※P/S/H/I/C/O/-/P/A/S/S/パロ
※具体的なスプラッタ描写有り









「時々ね、誰かに問うてみたくなるの」


そう呟いて僕の前を歩く彼女の華奢で線の細い背中を眺めた。


「私を必要としていますか、私に生きる価値はありますか」

「またその話?」

「そう、またその話。何度だって繰り返すよ、私が私の存在意義を見出だせるようになるまでは」


薄明かりしか灯らない真っ暗な裏通りで、まるでスキップでもするようにリズムを踏んで歩く彼女。
二十歳もとうに過ぎたいい年した大人のくせに所作が子供っぽいのは、きっと彼女が幼いうちから家とも監獄とも言えないあの閉鎖空間で過ごしてきたせいだ。


「おとなしくしてないと、また汚すぞ。靴とか、スーツとか」

「今更」

「身嗜みを整えろって言ってんの」

「サイコパス色相も肉体もナカミも濁って汚れまくりの私が、どんなに見目を繕ったって無意味って言ってるの」


語尾を合わせて語調まで真似てくるおうむ返し擬き。言いたいことは分かるけど、彼女が衣服を汚すたびに備品支給申請をするのは何故かいつも僕なのだ。やめてほしいことに変わりはない。
一見フランス人形さえ連想させるような整った容姿の彼女だが、内側は打って変わってぐちゃぐちゃのどろどろ。確か、一番最近のサイコパス診断の色相はネイビーブルー。濁るどころか黒に近い色だ。

それでも彼女は平静な意識を保っていられる。それが彼女のいまの存在理由。


「ダリルくんは確かアプリコットオレンジ、だったっけ?」

「そ。生憎お前なんかのちゃちなサイコハザードは受けないの」

「そっかー、私の色相はちゃちなのか」


そうぼやきながら踏みつけたそこが、びちゃりと音を立てる。あ、と声を出したときにはもう遅かった。


「……結局汚してるし」

「あは、ごめん」

「ほーらそこ、わざと踏むなよ、汚ないだろ」

「だって一回汚れたらもうあと変わんないかなって」

「変わるだろ」

「変わらないよ」


真っ白な手を月明かりに翳して、彼女は陰った面持ちで呟く。


「一回汚れたら、もう戻らないもの」




サーシェが潜在犯として隔離施設に移送されたのは、彼女がわずか2歳だったときのことだ。

未就学児にも義務付けられているサイコパス診断。ひとの心を数値と膨大なデータによって管理する、完全なる安全を保証された社会≠フために生み出されたシステムのうちのひとつだ。
産んだばかりの可愛い我が子を社会に奪われた母親は、何て思いながら役員に彼女を引き渡したのだろう。僕は時折それを思い浮かべ、考察する。

彼女自身は親の顔も覚えていないのだと言う。無理もない話だ。今まで床を這っていたのが漸く掴まり立ち出来るくらいの幼子に、一体何が出来ると言うのか。
それでも、そうやって早くからあの施設で過ごしてきた彼女は、外の世界を知らなかった。彼女の知る外の世界は、大きなガラス窓から見えるただのツクリモノの景色。

獄中で死ぬくらいなら、飼われてでも知らないことを知ってみたい。外の空気や、地上から見る空の色、道端に咲いた花の匂いに、人間達がそぞろと蠢く都会の景色。知ってるようで知らないそれらを、肌身に感じて味わいたい。彼女が執行官になったのは、ただそれだけの理由だった。


僕には親がいなかった。
いなかったのだと…思う。

はっきり言えば、僕には血の繋がった親はいた。ただ、愛されていなかっただけ。
今時、就職でさえサイコパス診断で決まってしまう世の中だ。適正判定を貰えない無職者は裏路地に幾らでもあぶれてる。母はそういうひとだった。
父は母によく似ているという僕を決まって遠ざけた。汚らわしい娼婦のみなしごなど、己の知ったところではないと言って。

僕は父に愛されたいがために、社会でお手本と呼ばれるような成績も数値も色相も得てきた。それでも父は僕を認めてくれなかった。母は僕を父に預けてすぐに野垂れ死んだらしい。
老齢だった父が死んで、自分本位に立ち返ったとき、僕にはおよそ個人として本質的に誇らしく思える何かは、残っていなかった。
他者に認められるため、それだけだった僕には自分らしさと呼べる何かはなくて、ただ残っていたのは、あるようで無い空っぽの思い出と、俗世間から見たら尊敬と妬みを向けられるような優等生の肩書きだけだった。


「刑事課、ハウンド3こと執行官のサーガ・シェリル=メノームです。以後よろしく、監視官サマ」


それまでの働きが認められて厚生省公安局刑事課に異動になって、パートナーという飼い犬をと紹介されたのが彼女、サーシェだったわけなのだけど。
デスクワークをやらせれば2回に一度のペースでやり直しだわ、事件に関わる資料も目を通している間に居眠りこくわで、正直エリートルートを歩んできた僕からすればそれはもう立派な怠慢であったし、そりゃあそれこそ最初から今日に至るまでウマが合った試しなんて一度もない。

