時は過ぎ、風の鬼獣の零夢¢遇から2ヶ月が経った。 その流れた時間の中で、朝陽は選ばれし7人(イ・プレシェル・ティ・セッテ)のメンバーと交流を深めていた。 街中でスカルと出くわしたのを皮切りに、 あるときは、朝陽が武道を得意とし、組み手を好むことを知ったラル・ミルチがコロネロを率いて、 あるときは、朝陽が記憶喪失であるのに、類まれなる身体能力を保持していることに興味を持ったヴェルデが観察対象にと、 またあるときは、報酬を目的に舞血姫捕獲を急ぐバイパーが、舞血姫の正体ではないかという疑惑が浮上している朝陽を狙って、 各々が風の屋敷を訪れた。ある者は友好的に、ある者は強引に。そしていくつかの諍いを交えながらも、朝陽はメンバーとの接触を重ねることで、徐々に男嫌いを克服しつつあった。 あれからというもの、鬼獣の零夢も姿を一切現さない。 風は仲間にも知れぬところで朝陽を守り抜こうとする張り詰めた思いから、ほんの少しだけ解放されていた。 彼女の記憶が戻る手助けのために、彼女とあらゆる経験を積み思い出を作っては、慣れからくる大胆な朝陽の行動に、困らされたり、癒されたりしつつ、風の中の彼女を想う心は少しずつ大きくなっていった。 そんな穏やかな日常が続いていたある日、朝陽は問う。 「風、少し聞いてもいいか」 「はい、なんでしょう?また、わからない言葉でも……」 「風は、何の仕事してる?」 「え、」 仲間たちとの関わり合いがあったとしても、それが皆裏社会に通じる世界でも選りすぐりのメンバーだということは伏せていた。 仲間たちといくつも汚い仕事をしていることも、そのために時折家を空けたことも、彼女には秘密にしていた。 「……何を言ってるんです、私はしがない道場の師範で……」 「でも、じゃあなんで、あんなに顔が広い?皆、仕事違う。軍人、学者、術師、巫女、殺し屋、殺され屋……?……共通点は何?一緒に仕事してるって、前風言った」 「………」 問い詰められ、戸惑う風。 しかし、この2ヶ月築いてきた彼女との信頼関係を思えば、おそらく自分の身の上話をしたところで怯えはしないはず。それに世間知らずな彼女のこと、おそらくそれが世間では忌み嫌われる属種だとしても、彼女自身の尺度で捉えてくれるに違いない。 そんな慢心から、風は話してしまう。自分は、武道家である反面、その力を裏社会の仕事にも用いていること。自分と仲間たちはとある人物に依頼されて集められたチームで、様々なハイリスクの仕事を請け負っていること。 イ・プレシェル・ティ・セッテの名を聞いて、朝陽は目を見開く。 そして、動揺した。 (……選ばれし7人=c?聞いたことがある) (確か、我はそれに、追われていて………───) 「我々は、現在舞血姫という大罪人を追っています」 そうか。風は、すごいんだな。そう言って不器用に笑った朝陽は、その日の翌日姿を消した。 *** 一方、風に見つからない場所から朝陽の様子を観察していた零夢は、屋敷から簡単な荷物だけを持って飛び出してきた朝陽の前に躍り出る。 「やーっと思い出したみたいだね」 「……お前は、」 「?……なんだ、全部思い出したわけじゃないのか」 朝陽が思い出したのは、自分が追われる身であったこと。 自分を追っていた者が風だったと気付き、いてもたってもいられずに屋敷を後にしようと決めた。 何より、彼がそういう身であったことを考えると、今までにも自分のことを庇うような言動があったことに気付いてしまった。 罪人を捕まえる者が罪人を庇っては、反逆罪と見られてしまうかもしれない。きっと風の立場が危うくなってしまう。言葉と一緒に中国史を勉強してきた朝陽には、そうなんとなく分かってしまったのだ。 難しいことは良く分かっていない。けれど、もう風の傍には居られない。 「自分が何者なのか、何をして追われているのか。知りたいかい?」 零夢の言葉に誘われるように、朝陽は金糸の髪を揺らした青年の後をついていった。 「此処が、君と俺の家さ」 そう言って連れてこられたのは、とある廃屋。 入り口に踏み込んで正面真下に見えたのは、ややこじんまりとしたステージ。 