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「あーカノジョほしー」

「作ろうとしなきゃ出来ねーよ」

「エドはいいだろ、俺らん中じゃモテるんだから」

「お前らは機械オタをもう少し包み隠せばいんだよ」



約束の14時30分まであと5分。几帳面なダリルからエドウィンの端末に「早めに用事が済んだからもう向かってる」とメールが来たのはちょうど1時間前のことだ。

なんでも、生前良くしてもらっていたあの軍人の知人の命日だから、と彼女と二人で祈念碑まで墓参りに行ったらしい。今日はネオ・ロストクリスマスからちょうど5周忌だ。大勢の遺族が戦死者の名が刻まれた祈念碑のある広場に集う反面、街はイルミネーションで彩られ、昔と同じように笑顔で家族や恋人と過ごす人達が路を行き交う。


待ち合わせたのは駅前のとあるカフェテリア。話を聞く限り世間知らずそうなガールフレンドに駅前の街を案内してあげようとある種のこじつけで二人のデートに乱入することに成功した3人は、彼らが墓参りを済ませてやって来るのをおかわり自由のドリップコーヒーを啜りながら待っていた。
窓際の席で目的の人物はまだかと人々に目をくれるスタンリーの横で、グレイアムはミルクを2つカップのコーヒーに落とす。


「まさかあの透明作家≠ニお付き合いしてるとは」

「出た。ネットの強者達の間でも1つも情報が上がらないって評判の」

「噂じゃもんのすげー犯罪者で、それこそ情報って情報は国に揉み消されてるとかって話だ」

「マジかよ…」

「やめろよ、外で話さないのが約束だろ」


端末をいじって面白そうに口を滑らせるエドウィンにグレイアムが注意をする。悪い、と悪びれもなくまた笑う彼の向かいで入店した2人を見つけてスタンリーが手を振った。


「ダリル!こっち…………、」


そこまで声を出して、スタンリーは呆然としていた。見入る彼の視線を追って振り返ったエドウィンとグレイアムも目を見開く。

ダリルの影からひょこりと姿を見せたオレンジ髪に、一同は息を飲んだ。





「はじめまして、サーガ・シェリル=メノームです」


ぺこり。そんな音がつきそうな丁寧なお辞儀をして顔を上げたサーシェ。ダリルと出会ったばかりの頃と比べれば、比にならないほど柔らかくなった表情で微笑む。


「ダリルくんがいつもお世話になってます」

「ちょ、変な言い方するなよ」

「でも、そうでしょ?」

「……、」


こちらこそ、とおどおどしながら頭を下げる3人の男と立ちながら言葉を交わす美男美女。それはもう端から見れば変な光景である。
心を許した存在に囲まれているだけあってか、ダリルの表情もいつもより幾ばくか緩んだものになっていた。


「ダリルおま…、こんな綺麗な女の子って聞いてない!」

「言ってないし」

「ノロケやがって!」

「今の何処で!?」

「いやあ、君みたいな可愛い子とイヴを過ごせるなんて光栄だなぁ」

「おいエド!何抜け駆けしてやがる!」

「いやいや、人の女タラシこむなよ」


ちゃっかりサーシェの手を握って話し掛けるエドウィンにブーイングするスタンリーと呆れ返るダリル。サーシェはきょとんと首を傾げた。


「普段のお仕事は?」

「学校の先生です」

「サーシェちゃん可愛いな…」

「変な目で見るなよスタンリー」

「売れっ子作家には見えないな」

「初めて言われました、でも多分そうだと思う」


3人の男に詰め寄られてぼんやりしながら返答するサーシェの肩を引くダリル。友人に彼女を取られてややご立腹の様子だ。
「揃ったんだから、早く行くぞ!」とサーシェの手を引いて歩き出した彼に、3人は顔を見合わせて笑う。お代をテーブルに置いて店を出た。


「サーシェちゃんは大きい街には来ないの?」

「うん…遠いから」

「何が見たい?服とか雑貨とか、この辺豊富だけど」

「食べ物。特にスウィーツ」


グレイアムの質問に答えたのは、サーシェとしっかり手を繋いでいるダリルだった。
お前が答えるのかよ、とスタンリーが鋭いツッコミを入れたところで、ダリルが続ける。


「あとは…可愛いものが売ってるところ。ぬいぐるみとか。でしょ?」

「うん。ダリルくん当たり」


にっこりと微笑うサーシェにゆるりと弧を描くダリルの唇。3人は珍しいものを見るような顔でそれを眺めていた。


「……ダリル」

「ん?」

「お前、そんなデレ顔もするのな」

「はぁ?急に何言って…あ!ちょ、エドウィン何撮ってんだよ!消せって!」

「女の子にばらまいたら喜ぶな」

「おい!」


常日頃より、その整った顔立ちと軍人由来のすっきりとしたスタイルから一際他人の目を惹き、一部ではファンクラブの存在も聞くような女子人気を見せるダリルだが、本人は一切そういうのを鼻にかけた様子はなく、寧ろ始めこそ持て囃されるのを忌み嫌っていた。
女の子に呼び出されれば興味なさげでも一応呼び出し場所には向かったし、話し掛けられても最低限の返事はしたし、優しく≠ネるため、時には重そうな荷物を持つ女子や課題に苦しむ仲間の手助けをしたりもした。
それらが全部隣を歩きすっかり女らしくなったたった一人の女の子のためだったとは露知らず、彼らはダリルをちょっと冷たい王子様≠ニ認識していたせいか、その温かな表情の変化に驚きの声を漏らしたのだった。


