「サーシェ───ッ!!!!」



叫んだ声も虚しく、がらがらと重たい何かが崩れ落ちる音が通信機から流れてきて。
血の気がさぁっと引いていくのを感じる。ローワンから引ったくった通信機のマイクを持つ手が、がちがちに震えていた。向こうで通信機が破損する音がしたのを最後に、SOUND ONLYと表示されていた画面が閉じる。つまり、通信が途絶えたということ。

弾かれたように駆け出そうとする僕の手首を、ひどく強い力で掴まれ、押さえ込まれた。バングルが食い込んで痛い。


「っ僕に触るなッ!!離せよ!!」

「今君が行ったところで何ができる!!」

「───…っ、」


言葉をなくして、ショコラブラウンの瞳を見つめるしかなかった。かくりと膝が落ちて、力が抜ける。僕がもう動こうとしない様子なのを確認すると、そっと手が離された。
空気を吸い込もうとしても、息が詰まって出来なかった。胸の内にじくじくと痛みが広がっていく。痛い、苦しい。変だ、なんで僕が。いま痛い思いをしてるかもしれないのは、あいつなのに。

僕は、所詮オペレーターなのだと、初めて無力感に襲われた。機体を失えば、もう何もできない。あいつの代わりに落下物の盾になってやることも、そこから救いだしてやることも。
あいつは、よく僕を「すごい」と誉めた。自分は機械に疎くて、オペレーターなんてもってのほかだと笑ってさえいた。だから僕は、いつも得意気に鼻を鳴らしてコフィンに乗るのだ。

なのに。なのに、いまの僕には、何もできない。


「……………やだよ、」


吐息のようにかすれて漏れた声は、今まで聞いたこともないほどに弱々しく震えていた。

やだよ、サーシェ。

ずっと一緒って、約束したのに。

僕を置いてくなんて、そんなの───


「まだ、分からないだろ」


不意に、ローワンの声が降ってきた。
のろのろと首をもたげてそいつを見上げると、真っ直ぐ射抜くような視線が僕を見下ろしていた。
怒りを滲ませた瞳で、僕を睨み付けながらもう一度、「まだわからない」と言った。


「あの子は、目と反射神経が取り柄なんだ。君も知ってるだろう」

「………、」

「もしかしたら、寸前で避けてるかもしれない。通信機だけ外れてプレスされたのかもしれない。まだ、何もわからない」

「……………、」

「君が一番に信じなくてどうするんだよ、ダリル少尉」


僕が、一番に。

その言葉で、はっとなった。
そうだよ。僕は、あいつの一番なんだ。僕が信じてやらなきゃ、あいつは駄目なんだ。

ぐ、と握り拳を作る。こんなところで、無力感にうちひしがれている場合じゃない。


とそこに、嘘界が乗る車から通信が入った。騒然としていたセメタリーが一気にざわめき立てる。

ローワンが素早く通信を受信、回線を開き応答出来る体制をとった。


『…えっと、ローワン?』


わぁ、と明るい声がセメタリーに満ちる。ローワンがあぁ、とマイクに返事をする横で、イーグルマンが「ガール!!よくぞ無事だったね!!」と大きく声を張り上げた。


「大丈夫か?怪我は?」

『……っ、…っと、』

『サーシェ、こちらへ』


遠くに嘘界の声がした。どうやらハンドルを握っているのが嘘界らしい。あぁ、まぁ、行きもそうか。
通信機を渡すのではなく、嘘界に近付けるような音がかすめていく。すぐに現状を話さないサーシェに、またセメタリー内を不安げな声色が埋め尽くした。
冷静に話を聞き出そうとするローワンの声にも、若干の焦りと不安が含まれているようだった。「どうしたんですか」と催促するようにマイクに話し掛ける。



『利き腕をやられました』


「「「!!!」」」


『ひっかけただけのようです。しかし腕も上げられないところを見ると、ヒビはイってますかねぇ』



動揺が、波紋のようにして皆の内に広がっていく。僕は、大きく目を見開いた。
銃撃兵が利き腕を動かせないというのは、軍人としての死を意味する。即ち、撃てないのだ。
あの死神が、と口々に言うやつら。僕は、そいつらの口を針と糸で縫い付けてやりたい衝動にかられながらも、必死で耳を澄ませた。誰が死神だ。サーシェは死神なんかじゃない、人間だ。

いつもの真意が探れない声音にも、多少の強張りが感じられる。あの嘘界が、焦っていた。


『かなり跳ばしてますから、あと1分程でそちらに着きます。病院の受け入れ体制を整えておいてください』

「了解しました」

「っサーシェ、本当に大丈夫なの!?」

『………、……っ、だい、じょうぶ……右でなら、まだ撃てる…』

「そうじゃないよ、バカ!」


すぐに施設の方へ問い合わせを始めたローワンからマイクを奪って、息継ぎする間も惜しむように声をかけた。
怪我で熱が出たのか、ぼんやりした声が返ってくる。それでも、痛みに耐えようとしている苦しそうな息遣いはそのまま通信機を通してこちらにも聞こえてきた。
検討外れな答えを返してくるやつに、直接顔を見て話せなくてもどかしさを感じる。

怪我の具合はどうなの?本当に、他に怪我はしてない?

もう一度サーシェ、と呼ぶと、うっすら笑っているような声で、『またあとでね、』と言って、向こうから通信を切られた。答えるのもしんどい様子だ。

ざわざわと未だに落ち着く気配のないセメタリー中に響き渡るように、イーグルマンが大きな声を張り上げた。


「今日はここまで!皆お疲れ様、帰ってしっかり休むこと!」


どこかぎこちないというか、納得いかないというか、そんな違和感を空気に漂わせながらとりあえずその場は解散となった。


「……よし。今緊急搬送されたらしい」

「!」

「……行くか?」

「行くに決まってるだろっ!」

「わかった、だけど待て」

「ッ、なんで!?」


焦らすように言うローワンに叫ぶように怒鳴れば、苦笑を浮かべながらベレー帽を外して、落ち着いた声音で返してきた。


「とりあえずは、無事が確認出来たんだ、少し落ち着け」

「っ、」

「今行っても、オペ中だ。着替えて、気持ちに余裕を持ってから行っても、遅くはないだろう」

「………、わかったよ」

「うん。俺も、後で行くから」


来なくていいよ、と言いかけて、あいつがいつもこいつを大切そうに接しているのを思い出す。


「……あんたがいたら、あいつも喜ぶだろ」


不本意だけど、僕一人より、きっとあいつは喜ぶ。

僕みたいな、仮初めの特別≠ェひとり心配して来るより、本当に大切に思っているちゃんとした特別≠ェ来てくれた方が、いいに決まってる。
むしろ、僕はいない方がいいかもしれない。そう思った瞬間、痛みが肺を圧迫して、呼吸をさせなくした。


「……ダリル少尉?」

「やっぱ、行かない」

「え?」

「行かないって言ってんだよ、このウスノロ!!」


苦しくて、悔しくて。情けない顔になっているだろう僕を、引き留めようとまた伸ばしてくるその手を弾いて、今度こそ駆け出した。



必要とされる、誰かになりたかったんだ。


嫌々でも、興味とかでもなくて、僕を本当に愛して、好きでそばに居てくれる誰かがほしかった。

あいつは、口下手だけど、そのへんは素直だから、きっと優しさに任せてこう言うだろう。「ダリルくんは特別だよ」。

でも、違うんだよ。そうじゃないんだ。
僕を愛して。僕だけを、愛して。もう、その愛情が何処にも逃げないって、証明してよ。


僕にはもう、お前しかいないのに。




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