それは今からおよそ2200年ほど遡った時代、紀元前221年に中国を統一したその人は、自らを始皇帝と名乗った。
とある人質の貴族の男と皇族の娘の間に生れ落ちたその男の人生は、死と隣り合わせであることが多かった。幼少期には敵地で母と追われる身になり、後に彼の父は即位の3年後に没した。
彼は若干13歳で王位を継いだ。その政治手腕によって次第に国を大きくし、ついには中国地域を統一するに至った彼は、ある日重度の病にかかった。その強大な権力を失うことから死を恐れ、不老不死の妙薬を作るように部下たちに命じるも、霊薬を生み出す試み練丹術≠ェ始まり完成したのは、水銀などが原料の辰砂(しんしゃ)という丸薬。服用した始皇帝は、その猛毒によりわずか49歳でこの世を去ったという───


「始皇帝……!?」

「そんな大昔の人間捕まえて何言ってやがる」


動揺を飛び越え、困惑すらしている間抜け面の彼らに向けて、俺は微笑むしかなかった。
そりゃあそうだろう。誰も、2200年前の人間の子どもだなんて言われて、すんなり信じやしない。時代錯誤も甚だしいってとこだ。


「まぁ、続きを聞いてよ。そう、その始皇帝はさっきも言った通り不老不死に挑んで儚くも敗れた人として有名なわけだけど、こんな話は知ってるかな?」


実は彼の母親──太后は、始皇帝の仲父ともいわれた側近と関係があった。側近は発覚を恐れ、代わりとなる男を宦官として太后に紹介した。二人はやがて2人の男児を授かる。しかし始皇帝22の頃、それが発覚。男は反乱を企てるも失敗し、最終的には男の一族、そしてその2人の子もろとも殺してしまった。秦王の信頼が厚かった側近も、流刑ののち服毒自殺してしまう。処分は、側近の葬儀で哭泣した者にまで至った。


「とまぁ、陰惨極まりない彼の身の上話なんだけども、これって実は虚実織り交ぜた表向きの史実で、本当はちょっぴり違うんだよ。
本当は太后と男の間に生まれたのは2人の男児ではなく、片方は女の子だったのさ。それがまた皮肉にも美人で愛らしい姿形をしているものだから、妹にあたるはずのその子を秦王は極秘に召し抱えてしまう」

「そんな馬鹿な……!」

「残念ながら本当だよ。当然側室にもおさまりゃしないけれど、彼女は女官として彼の傍で働かされた。そしてある日、皇帝との間に子供を授かってしまうんだ」


兄弟は実父の家族と一緒に皆殺しにされた。彼女は血の繋がった兄であるはずの秦王に恐怖すらしていた。とても子供のことは言えなかった……もし発覚すれば、腹の子もろとも証拠隠滅に自分まで消される可能性だってある。
だから彼女はひっそりと宮廷を出た。そうして、腹の子をスラムで独り産み、育てた。


「2親等以内での結婚が禁止されている理由は、大人≠フ貴方たちなら知っているだろう?」

「……血が濃くなりすぎて、奇形児が生まれる可能性が高いからだ」

「ピンポーン!そうだよ、リボーンさん。だからその生まれた子供……つまり俺には、両腕がなかった」

「じゃぁ、その腕は何なんだよ!」

「いい質問だね、スカルさん。これはね、さっきの不老不死の話に繋がってくるのさ」


母がスラムの流行病で亡くなってから数年後、俺は15のときに突然宮廷に呼ばれた。母は自分の出自や、俺自身のことも黙っていたからそれはそれは驚いた。こんな小汚い欠陥品を今更宮廷に連れ戻してどうするんだろうってね。
大体見当はついてると思うけど……そうだよ、俺は練丹術の実験体にされたんだ。始皇帝の血を継いでいて、まかり間違って殺してしまったところでむしろ都合のいい人間だったから。


「2年。たったそれだけの期間だったのに、俺はもう輪廻を何周もしたような心地にさせられたよ。あぁ、バイパーさんは輪廻を信じない人間なんだっけ?それでもいいさ、何度死ぬ思いをしたかわからない」

