この頃、死神の様子がおかしい。




「(あ、いた)」


トレーニングを終えてシャワーを浴び、ロッカールームを出たところから、ふとセメタリー…オペレーションセンターの方を見やると、死神がローワンとセメタリーに続く通路を歩いているのが見えた。
目立つ夕焼け色の髪と、のっぽのてっぺんにあるベレー帽を見ながら、僕は顔をしかめた。


今まで散々くっついてきてたくせに、ここ一ヶ月、僕を見てもスルーするようになった。
くっつくどころか、避ける素振りすら見せるようになった。僕が何したって言うのさ。感じ悪いったらないよ。


がしがしと濡れた頭をタオルで掻く。長い前髪から滴が落ちて、跳ねた。


最後にあいつとまともに話したのは、一ヶ月と少し前。
休憩室で、あいつの頬を叩いたきり、ちゃんと顔を合わせてもいない。

あいつが悪いんだ。
誕生日を、不幸な日だなんて言うから。
頭にきたんだ。血が沸騰したみたいになって、気付いたら呆然とした顔で、あいつが僕を見上げてた。

突き飛ばして、休憩室を出て、通路でローワンとすれ違って。声を掛けられたけど、無視した。
そのまま、その日はもう模擬戦もなかったから、さっさと着替えて帰ったのを覚えてる。


今年は、一緒に祝ってくれるって。
去年の僕の誕生日からの約束だったんだ。

去年も、急に仕事が入って当日キャンセルになって、パパと一緒には祝えなかった。
でも、来年こそはって、言ってくれたんだ。だから、今年は、今年こそは、一緒に祝ってくれる。

僕が生まれてきた日を、祝ってくれる。


ママは、10年前にロストクリスマスで死んだ。
それまでは、ママと二人で誕生日を迎えてた。あの頃から、パパは忙しかった。

ここ10年は、独りきりだった。


プレゼントは、誰かが届けてくれただけだった。
あとは、顔も名前も知らないような、パパにいい顔をしたいだけのやつが送り付けてくる、一方的なものばっかり。


パパは、いつも忙しかった。
思い出す幼かった頃の日々に、パパと過ごした時間は欠片しかない。


一緒に何処か遊びにいったことは?
───ない。
一緒に何処かご馳走を食べにいったことは?
────ない。
一緒に、夢物語を話しながら眠ったことは?
─────ない。


仕方無かったんだよ。だってパパは偉いから。立派で、真面目だから。仕事を放って僕の相手をするなんて、きっと出来なかったに決まってる。それだけだよ、きっと。


だから僕は、ずっとずっと、なんでも独りでやってきた。
パパに迷惑がかからないように。パパに無駄な手間をかけさせずに済むように。
そうやって、なんでも出来るようになったら、いつかパパが誉めてくれるはずだから。

軍に入ったのも、少しでもパパに会える機会を増やしたかったから。
僕が軍で功績を残したら、きっとパパも鼻が高いでしょう?誉めてくれるよね?

汚いゴミクズみたいなやつらを殺すために直接手を汚すのは嫌だったから、エンドレイヴオペレーターになった。ロボットの操縦はゲームみたいで面白そうだと思ったのもある。ゲームなら得意だ。
パパが軍にいることもあって、僕の名前はすぐに知れ渡った。今まで以上に、僕の立場に媚びてくるやつらは増えたけど、家に居たんじゃ分からなかったような、パパの話も耳にするようになった。不思議だった。家に居るよりも、軍に居る方がパパを近くに感じれた。

地方を制圧して、遠征でもたくさん殺して、僕はあっという間に少尉になった。
気が付けば、皆殺しのダリル≠ネんて二つ名がついてた。かっこいいでしょ、まるでゲームのラスボスみたい。強そうだ。
僕を怖がって、余計なやつらは下手にくっついてこなくなった。逆に、僕がパパの息子で、若くしてこの階級についたのが気に食わないってだけで突っ掛かってくるようなバカなやつらにはよく絡まれるようになったけど。その度に、僕はボコボコにしてやった。やり過ぎだって、懲罰房に入れられることもあったけど。

小隊を任せられるようになって、いっぱい殺したら、パパがいる日本に派遣されることになって。
いつだって会いに行ける距離にパパが居ることが嬉しかった。国も違うし、ほんのたまにしか帰ってこないけれど、パパと一緒に過ごせる家にまた住めることも嬉しかった。


ただ、そうして、やっぱり変わらなかったのは、僕が独りだということだった。


寂しくなんかない。だって、ずっとそうだったんだ。もう慣れたよ。
寧ろ頭の悪いやつらとつるむくらいなら、僕は独りの方がいいとさえ思うね。


思う、のに。


「(らしく、ないな)」


なんでこんなに、イライラするんだろう。
どうしてこうも、落ち着かないんだろう。

思えば、あの時からそうだ。
いらなかったとはいえ、キャンディをあげるなんて。
捨てれば良かったのに。なんで、あげたんだろう。今でも、あのときのことを思い返すとよくわからなくなる。


学校には行かなかった。勉強は全部、家庭教師(チューター)が教えてくれたから。
飛び級で軍人養成所に入った。士官学校を卒業した、僕より年上の奴らが多かった。

だから、今まで同じくらいの年のやつと関わったことはなかった。


あんなふうに、ずっと一緒に居たがるやつ。今まで、いなかった。


独りで良かったんだ。
良かったのに。

独りで居ることに、違和感を感じるようになるなんて。


あいつの、眠たげな淡々とした声を、暫く聞いていない。
あいつ、また笑ったりしてるのかな。ローワンは、あいつに表情が出るようになったのは僕と過ごすようになったからだって言ってたけど。


キャンディ、食べてるかな。
一日に何本もくわえてるし、そろそろなくなったんじゃないかな。
また、レモン味、食べてるのかな。


レモンは、すき≠フ味


すき。

僕は、あいつが、


すき?


「(嫌いじゃないけど…)」


すき。

あいつにその言葉を、気持ちを当て嵌めるのは、なんか違う気がする。
なんか、こう、胸の内側に引っ掛かるような。突っ張るような、違和感が広がる。


あいつは、僕をすきだと言った。


それって、どんな形のすき≠ネんだろう。
僕も感じたことのあるすき≠セろうか。


キャンディがすき。

この曲がすき。


あいつのすき≠フ形は、いくつか知っているけど。

僕に対するそれって、どんな形をしてるんだろう。


僕は、あいつが、すきなんだろうか。


重くも軽くもない、なのにしっかりそこにあると主張する胸のわだかまりを抱えたまま、僕は家に帰るべくエレベーターのある方へ足を向けた。




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