僕が退院してから1週間が経とうとしていた。

この数日間で、ある程度死神の生態を知ることができた。
別に興味があったわけじゃないよ、死神のやつが勝手についてくるからそれとなく一緒にいる時間が長かっただけだし。

顔も覚えてないような奴らから食べきれないほど貰って処理に困っていたロリポップキャンディ。
僕はもう子供でもないし、好んで口にすることなんてないからと思って先日死神にくれてやったところ、気に入った様子で、ここ最近あいつの唇の端から棒が出てない日はない。
あんだけ糖分摂取しといて虫歯どころか太る傾向すら見せないって、どういう体質してるんだよ。一日の半分以上は寝てるくせに。


そう、死神は本当に、見掛けるとほとんどの確率で眠っている。
冬眠の時期なんてとっくのとうに過ぎてるけど。ていうか、人間は冬眠しないだろ。

いくら幼少期の環境が悪かったからって、限度ってものがあるだろ。職務放棄もいいところだ。
死神の行動パターンはこう。眠る、食べる、ちょっと訓練する(このちょっと≠ェ重要)、あとは僕のくっつき虫になってるか、嘘界やローワンと話すか、暇潰しに読書したり、端末をいじったり。

今もこうして僕について来て、オペレーターでもなければサポーターでもないのに、オペレーションセンター、通称墓場>氛氛气Zメタリーにいる。
相変わらず無表情な死神。いつ見ても眠たそうな青色の瞳は、今、これから僕が乗ろうとしているコフィンを見つめたまま逸らされずにいた。


「ねぇ、ちょっと」

「んー」

「退いてよ、邪魔。乗れないんだけど」

「えー、もう少し」

「っだーッ!見るなら他の空席にしろっての!」


物珍しいのか、じっと見たまま微動だにしない死神を突き飛ばしてコフィンに飛び乗る。
エンドレイヴスーツ越しに一瞬触れた肩の感触に身震いした。手首を解すようにぶるぶると振って感触を消す。
男物の少しサイズの大きいジャケットを着込んだ死神の肩は、華奢で細く見えるけど、流石は一応銃器のプロ。筋肉質で、柔らかいのとは少し違う感触。けど、やっぱり人間に触れるのは苦手だ。気持ち悪い。
死神はよろめくと、僕をじと目で見上げてきた。飽くまでそれっぽく目を細めるだけ、眉も唇も何一つ他の表情は変えない。僕はそれを見て、べーと舌を出した。


「ほら、サーシェ。見るならこっちに来るんだ、そこじゃあ他のオペレーターにも迷惑だぞ」


段になっているオペレーションを管理する技術武官の席から見下ろすように立つローワンが死神に呼び掛けた。今度はすんなりと言うことを聞いて、僕の座るコフィンから離れ階段を登っていく。
あいつの言うことは聞くのかよ。無意識に舌を打った。むしゃくしゃする気持ちを覆うようにしてヘルメットを被る。


「少尉、接続するぞ」

「はい」


ヘルメットの後ろにコードが繋がれる、小さな衝撃。右目を覆うようにアイカバーがスライドする。
瞼を閉じ背をシートに預け横たわると、キャノピーの蓋が閉じられ、モーター音を伴いながらぼんやり暗がりに景色が映り始めた。
バーチャルでのオペレーションテスト。疑似世界に降り立った僕のゴーチェの目の前に、違う色のゴーチェが並ぶ。プログラミングされたコンピューターの敵だ。


「いいよ。始めて」


テスト開始を電子音声が告げる。一斉に動き出したゴーチェたちとの間合いをうまく詰めながら、ガトリングガンを連発していく。
足裏のローラーで滑りながら相手の弾を避け、懐に入りパイルバンカーで切りつけ機体を真っ二つに裂く。爆発したそれから距離を離せば、爆煙から発砲、別の機体が躍り出て来る。
素早く機体を展開して低い姿勢を取ると、背後に迫っていた敵機に弾丸は命中、痙攣し数秒動きを止めると、大きく火柱を上げた。

鼻唄混じりに次々敵機を撃墜していく僕。弾の切れたガトリングガンを切り離し、ナイフ状のパイルバンカーでゴーチェの関節部分を切り裂いていく。
突っ込んできた機体を掴み抑え込むと、背負い投げをしながら機嫌よく声を上げた。