ステージを中央に扇状に広がる観客席は、まるで何処かの講堂を思わせるが、朝陽は肌身に感じて思い出した。思い返さざるを得なかった。 鼻につく鉄臭さは、以前まで自分が当たり前のように身に纏っていたものであること。 暗がりでも目につくあちらこちらの薄汚れは、血痕であること。 そして自分はそれを、あのステージの真ん中で散らす者だったこと。 「ここ、は………」 「地下にも案内してあげよう。懐かしいだろ?君が過ごした部屋もある」 舞台袖の端から地下室への回廊が続いていて、そして自分はそこから先の道順を知っていることに気付く。いや、体が覚えている。 狭すぎる部屋には、小さくて古びたテーブルにイスが2脚。鉄パイプ製の今にも崩れそうな二段ベッドが角脇に据え置かれていた。 「思い出してきたんじゃないかな。此処で君は幼少期を過ごした……そう、つい3年ほど前までは」 朝陽は瞠目するでもなく、ただただ茫然と目前の光景に瞼をしばたたかせていた。 言い聞かせるようにして、零夢は彼女の失った記憶の続きを語りだす。 「君はこの見世物小屋で、舞血姫として裏世間に名を馳せた」 「!」 「君はおよそ3年前、復讐者による捕獲命令が下されてから、この見世物小屋を探り当てた選ばれし7人から逃れるために此処を出たんだ。数ヶ月の逃走を経たのち、怪我で倒れた君を表の人間が保護した。けれど君はそこからも逃げ出して、俺にも分からないよう行方を眩ましたのさ」 そう、だ。そうだ、そうだ我は……… 瞬くたびに浮かんでは消えていく情景の数々。 その様子は、まるで夜空に煌めく流れ星のようだ─── *** 『舞血姫、あなたを復讐者に引き渡します。無駄な抵抗は自身を傷つけるだけ、おとなしくしてください』 『……』 『風、早いとこ片をつけるぞ』 ボルサリーノを目深に被ったスーツの男が、拳銃を構える。 迎え撃とうとする我の肩を掴み、隣の男は囁いた。 『ここは俺に任せて。君に“アレ”はまだ早い……逃げるんだ、またあとで会おう』 ──────……… 『逃がすか!』 女軍人がショットガンを向け、数発撃ち込んだ。 それを軽やかに跳び退けたのち、手先の見えない長い袖口から弾丸の如くスピードで針とも刃とも取れるものが射出される。 的確に急所を狙ってくるそれの応酬に、避けるので手いっぱいな女軍人は、そこからもう一度狙いを定める余裕などない。森の木陰に紛れ潜んでいた術師が、情けないなぁと声を漏らしながらパチンと指を鳴らす。刹那、空間が歪んで見えた。 『僕を中心にした半径10メートル以内のエリアを幻術で隔離した。逃げようったって無駄だよ』 『………』 『つかまえた!』 『! 駄目よ、バイパー!!』 術師のローブの裾から襲い来る触手が、我が身全身を絡め取った。 けれどその先の未来をいち早く察知した巫女が叫ぶも時既に遅し、触手を導火線にしたように、瞬時に火炎が術師にまで伝わる。痛みで束縛の緩んだ隙をついて、触手を切り裂いて逃れると巫女に向けて地を蹴り上げる。地面は抉れ、衝撃波が巫女を襲う。 すると間一髪のところで紫の影が巫女と攻撃の隙間に滑り込んだ。肉体を破砕するはずだったそれは、ライダースーツの男の体に吸い込まれ消えていく。 『スカル?!あなた、体が……!』 『気にすんな、俺様の持ち場はおまえの護衛だ……っく、』 術師がダメージを受けたことで綻んだ幻覚空間を抜け出すと、先回りしていたのかそこには先ほどのスーツの男が居た。 『だから言っただろう、この私の予測通りだ。バイパーチームは破られ取り逃がす……そして必ず10時の方角から出てくるとな』 『気に食わねぇがそうみたいだな……』 そこに背後から女軍人が駆けつけ、術師も追いついた。しかし深手を負っている術師に再び先ほどのような隔離空間は生み出せそうもない。 『何故だ、どうしておまえなんかがボクの幻術を破れる?!!』 『………幻術?』 『それは追々暴くとするさ。覚悟しろ舞血姫!』 ショットガンと拳銃の照準が我に合わせられる。 しかし地を揺るがすほどの衝撃がその場を襲う。 『勘弁してよ、まだその子は“途中”なんだからさ』 [前] [次] back |