でも、あいつは僕に似ている気がした。全然違うのに、おんなじなような気がしたんだ。




「ダリルくんは、人を殺したことある?ないよね、だって君は監視官だもの」

「決め付けんなよ。…ないけど」

「じゃあさ、殺してみたいって思ったことはある?」

「……何、さっきから。僕をお前と同じ目に遭わせようって魂胆?」

「違うよ、純粋な疑問。私は思ったことあるよ、実際殺戮の毎日だし、2歳から潜在犯だなんて言えば人は私を死神って呼ぶし、もう私は人殺しのために生まれたのかなって、そんなことだって考えたことあるよ」

「…で、何が言いたいわけ」

「頭のいい人ほど結論を急ぐよね、私知ってる。
だってね、君は知識ばっかの生きる辞書、歩く単語帳と一緒だよ。私は能無しの死神で生き損の悪魔だけど、根っこはおんなじ人間なんだと思うのね。
人生を管理されて、幸せを保証されて、そうやって心根腐らされた社会の恩恵がいまを生きる私たちなんだと思うわけ」

「今日はずいぶん喋るな、なんか面白い本でも読んだの?」

「でもさ、それでも生きてる私たちって、別に全然無価値なんかじゃないと思うんだよね」


生き甲斐をなくしたこの世界で、ちっぽけな国の無機質な日常を彩ろうと腕を伸ばすような、君の細い腕。
その手が引き金を引けば、血が飛び、肉が散り、人は死ぬのだろう。血だまりを踏みつけて、月夜の下転がる肉片を蹴りつけて微笑う君を、ひとは死神だと言って恐れるのだろう。
ルーツを亡くした僕らを繋ぐのは、僕の手に握られて君の首に絡み付いている歪な鎖一本だけど、主人と同じ目線に立ったって飼い犬の君に僕と同じ景色が見えるとも思わないし、その逆もないと思うけど、だけど。


「ねぇ、執行官になったこと、後悔したことある?」

「ないよ」

「即答かよ…」

「だってさ、私にとったらリアルもゲームも一緒、肉が弾けて血が噴き出すのが画面の中だろうと目前だろうと、お人形が壊れたような感触しかないんだもの。
もとの私が壊れたお人形みたいな中身してるからどうしようもないんだけど、私はきっといまを自分なりに楽しんで、謳歌してるんだと思う」

「僕には分かんないね。グラフィックと実写じゃあ質感も色も違う、ナマモノのほうがずっと気持ち悪い。
そんでもってそれを嬉々として追い掛けて好き好んでぐちゃぐちゃにしたがるお前も、僕にはよく分かんないや」

「私は自分から窮屈な作業をこれまた根詰めてちまちまやるのが得意な君がよくわからないよ」

「あっそ」

「おあいこー」


正反対で、お互いのことなんてまるでわかってなくて、そのくせ一番の根っこは知ったような気になって。


「殺してみたいやつなら、いるよ」

「えー?だれだれ?」

「お前。」

「えー?」

「ただ、ドミネーターで一発、ぐちゃって殺し方は綺麗じゃないから好きじゃないけど」

「ふーん」


殺るなら、そうだな。
この手に掴んだリードで、じわじわ絞め殺してしまおうか。それとも、お前の好きなランチタイムにシルバーナイフで頸動脈を掻き切る?路面も凍るような寒空の下、その瞳みたいな色した水底に突き落としてやるのもいいかもしれない。
それなら、僕は素手でお前の脈が消え逝くのを感じようか。その血の温かさに微睡み、肌の感触が分からなくなるまでそばにいよう。


僕が僕であることを証明出来ないなら、僕とよく似た君に触れて、観察して、殺して、解剖してしまいたい。
そうして僕の正体が明かされようが明かされまいが、僕はお前が引き取った息を朽ちた肉体に与えながら死んでしまいたいと思うんだ。


「だから、僕が殺すまでは死なないでよ」

「それが、私の生きる価値?必要とされる理由?」

「ご不満?」

「ううん。十分」


返り血のついた頬を撫でてやると、少しかさついた唇が僕のと重なって、そして仕返しとばかりにかじりつく。喉を鳴らしながら舌を伸ばす僕を、誰が優等生なんて呼んだだろうか。

死臭でむせかえる路地裏、獣みたいなはしたないキスをして、僕らはお互いの存在を証明する。君に欠けたものを、僕が補うなら、僕にないものを君が与えてくれればいい。たとえそれが君の無意識で僕の自己満足だとしても、万々歳だ。


夜の海に溶けて滲んで、眩しいくらいのオレンジはその境界線で混じりあう。

感染?そんなちゃちな影響、受けるわけないでしょう。






もうとっくのとうに侵食されて、呑み込まれてるんだ。

死神なんかより、僕のほうがずっとイカれてる。



相当ヤバいサーシェより更にヤバい性質のくせして色相になんら変化のない歪んだダリルくんが書きたかった。
依存を越えた執着とそれを平然と自覚して飲み下してる冷静さとそれらを踏まえた上で精神が健康状態っていう歪みっぷりが2wじゃ書けなかった彼なのですごい楽しかったです


5/9

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