たとえば、僕が他の女と、じゃれあうように、それはもう仲睦まじく接していたとしよう。
そしてもしそれを、あの鈍感女が見ていたとしよう。
「お前、どう思う?」
「友達増えたんだなぁって、よろこぶ」
これだよ。
とある青少年の憂鬱毎日飽きもせずこいつの相手をしているうちに、分かったことがある。
「目の前にある最後の一個のドーナツを、僕が食べたらどうする?」
「…………半分こしてくれてもいいのに……」
「例え話でそこまでしょぼくれるなよ」
スラム育ちなだけあって、基本食い意地が張っている。
育ちのせいなのかはわからないけど、その代わりに、
「ローワンが他の奴と話してて相手してくれなかったら?」
「またあとでにする」
人間関係には、わりと淡白だ。
「研究開発で忙しくて、生返事のときとか、しょっちゅうだし」
「ああそう……」
そう言う本人も、人の話を聞いてるんだか聞いてないんだか、また新しくキャンディーの包みを開け始めている。
こうも四六時中一緒にいて喋ったりしてれば慣れもするけど、時々上の空なのかそれでも聞いているのか分からなくなることがある。
こいつは、自分と関わる人間を限定するタイプの人間だ。僕もそうだけど、不用意に大勢の他者と関わろうとはしない。
また、身近な人物ほど気にかけるし、精一杯尽くしてみせる。簡単に言えば、いつも同じ奴にべったりしてるってこと。
だけど、どうも変に単純じゃないせいか、執着心だけが妙に欠けている。
それだけ相手を信頼しているのかは知らないけど、戦闘において自分の身を守ろうとしなかったりする点から、根本的にそういう概念がないのだろうとは思う。
まぁ、そのくせ食には貪欲だけどね……。
「どうしたの?今日は、ずいぶんもしも話が多いね」
端末のアプリをいじるのにも飽きたのか、端末を閉じて僕に向き直るこいつ。表情が変わるようになったとは言っても、相変わらず通常は真顔というスタンスだ。
「いや、別に……」
「何か、気になることでもあった?」
「なんでもないって」
そう、ほんの出来心だったんだ。
僕は、自分でも自覚しているくらいにはめんどくさいやつだ。意地っ張りで素直にものを言えないし、子供っぽく癇癪を起こしては相手が遠退くのを怖がってみたり、拗ねたら拗ねたで心配してもらわないと不安でしょうがなくなる。それでいて、そういう自分を認めたくないくらいプライドが高い。
だからだと思うけど、たいてい僕に優しくするやつは次第に遠ざかっていく。自己満足のために優しくしてみせて、面倒になると逃げていくやつ、利益のために上っ面だけ優しくするやつ。僕にずっと関わっているのなんて、物好きだけなんだ。
現に、あの眼鏡はお人好しの世話好きだし、嘘界のやつは僕をからかってオモチャ扱い。目の前の死神は、ただの好奇心ときた。ろくな人間関係じゃない。
それでも、僕は僕なりに愛着を持って接しているふしがあるんだと思う。
じゃなかったら、面倒なやつらだと分かった上でミッション以外の時に繰り返し話すなんてこと、好き好んでやりゃしない。
特に、このオレンジ頭とか。
僕のこと、す、好きとか言っといて、ローワンが来たらふらふらっとそっちに靡いちゃうんだ。腹立つことこの上ない。
僕なんか、こいつがローワンにべったりな姿を見て、やきもきむしゃくしゃしてるって言うのに……。
だから、こんな出来心も芽生えてしまったんだ。
ヤキモチを妬いてくれたらいいのに≠ネんて───……。
「ダリルくんがそういう含んだ言い方するときって、いつも聞いてほしそうだよ?」
テーブルの上のキャンディーをひとつ手に取って、自分をごまかすように手のひらの中でもてあそんでいたときだった。
「ぅ、だから、何でもな……」