「なんか今日ぬるくない!?もっとやってよ!!」

『しかし、少尉、』

「いいからさぁ!!」


しぶしぶといった体で敵機を追加投入するローワン。僕は嬉々として飛び込み、片っ端から組み伏していく。

やっぱりプログラムじゃ行動パターンが限られててつまんないな。もっとこう、ホネのあるやつと戦いたいや。
暫くすると、ビーッと耳障りなサイレンが鳴り響く。テスト終了、タイムアップの合図だ。暗くなっていく視界、消えていく感覚。
暗闇の向こうが薄明るくなると、僕は目を開けた。空気を抜くような音を立ててコードが抜かれ、接続が切れる。見渡す視界にはもうゴーチェはいない。いつものオペレーションセンターが映る。
しっくりくる実体ある感覚。いくら深くシンクロしたとてそれは仮初めの肉体、こうして自分の身体に戻るとやっぱり馴染む感じがする。

カバーが開くのを待ってから背を起こし、ヘルメットを外す。戦績はここ一週間で一番いい結果だったとコフィン内部のモニターに映し出された。気分は上々だ。


「……うん、いい調子だ」

「当たり前でしょ?」

「よし、じゃあ今のデータを元に数値を設定しておくよ」

「そうして。あぁ、関節の動きが悪いから、そこ調整しといてください」

「わかった」


モニターデスクについて色々と操作をするローワンの肩から覗き込むようにして、死神がモニターを見つめる。ふ、と視線が僕に向けられた。


「すごいね。少尉、いつもこんな感じ?」

「あぁ。実戦はもっといい動きをするよ。ゲノムレゾナンス数値もオペレーターの中では断トツで高い」


死神の質問に答えたのはローワンだった。
落ちてきた前髪を手ではらうと、ちょうどそこにサポーターがドリンクを持ってくる。引ったくるようにして受け取ると、ごくりと一口、ボトルを手に持ったまま僕はぴょんとキャノピーから降りた。


「でも、だからといってあんまり無茶はするなよ?一応復帰したばっかりなんだから」

「うるさいなぁ!誰に向かって言ってんだよ」

「少尉はアンチボディズきってのエースなんだね」


身体を真っ直ぐに起こし、淡々と言う死神。嗚呼、まただ。口元を緩めている。微笑む、とも言いがたい中途半端な表情ではあるけど、確かに今、あいつは表情を変えた。

ここのところ、死神はふとしたときに、些細ながら表情を変えるようになっていた。
まだ、あの半端な笑みしか見たことはないけど、一度ローワンの前で笑ったとき、ローワンはひどく驚いて、そうして何故か僕とあいつを交互に見た。

僕に感化されて、感情が表に出るようになったのかもしれない。死神がいなくなったあとに嬉しそうに言ったローワン。僕は、それに半ば疑問を抱いた。
僕らは軍人…人殺しだ。僕のようなオペレーターはともかく、死神は…あいつは、自身の目で見て、その手で命を奪う存在。感情が豊かになることは、果たしていい傾向なんだろうか。
格言う僕は、カメラアイ越しに見る戦場をゲームのようにしか感じていないから…あいつの気持ちなんてわからないけど。いや、そもそも死神の考えてることなんて分かった試しがない。


僕は、せっかくの好成績だったにも関わらず、釈然としない気持ちになって、死神から視線を逸らした。
話題を逸らすようにしてローワンに呼び掛けた。


「ねぇ、配置まであとどれくらい?」

「一時間後だ。一度接続して、配置場所まで移動したらそのまま作戦開始まで待機だそうだ」


ローワンがそう答える。あと一時間、ねぇ。退屈だなぁ。
でも、あれから長かった、漸く前線に復帰できる。今日こそ、僕のシュタイナーを奪った奴らをぶちのめしてやる。

力みすぎてボトルが潰れた。溢れた水が伝って僕の手を塗らす。

今回の作戦は、檻>氛汨ュに言うルーカサイト計画が完成間近ということで、コントロール施設を護衛、葬儀社が現れ次第迎撃するというもの。
護衛なんてつまんない任務、普段はやりたくないけど、相手が葬儀社ってんなら参加しないわけにはいかない。だから僕は、復帰戦ということも重なっていつになく気分が高ぶっていた。

そんな気分を冷まさせるように、単調な声でぽつぽつと洩らす死神。「もうそんな時間?」とモニターの時計を確認している。


「用意しなくちゃ。まだ何もしてないや」

「間に合うのか?」

「わかんない。間に合わせる」


歩兵は直接現地に送り込まれるため、移動時間はエンドレイヴ部隊のそれより少し早い。
だというのに、死神は兵装どころか私服姿で軍服すら羽織っていない。いつもそうだ、勤務中に施設の外を出る以外あんまりあいつは軍服を着ない。

グレーのジャケットを翻しながらぱたぱたと駆けていく後ろ姿を見て、ため息をついた。緊張感の欠片もありゃしない。
やけに静かなセメタリーに、ローワンの苦笑の僅かな声だけが響いた。



1/4

[prev] [next]
back



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -