謝ったところで仲直りしてくれるかなぁ、と今更不安になってきた。
いや、いつもこの程度の喧嘩(?)はしょっちゅうなので、たぶん平気だろうと高をくくっているのだが。


(もし、本当に好きな人がいたら……)


私に愛想尽かして、その人とばっかりいるようになるのでは……。

急に不安がむくむくと膨らんできて、会うのが怖くなってきた。
せっかくのお友達が、いなくなってしまう。いやだなぁ、でも、私に彼を止める権利なんて……。


「おやおや、サーシェ大丈夫ですか?」

「………………、あ、嘘界さん」

「ずいぶん間が空きましたねえ、灰のような顔してましたよ」

「それは顔色がですか?表情がですか?」

「それはもう」

「えっ?えっ?」


くつくつ喉の奥で笑いながら、嘘界さんの骨ばった手のひらが私の頭に乗る。
わしゃわしゃと乱暴に撫でられるも、わりと昔からそうなのでもう慣れて和んでしまう。


「心配事ですか、あぁダリル君のことですね?顔に書いてあります」

「えええ」

「ほんとうに分かりやすくなりましたねぇ」

「そんなにですか……」


散々ぐりぐり撫でくり回しておきながら、じゃあまぁ頑張って、と一言で嘘界さんは行ってしまった。


「あぁそうそう」

「はい?」


足を止めて、こちらを振り向く。
つかつかと歩み寄ってきて、視界の端でにやりと笑った彼が、耳打ちをした。


「お相手は異性だけとも限りませんよ?」


え。


「どういうことですか」

「そういうことです」

「ええええええ」


かき回すだけかき回して、ああもう、私ってやっぱり遊ばれてる。


(今の、悪ふざけ?いや、でも、ありえない話じゃないし……でもでも、)


嘘界さんは意地悪だ。
悩むことが、またひとつ増えたじゃないか。



***



「あれ?少尉」

「なんだよ、何か用?」


不機嫌を隠すことなく返答する。
と言っても、模擬戦のときから僕の機嫌はずっと右肩下がりだから、こいつも知らないわけじゃないはず。


「サーシェが探してたぞ」

「あいつが?」

「なんか、すごいむくれてたけど……怒らせるようなこと、した?」

「まさか」


むしろ怒ってるの僕だし。

まぁだんだんこんなことで機嫌悪くしてるのもばかばかしくなってきたから、今なら会ってもいいかなとは、思ってるけど。
なんであいつが怒ってるんだよ。わけわかんない。


「あんまりいじめてやるなよ、あれでいて一生懸命なんだから」

「どのへんが一生懸命なんだよ……寝て食ってまた寝てるだけだろ」

「案外そうでもないぞ、少尉と仲良くしたくて頑張ってるらしい」


え。なにそれ。


「初めての友達だから、大事にしたいんだって言ってた」

「な、なんだよ、それ……わざわざあんたに報告してるの?」

「君を怒らせるたびに困った顔してそこらじゅうを歩き回ってるんだ、こっちから声もかけるさ」



つまり、はからずも今のあいつの頭のなかは、僕のことでいっぱい……?

なんだか急に寛大になった気分だ。なんだ、そっか、そうなんだ。
妬いてほしい気持ちも少なからずあるけれど、いまはまだそれくらいでいいのかもしれない。

もしかしたら、他人に淡白なあいつに、もっと僕のことを考えてほしかったの、かも。
妬かせるって、似たようなことだし。


なんで自分がスッキリした気分になっているのか、微妙なところだけど、とりあえず思ったより僕はあいつの中で根強いポジションにいるらしい。それを知れただけでも、安心できた。

……ん?
そういえば、どうして僕は、妬かせたいとか、思ったんだ?
そもそも、なんであいつに妬いたんだ?
トモダチって、ヤキモチ妬くものだっけ?



