目が覚めると、僕は何故か横たわっていた。
後ろ手に縛られていて身動きが取れなかった。なんとか身体を起こすけれど、長い間縛られていたようで節々が痛い。
ほどこうともがくけれど、後ろに手が回っていてはそれも難しいことだった。


「…っく、なんだよこれ!」

「あ、少尉だったんだ」

「っ!?誰だ!……お前、死神?」

「そう」


不意に声がして、驚きながらも薄暗がりに目を凝らすけど、目隠しをされているようで分からなかった。
僕に対するその生意気なタメ口とまだあまり聞き慣れない声で分かった。ついさっきまでバギーの奪い合い(というか、ムキになってあっちがくっついてきただけだけど)をした死神だった。
僕はひとつ舌を打つと、疲れるだけなので動くのをやめた。存在を認識してからだと見えなくてもそいつがそこにいることが気配で分かる。なんか気に食わなくて、僕はもうひとつ舌を打った。


「ご機嫌斜めだね」

「うるさいな。此処は何処だよ」

「葬儀社の牢屋」

「はぁ!?なんで」

「捕まったんだよ。負けて捕虜になっちゃった」

「………負けた?」

「私と、オペレート車にいた第二中隊だけが生き残った。あとは皆全滅」


そういえば、どうして眠っていたのかも覚えていない。…いつの間に、そんなことになっていたんだ。
かといって、さして興味もなく、ただただこの状況に嫌気がさしているだけだった。


「これ取れないの?身体中痛いんだけど」

「取れないねぇ。結構固結びだよこれ」

「…フン」


なんとか目隠しだけでも取ろうと、立てた膝にこめかみを擦りつける。数回繰り返すと、結び目がずれて鼻先に落ちた。首を振ると、布が頭から外れて床に落ちる。
暗闇から解放された視界はまだぼやけたけれど、ひとつだけ薄く灯された旧型の電球がこの部屋の唯一の照明らしい。橙の光が照らす暗がりに、目隠しをしたままの死神が壁に寄り掛かってこちらを見ていた。


「……目隠し取らないの」

「あぁ、わざと取ってないんだ。見えない方が楽だから」

「……は?」

「視力が良すぎてさ。銃の使い手としてはスコープ要らなくて楽だけど、普段から両目使うと逆に視力下がっちゃうから、休めるときは目を休ませるようにしてるの」

「……ふぅん」


死神は、ぽそぽそと説明した。夕陽色の髪がさわさわと震える。
あの見透かすような瞳が見えないと、少しだけ落ち着いた。けれど、閉じた瞼の向こうからも見つめられているような気がして、気味が悪いのは変わらなかった。
逆に目が見えないことで、死神の表情の無さは浮き彫りになっていた。退屈そうに小さく欠伸をする姿は、少し人間っぽかったけど。

特に話すこともなくて、沈黙が続く。不自由な格好で出来ることなんて寝るくらいだろう。現に、死神は動かないから寝ているのか起きているのかわからない。
いつまでこんな状況が続くのか、とふと思ったが、考えるだけ無駄だった。余計憂鬱になって苛立つだけだ。

ため息をついた、時だった。


「マンゲキョウが、綺麗だった」

「…は?いきなり何」

「万華鏡。少尉から、出てきた万華鏡」

「……寝言?」

「起きてるよ」


突然何を呟くかと思えば、何?万華鏡?しかも僕から出てきたって…どういうことだよ。意味わかんない。
聞き流すつもりだったのに、首をもたげている死神はぽつぽつとまた話し出す。


