド・ボディのお前が言うな」 『朝陽が教えてくれたわ……その前にスカル、頼みがあるの。一度こちらに戻ってきてちょうだい』 「は、はぁ?!俺に頼みって……パシリならやらないからなっ」 「いいからとっとと行ってこい」 「ウッ……ハイッリボーン先輩ぃ!」 「お待たせ。こいつが鍵になるみたいだ」 リボーンに叱咤され、木陰に隠しておいたバイクで一目散に逃げ帰ったスカルと入れ違いで、バイパーが現れた。テレポーテーションで速達してくれたらしいものは、小瓶に入った血液。 バイパーは戦場を見やって僅かに口端を震わせる。 「……いくらあの風が本気って言っても、相手が死なない化け物じゃあ……」 「限界が近いだろうな……」 『いい?チャンスは一度きり。お願い、皆で力を合わせてほしいの』 ─────────………… 「もうそろそろ限界なんじゃない?」 いくら鍛錬を重ねていても、消耗するのがこちらばかりでは分が合わない。 気力でその差をなんとか埋めてはきたが、相手が攻撃をしてこなかった先ほどとは条件が違う。裂傷 から滴る血液の量は少しずつでも、傷が多ければ多いほど戦況は悪くなる。 息も上がり始めた。相も変わらず化け物は笑みを崩さないまま、拾った小石を手のひらで弄びはじめ る。水弾きのような体で投げられた小石は、ショットガン並の威力で私の傍の瓦礫を粉砕した。 「……フゥー……確かに。私一人では、もう限界だったでしょう」 「ふぅん?じゃあ、まとめてかかってきてくれるんだ」 『待たせて悪かったね』 くぐもった声のすぐ後に地響きが起こり、地表を盛り返して地中からヴェルデの機械兵器が顔を出す。 搭載されたガトリングガン3砲が零夢を捉えめった撃ちにした。しかし硝煙が晴れた頃そこに立っているのは体中が穴だらけになっており、右半分になった顔面でなおも脳汁を垂らし微笑む彼。驚異的なスピードで再生していく体はまるで単細胞生物のかたまりのようだ。 「だめだなぁ。数撃ちゃ死ぬ、わけないだろう」 『ああ、想定内だ。しかし気味が悪いな』 「俺もそう思うよ」 ぶくぶくと膨れ上がり、臓器が再生される。骨が塵を寄せ集めるように形を作り、その上をミミズが這い回るが如く神経と血管が覆っていき、皮膚がじわりと染み出してきて傷が塞がる。 投薬により色素を失った白金の髪が生えだしてきたのを獣の爪先で鋤きながら、笑みを模っていた唇は次第に垂れ下がり、への字で固まった。 「痛みがないわけじゃない。でもとうの昔に慣れてしまって、ちっとも感じなくなってしまった。君たちにはわからないだろうね、死ねない苦しみ。こんな醜く生き続けたくないのは俺自身だってそうだ。殺せるとしたら核爆弾かな、それも確かじゃないけどさ」 『核だと?冗談……ではないんだろうな』 「俺は火の中に入ったって普通に生きていられる。だから細胞ひとつ残らず、一瞬で焼き払われればもしかしたら死ねる、っていうただの仮定だよ。 それとも何?貴方たちが俺を処刑してくれるっていうのかい?そりゃあ光栄だ!出来るものならやってみてくれよ!」 「お望み通りにしてやる」 まだ完治しきっていない零夢の身体を、バイパーの触手が捕まえる。締め上げるを通り越して、まるで絞り上げるようだった。内臓が潰され、骨が細粒と化す。滴る血液を何処からともなく出現した盃が受け止める。 「輸血分はもらうよ」 「ゲフッ……輸血?あぁ、あの子か」 最早その眼差しに、娘を思う父の心は宿っていない。 盃ごと姿を消したバイパー。