すごく今更だけど、僕には好きなやつがいる。





「ダリルーレポート写さしてくれー」

「だめ」

「ンだよケチ」

「だめっつってんだろ、あっおい!」


勿論恋愛対象として。

一応言っておくが、たったいま僕が三日三晩を費やして作り上げたレポートを引ったくった不届き者などのことではない。ちなみにこいつは男だ。断じて無い。有り得ない。


「うげっ。クオリティ高…、やっぱいらね」

「勝手に奪っといていらないも何もないだろ!」

「相変わらず気合い入ってんなーお前」


一目見て嫌気がさしたような表情になると、隣の奴に回すそいつ。いや回さないで返せよ。

そいつもまた、中身を見て感嘆の声を漏らしつつ表情を曇らせている。三人目も横から覗き込んで、うげっと汚い声を上げた。
僕はまた引ったくるようにレポートを取り返して、簡単に中身を確認するなりそれをファイルに仕舞い込んだ。こいつら、いくら講義ないからってサークル室にこもって駄弁ってないで課題進めればいいのに。まぁそう言いつつも、居心地の良さに僕も現在進行形で入り浸り中なんだけど。


「教授から一目置かれるわけだよ」

「頑張りすぎじゃね?お前将来どこ行く気?」

「………軍の、技術武官が知り合いにいたんだよ」


ふぅん、と初めに僕のレポートを取ったエドウィンが相槌を打った。グレイアムは機械工学でも車や飛行機なんかの方面のオタクだから薄い反応を示す。代わりに、戦闘機に詳しいスタンリーが食い付いた。


「マジかよ!?エンドレイヴの整備とかやってたのか!?」

「新型の開発もしてたよ。技術者としては文句なしの腕前だった」

「うわー…、いいなぁ、紹介してくれよダリル!」

「無理だよ。もういないから」


淡々と告げたつもりが、少し声が落ち込んだようになってしまった。スタンリーもあっ、と声を漏らして、乗り出していた身体を引っ込めるように着席する。


「悪い…」

「別に、謝ることないだろ。もうずっと昔の話だよ」

「じゃあ、その遺志を引き継いで?」

「そんなじゃない。…ただ、」

「ただ…?」


エドウィンの言葉に即答で否定する。そんな、格好のつく理由じゃなかった。
グレイアムに復唱されて、僕は少し口ごもりながら言う。


「ただ…、同じ景色が見たかっただけだよ」




いま思うと、あのお節介眼鏡が僕にしてくれた数々のことは、優しさだったんだと分かる。当時はただの煩わしさでしかなかったのに。政府から派遣された同居人は、それが大人になるということだと言っていた。


生き直せるんなら、今度はもっと人に優しくするんだ


あの日の僕には、まだその言葉の意味が、真意が分からなくて。
優しくするって何?何をどうすれば良かったんだろう。僕がどう在れば、何も喪わずに済んだんだろう。
どうしていたら、彼女が泣かぬまま終われていたのだろう。


僕の心根に何かを植え付けたまま何処かに逝ってしまったあいつの言葉が忘れられなかった。
ぐるぐる考えて、考えて、考えた。法廷で一方的な判決が下されそうになって、空っぽだったはずの自分の中に、限りなく小さな灯火が、けれど確かに照らし始めたのを感じたんだ。
このまま終わっちゃいけないって思った。あいつとの約束も、あのひとの願いも、全部置いて終わるわけにはいかないって。

だから、必死に生き繋いだ。服役中も優しさなんてよく分からなかった。一般に言う優しさ≠フ形は掴めても、サーシェが僕にくれたような優しさは手に入らなかった。うまくやれなかった。
サーシェが優しいと呼んだあの男と近い場所に立てたら、何かわかるのかなって。他人との付き合い方なんて殺し殺されしか知らなかった僕が、これから生きる道を定めた、浅はかな理由。

此処で僕と同じ大学に通うこいつらは、僕がどんな過去でどんな環境の中育ったかを知らない。嘘を並べた経歴で一線を引いた。初めはそんな長い付き合いをするつもりもなかった。
刑務所を出たところで、僕はただ目に見えて暴れなくなっただけの、他人との付き合い方はド素人なままの餓鬼だった。同居人のハウルとは毎日のように諍いを起こしたし、素直になるのも下手だった。

だから、こいつらとも長くは続かないと思ってた。自分の本当の中身を知らないやつと、上っ面だけでやっていくのは、僕にはひどく難しく思えたから。
でも、あの日サークルに誘われて、それからもう2年。こいつらが僕に辟易せぬまま纏わり着いてきて、中途半端に突き放せないでいたらこんなに時間が経っていた。


よくよく考えたら、サーシェと過ごした時間よりこいつらの馬鹿騒ぎに付き合ってた時間の方が長いんだよな。変なの。
少しは、僕も変われてたらいいのに。同じ年代の奴らと馬鹿やって、喫茶店で働いて、学校で学んだ時間が、僕の何かを変えてくれてたらいいのに。


「じゃあダリルはそっち進むのかー、大変だな、軍って」

「そうでもないよ」

「え?」

「え?あ、いや。なんでもない」


僕が軍のエリートオペレーターだったことなんて、知らなくていい。知らなくたって、こいつらはどうせ僕についてくるんだ。裏切り者と罵るなら、罵ればいい。社会に蔑まれるのは覚悟の上だった。
ただ、そうだな。こいつらに人殺し呼ばわりされるのは、少しだけ…ほんの少しだけ、胸が痛いかもしれない。