「……」

「そして金丹──不老不死の霊薬は完成した」

「でも始皇帝は死んだんだろう?最後の最後に完成したのが猛毒とはお粗末な展開だ。何者かの陰謀か?」

「確かに父は人を見下すような性分の人だったから、上辺だけの忠誠も多かったろう。だけどその権力にあやかって生きている人間は少なくない。発想の転換さ……丸薬ひとつ飲んだだけで、人類の悲願不老不死が手に入ると思う?」

「…………まさか」

「そう、そのまさか。妙薬金丹は、俺の体内で生成された……何百、いや何千種類もの薬物を投与されて、常人では耐え抜けないような地獄の苦痛を乗り越えた先に、手に入れたんだ。永遠の孤独を」


始皇帝の死後、俺は脅威の生物兵器としてさらに強化を施された。死なないからどれだけ実験しても構わない。生で解剖されることだってあった。それでも死ねないんだ。たちまち傷は塞がる。この獣の腕は、人間と獣の合成についての研究……西洋ではキメラというんだったか、その時につけられた熊の腕だよ。

危険な実験を行う際、俺はいつも麻酔投与か拘束をされていたのだけど、今まで腕がなかったのとは別、獣の剛腕を手に入れた俺は次第に麻酔にすら耐性が生まれた。そしてある日、研究者を皆殺しにした。


「この見世物小屋は、当時の研究所を改築したものだよ。国家機密の研究をしていただけあって立地条件は最高だったからね」

「……CHAOSだな。いかれてやがる」

「カオス……ハハッそうだね、俺もいつからかいかれてたのかもしれない、まさしく混沌だ。でもそんな俺にも、まともに人を愛せる機会があったんだ」


見てくれすら化け物になってしまった自分ではとても日の下で暮らしていけない。かといって死ぬこともできない。誰とも寄り添えないまま、俺は何百年と孤独を生き抜いてきた。
結局研究所から出られずにいた俺は、やがて人の目にふれることすら恐れて、食べ物を取りに外に出ることも出来なかった。飢えて死ぬことも出来ない虚しさに、流す涙も枯れ果ててからまた数百年後。

ある日、一人の少女が研究所を訪ねてきた。


「それが俺の生涯愛し抜くと決めた人であり、妻であり、そしてこの朝陽の母である鈴董(りんとう)だ。彼女はとあるアジアンマフィアのボスの隠し子でね、追われていた。隠れ家にできる場所を探して、俺のところにたどり着いたのさ……彼女は生まれつき片足がなくてね、そんなところからも境遇の似ていた俺たちは、すぐに打ち解けた」


おまけに彼女は、俺と似たような人生を辿っているのに、底抜けに明るく陽気で、優しさを知っている人間だった。貧しい中にも幸せを見つけて喜べるような、そんな人だった。
俺の素性を知っても、彼女は怖がらないでくれたよ。信じがたいということが大きかったかもしれないけれど、それでも俺の掌を恐れずに触れてくれた。どんな怪我をしてもすぐ治ってしまう傷口や、出会ったばかりの頃は自分の方が幼かったのに、時が経つにつれて自分だけ成長して、俺が全く老いないことにも驚いていたけれど、それでも彼女は……鈴はいつも笑顔でいてくれた。
彼女のために、俺は外に出るようになった。野生の動物を狩ってきたり、木の実を採取したりすることが多かったけれど、時々なら街に下りることも出来た。俺を知る人間はとうの昔に皆死に絶えているからね。手を隠すことさえ忘れなければ、いくらか人間だと偽れた。

それでもお互いに日陰暮らしの身ではあったけれど、隣にいてくれる誰かがいることにお互い安心した。大人になった鈴は、いつからか俺に思いを寄せてくれるようになった──そして、俺も。

