さっき嘘界さんにGHQの回線を通じてダリルくんにバレてしまったことを報告したら、


『でしょうねぇ』


だった。
あんまりあっけらかんとしているものだから、思わず口に出してあれ?と言ってしまった。


『思った以上に早かったですけど、まぁこんなものですか』

「え?バレるの前提?」

『恋した乙女は無自覚も程々に挙動不審ですからねぇ』

「私、そんなへんなことしたかな…」

『もしくは狼の目には一際目立って映るシステムなのかもしれませんけどね』

「オオカミ?」

『で、今は何をしてるんです?』

「あ、えっと、学園祭をやるそうで…、お手伝いにいろんなところを回ってます」

『ほーぅ、それはそれは。楽しいですか?』

「はい、楽しいです。とても」

『良かったですねぇ、慣れないことをするのは新鮮でしょう』

「私、嘘界さんに拾われてなかったら、きっと今頃野垂れ死んでたと思うので…これも、感謝しないとって。
だから、ありがとうございます。あなたが私を生かしてくれたから、今こんなに楽しいです」

『フフ、そうですか。それは良かった』


くつくつと喉の奥で微笑う声がして、私もつられてくすくすと肩を震わせて微笑う。
手にはさっきハレにお土産に手渡されたクッキーの入った小さな紙袋。味見したどれもが、優しい味をしていてとても美味しかった。


「あの、嘘界さん」

『はい?どうしました?』

「私、ここにいる間何処に寝泊まりしたらいいですか?」

『嗚呼、そういう問題もありましたね。大丈夫、きちんとこちらで手配してあります』

「あ、はい」

『一応学園内に避難している生徒たちと同じようにしておいてください。旧大学棟の寮棟が解放されているはずですから、そこの703号室に』

「生徒じゃないのに寮室使って、バレないですか?」

『ファントム部隊にその辺の調整はさせてありますよ、ご心配なく』

「……わかりました」


生きた生徒が皆集まったら、調整がきくものもきかなくなる。つまり、───幾人か殺した。そういうことになるのだろう。
なんだか胸の内の居心地が悪くなってきて、短く話したあと、通信を切った。なんだろう、この気分は。何を今更、誰かを殺したことに気を悪くしているの。
私は死神でしょう。他人を殺して、その屍の上に立つことで、その死臭を吸い込むことで息をしてきたでしょう。どうして嫌な気持ちになんてなってるの。


「…………、」


私やダリルくん、先に潜入していたファントム部隊の人数調整が利くように、同じ数だけの生徒や学校に避難してきた大人たちが簡単に命を奪われた。ただそれだけ。
それだけ…なのに。駄目だ、何かおかしい。ロストフォートの日から、私、何かおかしくなってる。

息をすると、胸の奥が痛く苦しかった。こんな、…こんなに、息苦しくなるなんて。何処がおかしいんだろう。
嗚呼、こんなときはダリルくんに会いに行こう。ダリルくんと、約束の言葉を交わすんだ。そうしたら、きっと安心できる。すっと息が出来るようになる、はず。

私は、ひどく不安にかられていた。
ダリルくんに、存在意義を確かめてしまった、病室でのあのときのように。



***



結局、今日の任務はここまでとなった。監視はまた明日からだ。
僕は用意された寝床へ行くために校舎を離れ旧大学棟の方へ向かっていた。
僕が休養をとっている間は、ファントム部隊のやつらが監視に回るらしい。なんでもいいや、あんな馬鹿ばっかの場所に居詰めになったらどうにかなりそうだったし。

そういえば、あれからサーシェは何処に行ったんだろう。結局会わないままこんな時間になってしまった、端末のディスプレイには日付が変わる頃を指すデジタル時計が表示されている。
任務のとき以外はほとんど寝てるようなやつが、慣れない場所でうろちょろして、疲れてるんじゃないだろうか。その辺で行き倒れそこそこにぶっ倒れたまま寝てないといいけど。


「っと…ここか、」


指定された部屋番号の寮室の扉を開く。ライフラインが途絶え、電気も通っていないところを学内にある非常時用の大型自家用発電機で補っている程度だ、こっちにまで電気は回っていない。
真っ暗な部屋の狭い玄関。ステイツ式に外履きを履いたまま乗り越えてやろうと思ったところ、何かが足に当たった。暗さに慣れた夜目をじっと凝らして見てみると、それは一対のローファーだった。