「……あっ、わかった!」
「っ!?」
変なところで鋭いやつ。見抜くのはいいけど、顔を覗き込んでくるな。近いんだよ、ばか。
気付かれたか。思えば、自分はとんでもなく子供っぽいことをしている。妬かせて、振り向かせようなんて……アホらしい。バレたら恥ずかしい以外の何でもないじゃないか。
羞恥で徐々に顔が火照っていくのが分かる。澄んだ深海色に射抜かれては、言葉も出ない───
「気になる女の子ができたんでしょう、それで振り向かせたくて……」
「………」
「当たってる?その顔は当たってるって顔だ!誰々?私の知ってる人?」
「バカなの?」
でた。思ったより簡単に口から出た。
「何なの?バカなの?しぬの?」
「えっ、えっ間違い?自信あったんだけど」
「なんでそうなるの?アホなの?ねぇ?」
「ご、ごめんなさい」
「論点そこじゃないでしょ?何?ここまでして分からない?どんだけ鈍いわけ?びっくり通り越して呆れたよこのおたんこなす」
「おたんこなす……」
「もういいっ」
ああもう、どうしてこんなにも、伝わらないんだろう。
うまくいかないにもほどがある。なんでこいつ、こんなに物分かり悪いんだろう。ああ、また勝手に怒ってると思われた。いやになる。
手にしたキャンディーをポケットに突っ込んで、床を踏み鳴らして休憩室を出ると、ばったりローワンに出くわした。「どうしたんだ、そんな怖い顔して」って、よけいなお世話だよこのやろう。
フンと鼻を鳴らして、わざと肩をぶつけながら横を通り過ぎた。まぁ、ただの八つ当たりなんだけど。どうせこのあと部屋の中のあいつとそりゃもう仲睦まじく話すんだろうね、呑気なことで!
***
はぁ、とため息をつきながらオペレーションセンターを出て、真っ直ぐその足でロッカールームに向かう。
結局、さっきのアレが原因かは知らないけど、今日の模擬戦は調整だったにも関わらず、いつも通りにいかなくて苛々しただけだった。コンピューターとはいえ、敵機蹴散らしたら少しは気が晴れるかと思ったのに。
あいつの顔見たら、また理不尽に怒鳴り付けてしまいそうだ。
今日はもう帰ろう。そう考えながら、僕はシャワールームのコックを回した。
あーあ。
結局、僕が妬いただけじゃん。
───────………
今日はダリルくんの様子がおかしかった。
あ、いや、あれでいて案外いつもどおりだったかもしれないけど。
ダリルくんはすぐに機嫌が悪くなるから、そのたびに私は何が悪かったんだろうと頭を悩ませる。
たしかに難しいし、いまだに彼という人を掴みきれていないというのも分かっているんだけど……彼のこと、ちょっとずつでも分かるのが嬉しいから、また一緒にいたいと思える。
それに、嘘界さんが「諦めたらそこで試合終了ですよ」って言ってた。試合?ってなんのこと?とか思ったけど、まぁそこは臨機応変に。
でもなぁ、あの様子だと、まだ怒ってるかもしれない……。
私、しょっちゅうダリルくんの地雷踏み抜いてるけど、彼がどうして怒ったのか分からないまま、彼のほとぼりがさめるまでの時間ばかり分かるようになってきてる。これじゃあまたすぐに怒らせちゃうよなぁ。
もんもんと考え事をしながら、とりあえずダリルくんに謝って仲直りしにいこうとセメタリーの方へ足を向けた。
「えっ、ダリル少尉なら、もう戻ったぞ?」
ローワンに不思議そうな顔をされて、むぅと思わずむくれ顔。
単にタイミングが合わなかっただけだといいな……避けられてたら悲しい……。
今ならまだ、ロッカールームにいるんじゃないか?待ってれば出てくるよ、と助言をもらって、私は足早に其処を立ち去った。
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