「まぁ、いいや」

「え?」

「なんでもないっつーの」



ふと、無意識に手を入れたポケットにキャンディーがあるのを思い出した。
そうだ。これを渡しに行く名目で、何もなかったように話せばいい。そうしたら、明日からも普通に顔を合わせられる。

存外僕も、あいつのことで頭がいっぱいなんだと気付いて、それでも僕は少し笑顔になれた。


「だ、だめ!」


そのときだった。
手の中のキャンディーが吹っ飛ぶ勢いで、横から飛び出してきた何かに、僕は襲われた。
ぎゅうぎゅうと締め上げられる。苦しい。なんだこいつ。おい、ローワン、あんたもびっくりしてないでちょっと、助けろ


「ローワンでも、だめ!」


……この声は。


「サーシェ、どうしたんだ、少尉にタックルかまして……絞まってるぞ」

「う、あ、ご、ごめんダリルくん」


慌てて手を放されて、急に解放された喉元を押さえながら深呼吸。素で殺す気か。


「なんだよ、急に……」

「えっ、えっと、あー、うん」


言いづらそうにしどろもどろになって、目をしきりに游がせたのち、サーシェは僕の白服の裾をつまんで、ぽつりと言った。


「……ローワンかと、思ったの」

「え?うん、俺?」

「ちょ、いいからあんた黙ってて」


なんのことやら、と二人顔を見合わせながら、言葉の続きを待つ。


「だ、……ダリルくんが……」

「僕?」


すると、そこまで言って、サーシェは息を止めたような顔になって、何故か僕の後ろに隠れてしまった。
正面でローワンが、あぁなるほどと頷き、からりと微笑う。


「勘違いだったみたいだね」

「そう……」

「なんだよ、おいっ。サーシェ?隠れるなって、僕を盾にするなっ」


後々聞いた話では、この時めずらしく、サーシェは赤面していたらしい。









そんなこともあったなぁ、なんて、今だからこそ言えるけど。
当時は目の前のことにいっぱいいっぱいだった。でも、今思ってみれば、自分はその頃から彼女にぞっこんだったのかもしれない。


「ダリルくん、お待たせ」

「遅いぞ、だいぶ待った」

「うん、ごめんね」


今日は、サーシェの自宅に泊まって一緒に映画を見る約束だった。バイトが終わってから、こちらに来てみればまだ帰っていないようすだったので、職場まで迎えに来ていたところだった。
この軍学校は以前研修で世話になっていたから、教員とも顔見知りだ。サーシェの後ろには、リリア・シギースとエリック・カーディフが立っている。


「久しぶりだなー研修生」

「お二人も今帰りで?」

「そうなんです。サーシェ先生を責めないでくださいね、私たちが引き留めていたようなものですから」

「書類の仕分けを手伝っていたの」

「ふぅん」


二人がいる前だから、と遠慮して手持ちぶさたになっていると、すかさずエルリックことエリックがサーシェとの間に割り込んできた。


「んでんで?今夜のお二人のご予定は?」

「エリック先生、ぶしつけな質問はよくないですよ」

「いいですよ。べつに、うちでご飯食べて一緒に映画見るだけです」

「へぇー、ふぅーん、そっかぁー」

「エリックさん、その顔はよしてください」


気付けば、サーシェとエリックが手を繋いでいる。何事かと目を見開いて、それでも平静を装うとしたが滲み出る殺気が押さえられない。元軍人といえど、かの狂犬の凄みには勝てないらしく、顔を青ざめさせていた。


「おーこわ。言っとくけど、今のはサーシェちゃんからだからね」

「は?」


クスクスと肩を揺らし笑うサーシェの向こうで、彼女の手のひらとリリアの手のひらも繋がっているのが見える。
なんだ、そういうこと。エリックだけそれっぽい扱いだったら、どうしようかと思った。とりあえずエリックを死なないように殺して……


「めざとい」

「ですね」

「……二人してからかわないでよ」


両者ともと手を放したあと、まだ笑いが止まらない様子のサーシェを見かねて、帰るまでの楽しみにしておこうと思ったことが口をついて出てきてしまった。


「せっかくケーキ買っておいたのに。お前のぶんやらないぞ」

「えっ」

「季節の桃のブランマンジェ」

「うわあああ食べたいっ」


本当、食い意地は張ってるんだから。昔から変わらない。
そこにリリアが珍しく笑顔を綻ばせて言う。


「今の季節なら、マンゴーもまだ季節ですよ。駅前のケーキショップのマンゴータルトはおすすめです」

「うぇっ、リリアちゃんそんなキャラだったっけ」

「失礼ですね、私だって甘いものくらい好んで食べますよ」

「リリア先生とは何度かお茶してますよ」

「えええ俺知らない!何それ誘ってよ!っていうか前から思ってたけど、二人結構仲良しでしょ」


サーシェからよく彼女とは休日を一緒に過ごしていることは聞いていたので、そこには突っ込まず僕も彼女の話に合わせた。


「あそこのケーキショップはサーシェに聞いてから僕も買うようになったんですよ、リリアさんが教えたんですか?」

「あぁ、そうだったかもしれませんね」

「すぐそばの喫茶には行ったことありますか?メルポワーゼって店なんですけど」

「そこなら、私もよく行きます。あそこのブラック珈琲は本格派で、なのに飲みやすくて美味しいですよね」

「そうなんですよ、こいつはもっぱらカフェオレばっかりで飲めないみたいなんですけど……、ああそうだ、最近メニューに増えたオリジナルブレンドって飲んだことあります?」

