『大尉。では、作戦開始だ』

「は!」


敬礼を、モニターの映像が途切れるまで保っていると、不意に背後から声がした。


「あらたな局長って?」

「ダリル少尉、居たのか」

「いま来たとこですけどね」

「検査は?」

「大丈夫でした。変異ウイルスには感染してません」


サーシェの付き添いに時間を費やし、先伸ばしにしていたウイルス検査を漸く受けたダリル少尉。
彼女が弱っているのを放っておけず、職務が終われば何よりも彼女と過ごす時間を優先していた彼は、「本来なら僕が感染して然るべきなのだから、今さら検査なんていらない」とはね除けていた。

また、ここに来たばかりの頃のように誠意のない敬語を使うようになった少尉。
グエン少佐に猫を被っていた彼が脂身発言≠ニ共に本性を見せたときのことが、やや懐かしく思えるが、いまの彼は敬語こそ使えど自分や長官に猫を被るような真似はしない。


手にしていたビタミン摂取用のドリンクを飲み干すと、少尉は少し眠たげな目を瞬かせてから一瞬で表情を兵士のそれへと変えた。
自分も、表情をひきしめて彼の言葉に答える。


「僕も出るんですよね?」

「ああ、頼む。新型は調整が間に合わなかったから、ゴーチェでの出撃になるが…相手は生身の学生だ、問題なく制圧できるだろう」

「そうですか?あちらには顔無しもいるんですよ。そう簡単にはいかないと思うんですが」

「いや、それはない。シュウ・オウマ以外は、ヴォイドを所持していても身体能力が変化するわけではないらしい」

「……それ、何処から?」

「セフィラさ」

「ふうん……」


作戦の指示を出すため、各オペレーターとの通信を繋ごうとモニターをいじりながら受け答えをする。
少尉は俺を半眼で見やりながら、腰に手を当てて唇をやや噛んだ。俺は、それに、と言葉を続ける。


「最悪でも、シュウ・オウマ以外と戦闘になることはない」

「……どういうことですか?」

「茎道大統領が、彼らと取引をした。シュウ・オウマを引き渡すなら命の保証はする、と」

「それ、あいつら信じたの?」


思わず、と言ったところだろうか。驚きに目を見開いたと同時に、脆い仮面は剥がれ本性の彼が覗く。
驚くのも訳ない、何故なら彼らは一度、長官が局長だったときに流したデマによって葬儀社探しを始めるという騒動を既に経験していたからだ。
いずれにせよ、それを鵜呑みにしたということは、またあの高く聳え立つ壁の内側で何かが起こったということ。外の情報に飛び付くしかなかった彼らに、それ相応の苦痛があったからだろう。
どちらにしろ、彼らはいま助かろうが助かりまいが、GHQのモルモットとして自由は許されない。変異ウイルスに対処するための実験体にされる。


ダリルはおそらく彼らの行く末までは気が付いていない。
そんな彼が、ぽろっと言葉を溢した。


「まぁいいや。
戦わないで済むんなら、その方がらくちんだし」


俺は耳を疑った。モニターに向けていた視線を後ろの少尉へ移すと、彼は部屋を出ようと背中を向けたところだった。


「………少尉、」

「なんですか大尉」

「…その、なんだ。
君が敬語で話すと、少々むず痒いというか…」


おそらく、先ほどの発言は学園に潜入していたときに学生から受けた影響の賜物だろう。
殺しが趣味、エンドレイヴは最新のおもちゃだと言っていたダリルの中にも、人間味が芽生えたから。長官が言っていたもうじき撃てなくなる≠ニいうのは、多分そのせいだ。

しかし表情が以前よりも豊かに、柔らかくなったのとは裏腹に、少尉は確固として彼女の名を、話題をあげようとしなくなった。
サーシェがGHQを、休暇申請したきり出ていって戻らなくなって以来のことだ。
まだ2日しか経っていないのに、彼女のいない時間はひどく緩やかなものに感じられてしまえた。