一緒にいることはできても、添い遂げることはできない。彼女はどうしたって俺より先に死んでしまう。
そのことにひどく悩んだ。俺は枯れ果てたと思っていた涙を、彼女の前で幾度も流した。一緒に悩んで、考えられることすらどうしようもなく幸せに感じられた。
そして彼女と俺はひとつの答えを出したんだ。子を成せば、自分亡きあとも寂しくはないだろうからと。また俺はたくさん泣いて、たくさん笑った。何も飲まず食わず、時には眠りもしなかった千数百余年を思うと、あのたった十数年が俺を生かしていた日々と言えるのだろう。


「朝陽が生まれてからは、本当に幸せだった……!あんなに慈しむことが愛しいと思えるなんて知らなかった。俺は朝陽を抱くのが怖くてねぇ、何度も鈴にからかわれて……何より、朝陽が鈴にそっくりで生まれてくれた。鼻や耳の形は俺に似ているんだけど、不思議だね、娘は父に似るって言うのに、ねぇ鈴」

「“零夢、それ以上はみっともないからやめて”」

「そうかい?話が長引きすぎてもいけないからね、じゃあもう少しだけ付き合っておくれよ。こんなにたくさん誰かと話をしたのは50年ぶりくらいなんだ」


俺と鈴と、朝陽。2人だけのだった薄暗がりでの生活は、ほんの少し賑やかさを増して、それ以上に幸福をもたらした。
いつか終わりが来るとわかっていても、それを覚悟していても、そんな未来忘れてしまいたくなるくらい素晴らしい毎日が続いた。


けれど、天は化け物の俺にはそんな幸せは相応しくないと判断したんだろうね。日常が息絶えるなんて、瞬くより呆気なかった。



「朝陽が5歳の時。研究所の中で遊ぶことに飽きて、俺の留守中言いつけを破って外に出てしまったんだ。勿論鈴は一緒にいた。だから慌てて朝陽を探しに地上に出てしまった。……嗚呼、朝陽そんな顔をするんじゃないよ、あれはどうしようもなかったんだ。君のせいじゃない」


鈴は、人通りの多い場所目指して愛娘を捜し歩いた。森は時折俺が連れ出してやっていたし、常日頃ほかの子どもと遊びたいと言っていたから、人里に降りたのだと考えた。
松葉杖片手に歩く彼女じゃ、どうしたって迅速には捜し出せない。でも俺の帰りを待ってはいられなかった。自分にそっくりの娘が、自分を追っていたマフィアに見つかることを何より恐れた。それに、もしかしたら途中で帰り道中の俺と合流できるかもしれないと思ったんだろう。

でも、彼女が娘を見つけるより、マフィアが彼女を見つける方が間一髪早かった。


「朝陽は、目前で母を殺された」


そう、どうしようもなかった。でも理不尽だとも思った。何故、何故俺たちばかりこんな目に遭うのだと。
恵まれない境遇でも別に良かったんだ。一緒に過ごせる人を見つけられた、それだけでこれまでの苦難だってこの人と巡り逢うために必要だったんだって、全部を赦せたかもしれないのに。

復讐?……あぁ、うーん、正確にはただの憂さ晴らしだったけれど、そういう意味合いもあったかもしれないね。彼女を殺したファミリーを殲滅したおかげで、零夢の名前は世界中に轟いてしまったわけだけど、俺は少しそれを誇らしくも思ってしまうんだから、本当どうしようもない奴だよなぁ。


「マフィア殲滅が、貴方の望みなのですか」

「ううん、違うよ風さん。俺の願いはただひとつ───鈴にもう一度会いに逝くことさ」



駆け出した朝陽の背中を、引き留めることはもうしない。
かといって、彼らと彼女の戦いに手を出すつもりもない。

行方不明になったとしても、予定通り2年で我が子を見つけられたのは何かの因縁だろうか。
俺が人間から化け物になったのも2年。そして、彼女を世間に泳がせ、より強化するに至った時間も2年。
まさか、あの世界的武闘家と手合せでタメを張れるほどまで成長するとは思っていなかったけどね。


「俺は最後の姫の舞台を楽しむことにするよ。思う存分その子を鍛えてやってね」


舞台を飛び出し、世界一のガンマンと空中戦を広げている愛娘を眺めやりながら、俺は舞台の中央で静かに腰を落ち着けた。





4/8

[] []



 back



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -