「〜♪」


拙い鼻歌が室内に小さく響き渡る。

少年のような出で立ちをした少女下士官は、軍服姿で銃のメンテナンスをしていた。
上機嫌そうに歌う鼻歌は、時々音を外しながら途切れ途切れに旋律を紡いでいく。
手際よく拳銃をバラし、油を差したり磨いたりしてからまた組み立てる。

スラックスの裾をブーツに仕舞い込んだ足を片膝の上に横向きで乗せ、その足でできたテーブルの上で銃を組み立てる彼女の横、座っているベッドの脇には端末が置かれ、画面には先程から繰り返し再生されている動画が映っている。
それは最近ネットに留まらず、芸能ニュースにも取り上げられるようになった地下バンドEGOIST≠フものだった。彼女は、ちょっとした調べものの途中にこれを知って以来、この神秘的な歌声ときらびやかな演出の虜になっていた。


「♪〜…、よし」


そうしている間にも作業が終わったようだ。組み立てた銃を一度ベッドに置き、立ち上がると肩にかけるようにしていたジャケットに袖を通した。
ポケットに予備の銃弾が用意できていることを確認し、組み立てた中口径拳銃をホルスターに仕舞ったところで、ノック音が響く。
私室のドアを振り向くと、そこにはいつ見ても不思議な印象を抱かせる上司が立っていた。


「随分上機嫌ですねぇ」

「おはようございます」

「はい、おはようございます。用意は出来ましたか?」

「はい。お待たせしてしまいましたか?」

「いいえ」


では行きましょうか、と踵を返す上司、嘘界少佐。少女サーシェはぱちりと携帯端末の画面を閉じると、それをジャケットのポケットに入れて少佐の斜め後ろをついていく。


「先程のは、今流行りのウェブアーティストの?」

「え、…ああ、聞こえてましたか」

「まあ。…気に入ったんですか?」

「はい。嘘界さんは見ましたか?」

「えぇ、一応ね」

「綺麗でしょう」

「そうですねぇ…私も、彼女がテロリストに関与しているなんてことがなければ、普通に聞き入っていたかもしれませんけど」

「そうですか?私、好きですよ。彼女の心が籠っていて。最近の音楽界って、歌い手のビジュアルばかり評価されて音楽自体は単調でつまらないものしかないですから」

「ホンモノ≠ナすか?」

「はいっ。彼女のホンモノは歌にありますね」

「ふふ、本当に君の話は面白い」


「ただ、私に歌は向いてないみたいですけど」と小さく洩らしたサーシェをちらりと横目に見て、嘘界はまた微笑う。
ボーンクリスマスツリーの前まで出てくると、一般兵が積まれた装甲車がちょうど到着した。乗り込み、奥の座席に嘘界と並んで座ったところで装甲車が発進する。

天気は良いのに、ドライブじゃなくて装甲車に乗ってミッションだなんて。
まぁ、興味深い人に会えるから別にいいけど、と胸中で独りごちる少女。その横で、嘘界は旧型の携帯を開き、クロスワードパズルのアプリを呼び出した。酔わないのが不思議だなあと少女はいつも思う。


彼女達はこれから、桜満集を逮捕しにいく。




***




一昨日から僕の家で暮らし始めた、葬儀社の幹部であり、大人気ウェブアーティストEGOISTのヴォーカルでもあり、更には同じクラスメイトになった少女いのりと、朝モノレールに乗って登校しているときのことだった。
建物の真横を通り、窓の外のビル風が大きくなったと思った途端、モノレールは急ブレーキをかけて止まり、外には見慣れない駅のホーム、GHQの歩兵が一列に等間隔で横並びに整列していた。
その列の手前、オレンジ髪の、少年とも少女ともつかない人間が、今度は軍服姿でひとり、ぽつんと立っていた。
この雰囲気。深い海色が見返してくる。目立つ容姿とは裏腹に全く表情のない姿は、何処か隣の少女にも似ている気がして。その唇が、「やぁ、」と緩やかに開かれるのを見て、僕は思い出す。

また会うかもしれない

…次は、君の命をもらう、かも


いつもは通り過ぎる駅で、いや、普段は通りもしないルートで電車が走っていたことに気付き、嫌な予感が僕の背中に纏わりつく。それも、遅かった。

突然開いた扉。背中を押される感触。勢いで飛び出した僕。閉まる扉。


振り向くと、そこには、昨日秘密を分かち合ったはずの友達…──今となっては友達かどうかもわからない──寒川谷尋が、冷たい瞳で僕を見ていた。


「悪いな」


走り出したモノレール。扉に手をついて、不安げに目を見開きながら遠ざかっていく、いのりの姿。
思考が追いつかない。え?なんで僕は押し出されたの?どうしてGHQがいるの?なに、なんで?


「…どういうこと?谷尋…、どういうことッ!?」


「また会ったね、シュウ」


後ろからした声に、確信をもって振り返る。
印象的で覚えている、この人は、あのフォートでの戦いで僕に「撃たない代わりに、今出したものを教えろ」と言った人だ。


「あ、えっと…」

「サーシェ」

「あ…サーシェ、さん…」


僕より少し高い背丈で、やや見下ろされる。
この人は男?女?考えている場合ではなかった。

その後ろから、今度は聞いたことない声が、僕を呼ぶ。


「桜満集君」


見やると、僕らよりずっと背が高くて、何処と無く骨ばった顔に、紫色の癖っ毛、作り物めいた違和感のある光を宿した左目に、涙のような痣…言い出したらきりがないような、不思議と違和感の塊のような人が、見えない圧力で僕を縛り付ける。
サーシェさんは、目を細めて、しかしその口元は相変わらず無表情に引き結ばれている。
男は、手にしていた今時見ない古い型の携帯を閉じると、不気味に唇を歪ませて言った。



「アナタを─────

逮捕します」



サーシェさんは、後ろ手に持っていらたしい手錠を取り出すと、僕の手をとった。繊細で滑らかな指先。女の人の手だ。これで銃を握っていたのかと思うと、背筋を寒いものが駆け降りる。
手錠をかけられる音を聴きながら、僕は理解した。売られたんだ、谷尋に。昨日の約束を、あいつは裏切ったんだ。


「君はとてもいい友達を持ちましたね」


友達?あいつが?
約束をした人間を軍に売るやつを、世間では友達と呼ぶのか?

男の嫌みな言い回しに、込み上げる苛立ちと、それらを沈静化させる絶望感に、僕はただただ俯いた。


「今から、あなたを24区に連行します。聞きたいことがたくさんありますからねぇ」


くるりと踵を返す男についていくように、僕の手を引きながらサーシェさんが歩き出す。
横に並んだ彼女が、小さく洩らした。


「命は取らないけど、君にとってはやっぱりいいことではなかったね」


当たり前だ。何が嬉しくて、戦場で知り合った軍人さんと再会しなければならないんだ。それも、お互い敵という立場で。
僕は葬儀社じゃないのに。断ったのに。どうして僕がこんな…こんな目に遭わなきゃいけないんだ。

君を殺そうとするいのりから、僕は君を庇ったんだ、谷尋。そりゃあ君は、ヴォイドを抜いたあとで、意識なんかなくて、覚えてるどころか知らなかっただろうけどさ。
僕は、少なくとも僕は、昨日君と「秘密を守ろう」って約束をした僕は、君を友達だと思っていたのに。思っていたんだよ、谷尋。


「私は、君に会えて嬉しいよ。オウマシュウ」


無機質な彼女の言葉が、いまの僕には無情で残酷にしか聞こえなかった。




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