「なぁ、話変わるんだけど」

「んー?」

「明日クリスマスイヴじゃん?どっか遊び行こうぜ」


僕のより分厚い眼鏡のレンズをハンカチで拭ってかけ直したグレイアムが提案する。エドウィンが端末に表示された日付を見て「もう明日か」と呟いた。


「ならさ、女の子誘って合コンてどうよ!盛大にやった方が楽しいだろ?」

「いいな、じゃあ服飾科の子を呼ぼう。あそこはノリ良い子多いし、ダリルがいたらいやでも寄ってくるだろうし」

「あ、僕パス」

「はぁ!?」

「先約があるんだよ」

「相っ変わらず付き合い悪いな!まぁお前が女の子とわいわいやるの好きじゃないの知ってるけど…」


そこまで言ってスタンリーがんん?と変な声を上げた。何かおかしなことでも言ったかと奴に視線をくれてみれば、スタンリーは首を傾げながら僕に問うた。


「先約?バイトじゃなくて?」

「って言ったはずだけど」

「…………え?」

「クリスマスに先約?」

「うるさいな、何回も繰り返すなよ」

「ま、まさか…相手って女の子!?」


ガタンッと大きな物音を立てて立ち上がったスタンリー。蹴飛ばしたパイプ椅子がけたたましく転がった。
それに続くようにしてグレイアムまでもが身を乗り出すようにして声を張った。


「嘘だろ!?鉄壁の潔癖王子が…ついに女を!?」

「変な言い方すんなよ…大体、あいつはそういうのとは少し違うし…」

「何意地張ってんだよ、結局のところデートだろー?」

「その口振りは…エドお前何か知ってんのか!?」

「あ、ちょっおい」

「5年越しの再会でノロケ全開だもんなーダリル?」

「バッ…!エドウィン!!」

「何も隠すこたないだろ?俺達の仲じゃん」

「あーっもう!やっぱり言わなきゃ良かった!」


急に紅潮し出す頬を隠すようにテーブルに突っ伏してみるけど、向かいに座るエドウィンが頭をつついてくるのが鬱陶しくて払い除けた…ら真っ赤な顔が3人にバレバレになってしまった。
別にエドウィンを贔屓して話したわけじゃない。ただ、たまたまそういう機会があったから…流れで喋ったのを、こいつがねちっこく覚えてたってだけの話。……相手が悪かった。


「どんな子!?なぁどんな子!?」

「俺もチラッと話聞いただけで顔は知らねぇわ」

「なんだよー勿体振らないで教えろよ!写メねぇの写メ!?」

「おっとりしてて癒し系らしい」

「成る程ダリルっぽいチョイスのタイプだな」

「適当言うなよグレイアム!」

「なー紹介しろよ!俺達の仲だろ!?」

「………だから嫌だったんだよ…」


3人とも現在フリーの身。特にそのテには縁がないスタンリーの食いつきぶりが半端ない。グレイアムも興味深そうに聞き込んでくる。エドウィンは先々月恋人と別れた割にすっきりと気にもしていなさげで、逆にそういう付き合いの経験がまぁ豊富な分僕をからかう姿勢を崩さない。
確かに、いま名目としては恋人の形を取っているし、気持ちとしてはその枠を越えるくらいあいつのことを好きでいる自信がある。ただ、こいつらが思うような生易しい恋はしてきてない。だから、話をするのも極力控えてたのに。


「年上?年下?何処で出会ったんだよ」

「同い年だし昔ちょっと一緒に住んでただけだよ!」

「いきなり同棲からスタート!?」

「プリンスはやることちげーわ」

「だーからサーシェはそんなんじゃないんだって!」


そこまで言ってしまってから、あっと息を飲んだ。
ぴたりと質問の応酬が止み、全員が全員顔を見合わせてから、また僕を見た。


「……………サーシェ?」

「あ、えっと…」

「……ダリル?俺の記憶が確かなら、ガールフレンドの名前はもちっと違う名前だったように思うけど?」


………、墓穴を掘った。



「サーシェって言ったら、おま…絵本の死神≠カゃ」

「なんでもない!忘れろ!!」

「なんだよ今の!気になるじゃんか!」

「気にしなくて良いから!!」

「詳しく聞かせてもらおうか」

「俺達の仲だろ?なーダリル?」

「離せぇぇぇえええぇぇえぇえええ」



ああ、もう。こいつらと過ごすようになってから、狂犬だの皆殺しのダリルだの呼ばれた頃の僕の面影は跡形もなくなってしまった。
週一で会いに行くあいつには「雰囲気が柔らかくなった」なんて言われる始末。孤独とツクリモノの誇りで塗り固めたプライドは何処へやら。

時々、僕らしさってなんだったろうと首を傾げてしまう。
でも、深く考えずにばか騒ぎに巻き込まれてる今が楽しい、なんて。


絶対絶対、信じてやるもんか!



「レポートの提出が…」

「そんなん後でも今日中なら大丈夫だっつの」

「今日こそは逃がさねーぞォダリルくん?」

「さて、ではまずガールフレンドの人物像についてから」


スタンリーとグレイアムにがっちり羽交い締めにされ、目前で僕のレポートが入ったファイルを揺らすエドウィンが至極楽しそうに笑った。
がくりと首を落として、そっとため息をつく。後でメールしておかなきゃだな…


サーシェ…明日は二人きりで過ごせそうにないや。




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