「……嘘界のやつ…」


こめかみの血管がぴくりと浮き上がるのが分かった。
あの野郎、わざとだ。絶対わざと仕組んで、僕の反応を窺って楽しんでやがるんだ。
ていうか、わざわざ靴を脱いで上がっているあたり、あいつも律儀すぎる。いつもは休憩室のベッドもブーツのままで寝転んでるくせに。


「サーシェ?」


靴の持ち主の名を呼びながら、これまた狭い廊下を、壁に手をついて伝いながらゆっくりと足を進める。一応、あいつに倣って靴は玄関で脱いできてやった。

暗闇にぼんやり浮かび上がるようにして明滅しているのはサーシェの端末。なんで光ってるんだろうと思って手に取ってみたら、ただのアラーム機能だった。
こいつ、自分でタイマーかけといて起きてないのかよ。まぁ、こんな離れたところに置いておいたら気付かないだろうけど…。

またじっと目を凝らして部屋の中を観察してみる。一応、狭くとも寮と言うだけはあってベッドはシングルが2つ設置されていた。
デスクに端末を置きっぱなしにしていた本人は、左側のベッドで小さく丸まりながら、ブレザーを掛け布団代わりに包まって静かに寝息を立てている。
足元には丸くなって転がっている毛布が一枚。相変わらずの寝相の悪さだ。


「ったく…、」


手に取った端末を、一緒に置いてあった眼鏡のところに戻し、窓から差し込む月明かりが反射して眩しかったので僕もだて眼鏡を外した。
丸一日つけたままで乾燥してきた目には貼りつくコンタクトレンズが痛く感じて、消毒液を入れた専用ケースに外したそれを入れた。
これで髪の色と服装以外は普段の僕と同じだ。


足元の毛布を拾い上げて、サーシェにかけてやる。本来なら入院中の身だってこと、まだ自覚してないのかな、こいつは。
サーシェが眠るベッドの傍らに腰をおろして、顔を見下ろした。ぎしり、古めかしいスプリングが鳴る。


「サーシェ、」


小さく、声をかけてみた。ぐっすりと眠っているのか、身動ぎすらしないそいつ。見慣れないダークショコラの髪色は、いつもの夕焼けのそれと比べて幾ばくも地味に見えた。そっと頭を撫でるようにして、さらさらの髪の間に指を通す。
眼鏡をしていないその瞳は、いま、いつもの青海色だろうか。瞼の奥に煌めく、深くてあたたかい色を思い出して、今一度それを確かめたいと思った。


「サーシェ…、」


今日はなんだか、おかしい。いつもはしないような女らしい格好をしているからか、変装で髪の色なんかを変えていたからか、ずっと見ていると触れたくて指先が疼く。
いつもと違うサーシェが、何処か遠ざかっていくように思えて仕方ない。最初に見掛けたときと同じだ。生徒の中に紛れて、僕の手の届かない場所に行ってしまいそうで。
僕とサーシェの間を阻む生徒の壁から、可愛いだのタイプだの、穢らわしい単語が飛び交う度にふつふつと腹の底が熱くなって気分が悪かった。

さらりと髪が落ちて、月明かりに晒された首筋には、小さな小さな瘡蓋と小さな鬱血の痕。
気分の悪さを八つ当たりするように噛み付いてしまったことには悪いと思っていた。人の歯で皮を食い破るなんて相当力の掛かる行為だ、よっぽど痛かっただろうに。

唇を這わせて、強く強く刻み付けたその痕は、俗に言う所有印。僕のものだという、証。
前までは、こんな穢らわしさの象徴、自らつけることになるなんて思っていなかった。最低限の教養としてそれなりのことは頭に入っているが、それらのどれもが僕の拒絶する汚ならしい欲望の塊だった。
だけど、なぜだろう。サーシェには、触れたいと思う。触れたいし、抱きしめたいし、そして触れてほしいとさえ思う。
どうしても誰かの手に届く場所に在るというなら、誰も手出しできぬように、所有印をつけることもいとわないとさえ思うほど。


今更すぎる。
僕は、とっくのとうに溺れていた。


季節は秋も後半、夜中は肌寒くて仕方無い時期だった。
僕は、ぬくもりを求めるように、慈しむように。サーシェの首筋のその痕の上に、そっと自らの唇を押し当てる。途端、膨れ上がる愛おしさ。


「サーシェ、愛してる」


返事は、規則正しい吐息だけ。けど、それでもいいと思えた。

唇を這わせて、首筋を昇り、耳朶に触れ、頬、瞼、こめかみにそっとキスを落とす。
僕はもう、お前なしじゃ息て生けないよ。




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