「えっと…エドウィン、さん?」

「んー?」

「ダリルくんが困っちゃう、から…やめてあげて?」


首をもたげながら彼を見上げたサーシェ。純粋な心配からくるお願いであったが、不意打ちの上目遣いとお願いのコンビネーションにやられたエドウィンはその場で写真を消した。


とりあえず、サーシェのニーズに応えるには駅前のショッピングモールが適当だろうとそちらに向かって歩き出した一行。
ダリルと繋いだ手の温かみに目を細めたサーシェは、彼には彼の交遊関係がきちんとあったことに安心感を覚えていた。

お互いがお互いにだけ依存していたから、ふとしたときに折れそうになってしまったけれど。こうして、自分には自分の人間関係を作ることが大事なんだろうな、とぼんやり思う。彼より先に社会に出た身として今日までやってきて分かったことだった。




「ローワン、今年はダリルくんも一緒だよ」


献花を手にしたダリルとしっかり手を繋ぎながら、サーシェは彼に会いに行った。
サーシェは、実を言うと此処に来るのが苦手だった。今でも鮮明に思い出せる、兄のように慕ったひとが自分を振り返って笑う姿が、ただの武骨な石碑に変わってしまったことを思うのが、心苦しかったから。
アンドレイ・ローワン、と刻まれた名前を指でなぞりながら、サーシェはいつも思うのだ。大衆の一部のように弔われた彼には、彼だけの墓がない。つまり、骨もなければ遺品と呼べるものもこの下には埋まっていない。彼の遺族に全て引き取られたからだ。
もう何処にもいない、その確証が掴めないまま、もうずっと花を手向けてきた。きっともしかしたら、生きているんじゃないか。自分の知らないところで、自分のようにひっそりと息をしているのかもしれない、と。

たくさん迷惑をかけたし、いっぱい世話になった。ありがとうもごめんなさいも言い足りなかった。だから、ずっと会いたいと思っていた。
ダリルの生存でさえ不確かで、新しい環境の中、それでも彼女は孤独を抱えて生きてきた。誰にも理解されない孤独を、独りきりで。


それが、いまは隣に立つひとがいる。
一緒に彼を弔って、思い出を振り返り、もしかしたら、なんて幻想を聞いてくれるひとが。
嬉しいはずなのに、そのぬくもりが逆に心に染み入って痛かった。ずっと目を背けてきた大切なひとの死を、受け入れなければならなくなったようで。

孤独を抱えながら、ずっと気持ちは何処かで逃げていたから。だから、もうけじめをつけなければ。


「私ね、もう…ひとりじゃないよ」


ダリルがいる。同僚がいる。上司がいる。教え子もいるし、何より敵同士だったはずなのに今も良くしてくれる友人がいる。
かつて拠り所があの休憩室にしかなかった少女は、もうちゃんと立って歩ける一人の大人になっていた。


「ローワン、にも…見せてあげたかった」


大人になった、なってしまった自分達を。
あの頃とはすっかり変わってしまった町並みを。
もしあなたが生きていたら、自分になんて言葉をかけてくれるだろう。もう想像でしか描けない、彼の優しい表情や言葉を思い浮かべて…サーシェは、ぽろりと涙を溢した。石碑の前で泣くのは、もうずっと久しぶりのことだった。


あの日から5年。
彼と、彼らと出会ってから10年。


俺はずっと、君の味方でいるよ


彼女に残っているのは、今というかつての未来と、遺された言葉だけ。
何度振り返っても、進めるのは前だけなのだ。

そうは分かっていても、涙は止まらなかった。



「ほら、擦ったら腫れるから」



あの頃より、少しだけぎこちなさの無くなった手のひらに抱き寄せられて、頭を撫でられながら、彼女は思うのだ。
此処にあの人がいたら、ハンカチを貸してくれたな、とか。あの人なら、小難しい慰みをかけながらキャンディをくれるのだろう、とか。
でも、いまはこれでいい。冷たくなった手のひらを包む手のひらがあること。少し大きくなった背丈で、すっぽり自分を抱き締めてくれること。それだけで、いい。



化粧っ気のない顔を、骨ばった男の手が持ち上げさせて、ゆるりと頬を滑る雫を指で掬い上げた。


「サーシェ、行こう。あいつら、楽しみに待ってる」


石碑を柔らかな眼差しで一瞥してから、彼は彼女の手を取って言う。


「サーシェに紹介したいんだ。
……今の僕の、友達」


うん。小さく頷いて花を手向け、もう一度祈りを捧げてから────彼女は、微笑う。



「いってきます」





優しく、変われただろうか



「あーあ、結局クリスマス二人で過ごせなかった」

「明日もあるよ?それに、今日は今日で…賑やかで、楽しかった」

「行きたいとこあったんだよ」

「なんだよダリル、いつまでも文句垂れんなって」

「俺らはサーシェちゃんと一緒に過ごせて最高だったけどな!」

「彼女作れば?」

「連れないこと言うなよ…」

「お前みたいにホイホイ女の子釣れないから!」

「俺は作るかなー今からでも」

「!!?エド、裏切るのか!?」

「じゃ僕らこれから食事だから。じゃね」

「みんな、ばいばい」



往来で、二人の「末長く爆発しやがれ!」という叫びが轟いたとかそうでないとか。





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