「……そうですか?」

「なんでまた急に、敬語なんて」

「一端の軍人として上下関係を明確にすることは当たり前。でしょ?大尉」

「……まぁ、そうだが…」

「大尉だっていつも綺麗な敬礼で構えてるじゃないですか」


そう言いながら、どこか嫌みな微笑みを浮かべて随分とおざなりな敬礼をして見せる少尉。
いまの少尉はどこか、よそよそしいというか、わざと他人行儀に見せている節がある。
すっかり軍の犬のように見せているが、きっと心根はそうじゃない。自由奔放で、わがままで無邪気な彼は、きっとその仮面の内側で埋もれている。


「それじゃ、僕はセメタリーに戻りますんで」

「あ、あぁ…」


わざわざ聞かずとも分かる。部屋を出ていった背中が、話し掛けるなと傷を背負っていた。
お気楽で流すような言動は、わざと敬語を使って相手を茶化しているように聞こえるが、真意はそうじゃないだろう。
痛々しいほどぴりぴりした雰囲気が彼を取り巻いている。いつも横にいた少女の空白を埋めるように、過去の自分に戻ろうと懸命なのが見てとれた。


仮初めの自分を表に出すことで、作り出したニセモノをホンモノと思い込むことに必死なのだ。
それだけ、サーシェが彼に与えた居場所のぬくもりも、彼女がいなくなったことで穿たれた胸の空虚感も、大きかったということ。


彼は、見ただろうか。彼女からのメッセージを。
俺や長官に渡しておきながら彼に渡していない、なんてことはほぼ有り得ないだろう。ただ、直接口頭で言われていたなら、話は別だ。
俺や長官が何も言わずとも、彼はサーシェの失踪に気が付いているようだった。おそらくは、その行動の理由も聞かされているだろう。
ただ、何故か彼は、サーシェを嫌うような姿を見せるようになった。
寝泊まりを彼女の部屋ではなく、わざわざ自宅まで戻るようになった。甘いものを睨めつけ、そういえばサーシェは元気かと俺に話し掛ける士官を殺気で射抜く。

やはり、別れる直前に何かいざこざがあったに違いない。
だけれども、それをわざわざ聞くというのは野暮というものだ。きっと彼が抱えている不満は、俺じゃなくてあの子が傍に居なければ改善できない。


オペレーターのメンタルヘルスを保つために努力することもサポーターの仕事。
そうは言ったって、現実は簡単にいかないのだ。

自分は、ダリルに優しい子になってほしかった。
エンドレイヴとの感覚共有能力が高かった少尉は、その才能をもってして同調試験への参加を繰り返していた。幼い少尉は、ステイツのエンドレイヴ開発に多大な貢献をしたと同時に、実験によってその幼少期を無下にしてきた。
いや、させてしまった。勝手な大人たちが、彼の子供時代を奪ってしまった。自分も、その一人だった。あの頃自分は、彼をエンドレイヴの部品の一部のように見ていたし、感情豊かで成長期である子供だと認識して対応してなどいなかったかもしれない。
あの頃から、ヤン少将はダリルに対して無関心な節があった。ダリルを実験道具にすることに異論を唱えるどころか、彼を進んでモルモットに差し出した。

だからだろうか、その数年後出会ったサーシェの面倒をみることになって、自分の中では贖罪の意をもって彼女と接していたところがあった。
ダリルにしてやれなかったことを、彼女に。優しい心のまま、育つように。


結果、ダリルとサーシェはお互いの存在に気付いてから優しい心を育むようになった。どちらも、俺の出る幕ではなかったかもしれない。
だけれど、サーシェがいなくなったことで、彼の心はまた固く閉ざされようとしていた。


俺は、二人ともに優しくあってほしかった。

ダリルの痛々しい刺々しさを見ると、昔を思い出して仕方がない。
優しいからこそ、ああやって不器用に自分を誤魔化すことでしか自分を保てない。

俺に無邪気な笑顔で挨拶してくれた幼い少尉が、脳裏を過る。
今からでも、俺にしてやれることはないのだろうか。

歯噛みする思いで、俺は全エンドレイヴオペレーターとの回線を繋いだ。




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