翌日開かれた生徒総会に紛れるように参加しながら、僕はそっとため息をついた。


「(やっぱり馬鹿ばっか)」


昨日のテレビ放送で、新しく就任した日本国臨時政府の大統領、茎道修一郎は淡々と、けれどその瞳に何か野心にも似た猟奇的な光を宿して語った。
封鎖されていた環七より内側には、重度のキャンサー患者以外に生存者は確認されていない。これより除染作業に移ると、要約すればそう言ったのだ。

生徒たちに混乱と困惑から事情の説明を求められた生徒会は、応えるように総会を開くも、特に具体策があるわけでもなく。
生徒会長の供奉院亞里沙は救助を待とうとしか言わなかった。言い方は変われど同じことを言い続けていたって、埒が明かないというのに。
3年の数藤隆臣と難波大秀という二人の男子を軸に、吹き上がるようにして生徒たちの不満が沸き起こり、それらが供奉院亞里沙に全てぶつけられる。
最終的に、具体策を出せない供奉院に、奴らは会長の不信任決議及び新会長の選出を要求した。

こんな状況でここのトップになったところで、とてもいい思いが出来るとは思えない。寧ろ、成果が出せなければ今度は供奉院のように自分が追い詰められることになる。
自分たちの立場がまるで分かっていない。内輪揉めをするくらいなら、もっと他に目を向けるべきところがあるだろう。

そんなだから、嘘界みたいなやつに利用されんだよ。全く、生っちょろい上に馬鹿だらけの屑集団だ。呆れた。


僕は群集からそろりと抜け出すと、真っ直ぐに旧大学棟の方へ向けて歩き出した。

ブレザーポケットから取り出したのは、小さな紙袋に入ったクッキー。昨日サーシェに渡された、こないだの試食のときの土産だそうだ。
まだ封の開いていないそれを開いて、中から市松模様のクッキーを1枚取り出す。バニラとカカオの混ざった甘い香りが鼻腔をくすぐった。


「…………ったく、」


無意識に眉間に皺が寄るのを感じる。尖らせた唇で、食むようにクッキーをくわえると、指先でそれを奥まで押しやり一口で頬張ってやった。
奥歯で噛み砕く度に染み渡る甘さが、今は少し不快に感じて、僕はため息とはちょっと違うふうに息をついた。


「ふん、」


なんなんだよ、あいつ。
やりたいことやるだけやって、さっさといなくなりやがって。



ダリルくん、私かえる

は?

本部戻る

はぁ!?




昨日の夜、寮室に戻ってあいつがこのクッキーと一緒に僕に押し付けた言葉だった。
無表情で、無色透明な、あいつが死神≠フときの声で、淡々と口にしたのだ。

表情が出せるようになって見違えてからというもの、そういう感情を圧し殺すような仕草は見せなかったあいつが、堪えるように無感情を装っていた。
相変わらず何を考えているのかよくわかんないやつだけど、ちゃんと何か考えてるんだってことは分かってきた。あいつは、あいつの中で答えが出せるまで滅多に人に話さないから。

だから僕には、無理強いして引き留めることが出来なかった。その必要性だって無いし、本来なら留まることすらしてほしくなかったわけだから、結果としてはこれでいいはず、なんだけど。


なんか、癪にさわるんだよな。


「(胸騒ぎとは、ちょっと違う気がする)」


嫌な予感じゃない。
ただ、何かが起こるような、そんな気がずっとしている。


ずっとそうだった。
サーシェが変装して歩いてるのを見てるときも、隣にいるときも、部屋でベッドに転がってるときも。
見た目が違うだけじゃない。何かが、僕に違和感を抱かせる。

違和感が、僕とあいつの間に、うっすらと線引きをしようとしている。


遠ざかっていくような。
背中が、瞳の色が、僕の知らない何かに覆われていくのが見えるような。



「………勝手なんだよ」



鬱陶しいと思うときは傍にいるくせに、近くにいると思ったら、いつの間にか背中しか見えなくなってるんだ。
傍にいてと、繋いだはずの手は、気付かないほど優しく振りほどかれていて。


「…………」


紙袋を逆さまにして、残りのクッキーをざらざらと口のなかに流し込む。ばりばり、奥歯で噛み締めた。


不安になるんだ。

もう、背中しか見えないのは嫌なんだ。

怖くなるから。

また、置いていかれるから。



僕のこと、愛してるんでしょ。

傍にいてよ。

いなくならないで。



「…………っくそ、」



ぎり、と噛み締めた奥歯が音を立てる。手にした紙袋はぐしゃぐしゃに握り潰していた。

不意に、もう片方のブレザーポケットが震えた。端末のバイブレーションだった。
ぐしゃぐしゃのそれをもとあったポケットに押し込む代わりに端末を取り出すと、ボタンを押して受話し、耳に当てる。


『少尉、次の指令だ。掃討部隊としてレッドラインに配置になった。縮小は今晩0時からだ』

「了解」

『用意までは引き続き学内の監視に務めてくれ』

「……あのさぁ、」

『なんだ?何かあったのか?』

「ひとつ、聞きたいんだけど」


このやりとりも、ファントム部隊を通じているから、絶対に漏れていないといえば嘘になる。可能性はあるからだ。まぁ、こんなの盗み聞きしたところで何の得もないし、そんなことないだろうけど。
落ち着いた声が、なんだ?と聞き返してくる。僕は、ぐるぐるする胸のうちの違和感を捕まえるようにして、胸元をぎゅうと押さえた。


「あんたさ、あいつに何か、感じたりする?」

『あいつ?サーシェのことか?』

「そう」

『……それは、外見的なことか?それとも、内面的な…』

「あーもう、いいから。思ったことそのまま」

『……変わったと思うよ』

「………それは、」

『よく表情も声色も変わるようになったし、感情を表に出せるようになっただろ?
最近は、独りで考え事をしているのも、あまり見なくなったし…抱え込まないで、相談出来るようになった』

「………そうなの?」

『君も、近くにいて感じてたんじゃないのか?』

「あいつ、また隠し事してるよ」

『……嗚呼、それは多分、隠し事とは少し違うよ』

「なんで」


生ぬるい温度になった声音が、そっと漏らす。


『気付いてほしいんだ、ダリルに』

「……僕に?」

『気付いて、それでも気持ちは変わらないことを、証明してほしいのさ』

「………」

『気付いてるのに、分からないふりをしているだけだよ、ダリルは。
君も、変わったんだから』


丸くなったと、馬鹿にしているわけではないことは分かった。
けど、やっぱりこいつ特有の、頭良さげな何でも分かっていそうな言い方が気に食わなくて、返事もせずに通話を切った。


「……なんだよ、それ」


大人はずるい。

遠回しな言い方ばかりして、迷わせて、それで楽しんでる。嘘界のやつの真骨頂だ。
ちゃんと教えてくれないから、わからない。自分で見付けろ、気付けって、そんなことばっかりだ。

僕は、わからない。

友達のなり方も、優しい接し方も、相手の心に近付く方法も。
まだ、うまく掴みきれてないんだ。あいつのことも、あいつとの距離感も、自分の内側のことも。

ただ、本能的に、感覚的に、傍にいると心地いいから、安心するから、一緒にいるだけ。
ちゃんと形にすることもしないで。だって、そんなの、やり方わかんないし。

自分の気持ちの正体すら捉えきれてない僕が、どうやってあいつの気持ちに気付けっていうの。
ほら、やっぱり大人はずるい。



気付いてるのに、分からないふりをしているだけだよ



こんなの、らしくない。
そう思うのに、ふと思ってしまうんだ。

僕らしさって、何だったっけ、と。




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