ぐずぐずの身体をばきばき言わせながら徐々に回復する零夢の関節に、リボーンが弾を撃ち込んだ。 「もう少しおとなしくしてやがれ」 「っととぉ?」 「細胞ごと吹き飛べ!」 ラルのショットガンが、彼の四肢をもいだ。トカゲの尻尾のように再生するはずの四肢が生えてこないことに疑問を感じて、零夢は自分の身体を見下ろす。 「……あぁ!そうか、なーんか違和感あると思ったら!」 「てめぇの回復力の源は妙薬と化したその血液だ。おそらく常人が輸血されれば不老不死どころか、劇薬として一発であの世送りにしてくれる代物だろう。ただ、変質した遺伝子をも受け継いだ実の娘にはそれがパワーアップアイテムになる。……当然、痛みと引き換えにな」 「そうだよ、よく分かったね!他の誰でもない、朝陽じゃないと俺を殺せない理由はそこにある!」 「朝陽の体内でさらに精製され変質した血液は、アイツの意思で形状変化できるものになった。そしておそらく、血液そのものにも毒性がある。その毒こそ、貴様の回復力を低下させる武器だったんだな」 ……わ、たし、の……血で……父上は、死ぬ…… 「そうさ。でも今の彼女じゃ、俺を殺すよりも俺が生き返る方が早くて殺せない。だから彼女には、ありとあらゆる強者と対峙させ、彼女自身の武力を底上げさせた!最終的に、世界最高峰の技術を持つチーム、イ・プレシェル・ティ・セッテを殺すことで、彼女は俺を殺せる唯一無二で世界最強の兵器になるのさ!」 「全く反吐が出るぜ」 朝陽の血液が凝固して出来た弾丸を、1つ残らず全て撃ち込む。 再度関節を砕き、額・眉間・喉・心臓へ縦一直線に食らわせ、駄目押しに目を潰してもなお男は高笑いを上げる。 「アハハハハハハ!!!!!!漸く!!!!!漸く俺は死ねるんだ!!!!!りん、りんとう、鈴鈴鈴!!!!!今会いに逝ける!!!!」 再度、ヴェルデの兵器とリボーン・ラルによる急所への集中放火が浴びせられた。 血肉が交わってそこにある限り、彼は何度でも蘇る。弾が切れ、そこに残ったのが唇と眼球がついた肉塊でも、彼は喜びの声を上げてやまない。いったい何度命を終えられずにいたことだろうか。けれど、同情の余地もない。 「これで終わりにしましょう」 私が気を込め、繰り出す技は炎を帯びる。 拳の中で炎圧が上昇していくのが面白いほど分かった。こうも感情に揺さぶられて戦えるとは、私もまだまだ青い証拠でしょうか。 たとえ彼女の中に私がもういなくとも、あの時くちびるからこぼれ出た私の名前が、彼女の中に欠片でも記憶≠ェ残っている証なのだとしたら。 記憶なんて儚いものは、失ったのならまた作り育んでいけばいい。あの言葉は、嘘ではありません。 すぐにとはいかなくてもいい。もう一度、私の名を呼んであなたが微笑んでくれるというなら、たとえ彼のように化け物と呼ばれることもいとわない。 私は、まだまだあなたの傍で、あなたに彩られる景色を見ていたいから。 あなたと一緒に、満天の星空を見上げて、笑いあいたいのだから。 ありがとう、朝陽 突き抜ける突風が、龍の咆哮となりて暗雲立ち込める夜空に轟く。 爆煉疾風拳奥義・爆龍炎舞は、見世物小屋もろとも一帯の森を焼き払い、地を抉ったそこには肉片も血痕も何一つ残ってはいなかった。 立ち昇る煙は薄靄となって立ち消え、山林の奥地にぽっかりと穴の開いた其処に立つ私たちを見下ろすのは、ベルベットに数えきれない星屑を散らした海の煌めきばかりだった。 [前] [次] back |