「ティーブレンドですか?あれ、思ったより美味しいですよ、ただ、選べる紅茶の組み合わせによって結構風味が変わってくるので、好みが出ると思うんですけど」

「へぇ、そうなんですか。今度飲みに行こうかな」

「あの店がお好きなら、おすすめのお店がありますよ。ちょっと駅の反対側で、裏通りにあるのでわかりにくいんですけど……」


「あのー、お二人さん」


ふと、話に水を差すように、わざと大きな声で呼びかけるエリックを見やる。
すると、彼は「ちがうちがう、俺じゃなくて」と苦笑いをして、くいと親指で隣のオレンジ頭を指した。


「俺はともかく、サーシェちゃんが置いてきぼりくらって拗ねてるんですけど」


見れば、面白いほどわかりやすく口をへの字にして、しがみつくようにエリックの袖を掴んでいるサーシェがいた。表情はどことなくむくれている。


「そんなに気が合うなら、今度二人でお茶したらどうですか」

「あ、サーシェ先生、そういうつもりじゃなかったんです、けど」

「子ども舌の私なんかよりずっと楽しめると思いますよ」

「あーほらもう、研修生が構ってやんないから」

「え、ちょ、僕のせい?」

「あたりまえだろうが!ほーら、もう邪魔しないから仲良く帰れよっ」


サーシェの腕を掴んでひょいと僕に突き返すと、リリアの背中を押してちょうど見えてきた角から曲がって道を逸れ、エリックたちは姿を消した。
気を遣わせてしまっただろうか、と思いながら隣に残された夕焼けを今一度見直してみれば、ぷいと顔を背けられてしまった。


「なんだよ、らしくないな」

「らしくなくて悪うございました」

「そんな言い方しなくても……」

「私、あそこのお店、ダリルくんと行った一回きりなのに。なんでそんな詳しいの」

「え、それは」

「どうせほかにもいろんなお店知ってるんでしょ、どんな女の子と一緒に行ったんだか知らないけど」

「なに、妬いたの?」


ぽす、と気の抜けるようなソフトなパンチが飛んできた。
僕は思わず、吹き出してしまう。口元を抑えてもバレバレな様子を見て、サーシェは余計に拗ねてしまったようだ。


「ふ、ふふ、ごめんって。こっち来る行き帰りとかにちょっと立ち寄ってるだけだよ」

「オリジナルブレンドとか、聞いてない」

「だってお前、珈琲飲めないじゃん」

「教えてくれてもいいでしょ」

「なんでそんなに拗ねてんだよ、もう。そんなに僕、信用ない?」

「信用云々と、ヤキモチは別」


袖を引っ張ってくる彼女が俯いた。一緒にいるようになって分かった、寂しいときに彼女がする癖だ。悪かったよ、と頭を撫でてやれば、ようやっとこっちを見た。


「ダリルくんのケーキは?」

「え、……苺のミルフィーユ」

「一口くれたら、ゆるす」

「……そんなんでいいの?」

「じゃあ、紅茶も淹れてね」


まったく、安上がりなやつ。一口くらい、もともとやるつもりだったっていうのに。


「あのさ、2駅先に新しいベーカリーが出来たらしいんだけど」

「うん」

「今度、一緒に行く?」

「いく」


こみ上げるこの愛おしさ、どうしてくれようか。

このあと、僕が借りてきた映画が思いのほかホラー要素を含むものだったせいで、またサーシェがしばらくろくに顔を見てくれなくなったりするのだが、そんな憂鬱もしあわせにひとしお、だ。





ダリルくん、誕生日おめでとう!
ちなみにラストに出てくるケーキは、私がダリル誕祝いに買ったガチケーキです。とても美味でした。
こんな変わらない日常の中で、彼がいつまでも笑顔でいられるますように。


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