「えっ」


目を丸く見開いて、珍しく驚き≠フ表情を見せるサーシェ。


「ダリルくん、お休みなの?」

「あぁ。季節の変わり目で、体調を崩したらしい」

「つらいの?」

「発熱と目眩と吐き気、だそうだ」

「えぇ…大変、」


おろおろと視線だけが右往左往していて、手元ではしっかりと点検を終えた銃器が組み立てられていく。
ガチャン、と最後の拳銃の点検を終えてホルスターにしまいこむと、少し眉を寄せて、もう一度俺の顔を見て言った。


「お見舞い行ったら、だめ?」

「え?…あぁ、いや、だめじゃ、ないと思う」

「行ってもいい?」

「今からか?」

「だって…誰もついてないなら、きっとお腹すいてる。もう13時だし…」

「体調が悪いときは、菓子類は駄目だぞ。果物とか、あとは…そうだな、日本食にある粥≠チてのは病人の胃に優しいらしい」

「作る!」

「えっ」


意気込んで立ち上がったサーシェを見て、今度は俺が目を丸くする番だった。
サーシェが料理をするところなんて、見たことない。というか、あまり向いていなさそうだ。知り合いは、キッチンを破壊されたと聞いたことがある。


「作れるのか?」

「端末で、レシピ見れば、なんとかなる」

「お…おぉ…、そ、そうか…」

「大丈夫。私、これでも、女の子だから」

「料理と性別は関係ないと思うぞ…」


急に心配になってきた。何かまかり間違って、ダリル少尉の息の根を止めるような事態が起きないかと縁起でもない不安が胸をよぎった。
食事は今まで、外食か施設内の食堂で済ませていたし、どちらでもないときは大抵俺が作ってやっていたから、包丁はおろかピーラーすら握らせたことはない。
行かせて大丈夫だろうか、と悩ましく思えてきた俺を置いていくようにして、サーシェは端末がポケットにあることを確認すると、ホルスター付きのベルトを休憩室の簡易ベッドに置き去りにしたまま休憩室を出ていってしまった。


「あぁ…」


また、こんなふうに銃を適当に置いていったりして…危険物だというのに。ペンやボトルじゃないんだから、ぞんざいに扱うのをやめろと今度注意してやらなければ。

少尉に、連絡してやったほうがいいだろうか。いや、やめておこう。野暮というものだ。
しかし、キッチンどころかヤン長官邸宅が消滅しないことを願うばかりである。


俺は、ひとつため息をつくと、サーシェが置いていったホルダーベルトを片手にゆっくりと休憩室を出た。



***



「お米、水…あと、ウメボシ?卵でもいいって書いてある…ダリルくん、どっちが好きかな」


端末のレシピアプリを起動させて、オカユの作り方と材料を見ながら道を歩く。
なんだ、簡単じゃないか。ローワンってば、心配性だなぁ。このくらい、私にだって出来る。…きっと。

一度お菓子作りを試して、知り合いの女の子の家のキッチンを半壊させてからというもの、なんだか億劫になってしまって余計に料理なんて遠ざけていたけれど…お米を煮るだけなら、私にも出来る。
それにはまず、材料を揃えるところからだろう。手近な場所にあるデパートの地下へ行って、簡単に買い物を済ませてから向かうことにして、私は信号の角を曲がった。



「お米。……ダリルくん、いっぱい食べるかなぁ。…残ったら、私が食べればいいか」


「……だし?かつお…?」


「あと、薬味。元気になるように」


「ウメボシ…ってどれ?」


「あ、これ…かな?」


「塩とかは、あるの借りよ」


「あと、果物」


「これで全部?ちょっと重いかな…大丈夫か」



会計は、端末の電子マネー機能を使って済ませた。普段、お菓子と着替えくらいにしか使わないから、お金にはそれなりに困らない。

よし、じゃあダリルくんのお見舞いに行こう。

喜んでくれるといいなぁ。



***



久しぶりに熱を出した。風邪なんて滅多にひかないから、多分これも風邪というより季節の変わり目の寒暖差に疲労が重なっただけの体調不良だろう。
目眩がして、食べ物を口に入れるのも億劫だったので、ローワンに連絡を入れてからずっとベッドに籠って眠っていた。ふと目を覚ましたらもう午後だ。あいつ、ちゃんと訓練してるかな。
熱のせいか、身を起こしただけでぶるりと体が震えた。背筋が粟立つように寒気がすり抜けていく。
熱を計り直そう、と一度ベッドを降りる。体温計はリビングに置いてきたから、取りにいかなきゃ。重い体を引きずるようにして、壁づたいに部屋を出る。
今日に限って家政婦は休みだし、家には僕一人だけだ。まぁ、気の置ける奴に周りでうろちょろしながら世話されるよかずっとましだけど。
普段、自炊なんてしないから、冷蔵庫はおそらく空っぽだ。デリバリーサービスをとってもいいけど、その手のものは大抵脂っこい。今は食べる気分になれないし…どうしようか、お腹すいたな。


廊下の壁に寄りかかったまま少し思案していると、不意にインターホンの音が鳴り響いた。
あれ?家政婦来たのかな。いや、今日は前々から予定があって来られないって言ってたし…誰だ?

もしかして、パパかな。
僕が体調崩したって聞いて、心配して帰ってきてくれたのかな。
…でも、パパなら鍵を持ってるから、違うか。少し気落ちしていると、二度目のインターホンの音。
せっかちなやつだなぁ。変な勧誘だったら怒鳴り返してやる。僕はいま調子が悪いんだ。


モニターを見れば、

………米だ。コシヒカリが玄関先に佇んでる。
なんだこれ、と怪訝になると同時に、デジャヴ。なんか、こんなの前にもあったな。

今は私室のベッドの横に置いてある、僕と同じ紫色の目をしたあのクマを思い浮かべながら、やれやれとドアを開けた。


「あっダリルくん、大丈夫?熱は?」

「………なんか用?」

「お見舞いっ」

「いらない。帰って」

「なんで?」

「いらないからだよ!調子悪いときくらいゆっくり休ませてよ…」

「お腹すいてるでしょ?ご飯持ってきたの」


ダリルくんは寝てて、と押し退けるように部屋に入ってきたサーシェを目で追い掛けるけど、やっぱりふらつく。
無理せずベッドで休ませてもらおうか、とも思ったが、こいつを一人で家の中を歩かせるのは忍びない。仕方ないので、リビングのソファーで横になろうと壁に手をつきながら背中を追い掛けた。

米袋を抱えたそいつが、「ダリルくんち広いねー。キッチンどっち?」と振り返る。堂々とキッチンを拝借するつもりか。図々しいけどこいつの場合無意識だからしょうがない。
ていうかなにその手提げ袋の量。多すぎるだろ、何入ったらそんなに膨れるんだよ。世間知らずというか、買い物のひとつもしたことがないようなやつがよくブランドもののテディベアに行き着けたなと不思議に思ってしまう。


「それ、余ったら持って帰れよ」

「え?なんで?」

「そんなにいらないからだよっ」

「でも、持って帰ってもご飯作らないし」


ローワンなら作ってくれそう、と名案でも浮かんだように表情を明るくしたそいつ。
機嫌が急降下していくのを感じながら、「そっち」と素っ気なくキッチンのある方を指差す。
分からないのかキョロキョロしているサーシェの横を過ぎて僕がダイニングキッチンの方へと足を進めると、ぽてぽてと軽い足取りでついてくる足音。

聞き慣れた足音がそばにあることに何故か安堵しながら、僕はダイニングに続く扉のノブに手をかけた。






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