「男の子がね。少尉の胸に手を突っ込んで、万華鏡取り出したの」

「うっわ何それ、気持ち悪ッ」

「きらきらしてたよ…青い光が散って、赤い筋が行き交ってて…」

「………」


どこかぼんやりとした口調。
やっぱり寝惚けてるんじゃないのか。


「透明で…きらきら光って…すごく、綺麗だった…星みたいに」

「…………」

「少尉のなかから出てきたから…少尉のなかには、あんな綺麗なものが入ってるんだね…」

「……!」


声は、今までと同じ抑揚のない単調なものだったにも関わらず、何故か…あどけない子供のように、聞こえた。


「いいな…私のなかにも、あんな綺麗なものが、入ってたらいいのに……」


少し。ほんの少しだけ。寂しそうだった。


「………少尉って、花、すき?」

「花…?…別に」

「そう」


自分が聞いてきたくせに、答えてやれば薄い反応だけが返ってきた。
花、と問われて、ふと思い浮かべたのが、雑草の花に手を伸ばすこいつの背中だった。

死神という呼称に、見合う人間味の無さ。感情を感じさせない表情、声色。なのに、その一瞬だけは、こいつがちゃんと其処に在る人間なのだと感じさせた。


「すみれって花、知ってる?」

「すみれ?」

「青紫の、小さな花。少尉の瞳は、すみれみたいな色をしてる」

「……はぁ。お前、さっきから喋ることみんな脈絡ないよね、付き合ってて疲れるんだけど」

「でも付き合ってくれてる」

「……うるさいな。他にやることないんだから仕方なくだよ、自惚れないでよね」

「うん」


相も変わらず、僕の嫌みはこいつには効果なし。納得の返事をしたところで、喋りをやめるようなやつではないとなんとなく分かってきた。


「アメジスト、って紫の宝石があるけど、あれとはちょっと違う」

「花の次は宝石?」

「少尉の瞳は、すみれ色。アメジストみたいに、眩しくない」

「…………」

「ちょっとくすんだ淡い紫。綺麗な色をしてると思う」

「…………」


珍しい色だとは稀に言われるけれど、誉められたことはあまりなかった。
それも、この死神に。だから、少し驚いた。まだ会って一日も経っていないのに、こいつ、そんなとこまで見てるのかよ。


「観察はすきなんだ。細かいところまで見えるせいで、いろいろなこと見付けられて楽しいから」

「…………あっそ」

「…まぁ、見付けたものがみんな、綺麗なものってわけじゃないけどね…」


何処か、落胆した声。
死神にとって、その目はなんなんだろう。ふと思う。
その目があったから、たくさん見付けられると嬉しそうに話したくせに、急に落ち込むし。ワケわかんない。

綺麗なものってわけじゃないけど。その言葉が、あっさりしているようで、思ったより耳に残っていた。
綺麗じゃないものだって、いや、綺麗じゃないもののほうが、たくさんあるのだと。そう言っているようだった。


「少尉は、綺麗なものでいっぱいだね。髪も綺麗なブロンドだし、瞳も綺麗なすみれ色。綺麗な万華鏡だって持ってる」

「………お前には、ないの」

「私は…何もないよ。空っぽ。…ううん、本当はあるよ。綺麗なものは綺麗って思うし、痛いとか、悲しいとか、嬉しいとかちゃんと感じるんだ。ただ、どうしてかうまくそれを出せなくて」

「…………」

「ここにいるのに、いなくてもおんなじなんだよ。だから、私は空っぽなんだ。空っぽなまま…人の命だけ食って生きてる。死神って名前がぴったりだと思わない?」

「………フン」


機械みたいだった。
思ったことをそのまま喋っているだろうに、話している内容にどんな感情を抱いているのか全然分からなかった。
悲しいのか、悔しいのか、わからないけれど、言う通り、こいつの感情なんてちっとも伝わってこない。

…でも。

花に手を伸ばすお前は、すこしだけ、寂しげだったのは、なんとなく覚えてるよ。


ぱたりと喋るのをやめた死神に目をやると、静かに呼吸を繰り返していた。
よく目を凝らすと、首筋に針のあとがある。…自白剤でもやられたんだろうか。だから、ここにくるまではそんなに喋らなかったくせに…ペラペラと口が回ったのか。


「なぁ。お前、なんか薬刺された?」

「……え?…あぁ、そういえば…ちょっと首がいたいかも」

「余計なこと喋ってないだろうね」

「喋ってないよ。だって、喋るようなこと知らないもの。私は命令されて殺すだけ、所詮下っ端だよ」

「…そ、ならいいけど」

「あー、おなかすいた。甘いものが食べたい」

「お前ちょっと黙ったら?」

「少尉はおなかすかないの?…あぁ、飴があるよ。手が動かないから、出せないけど」

「ちょっと、本当うるさい。飲んだくれみたいなんだけど、黙れってば」

「あめー飴食べたいー」

「うるさいな!おとなしくできないわけ!?」


煩わしくなって、目の前に放り出されている足を蹴飛ばしてやった。
少しだけ静かになったけれど、相変わらず小さくあーだのうーだの洩らしている。全く、これじゃ耳も塞げやしない。

その時、古めかしい耳に痛い音をたてて牢の扉が開かれた。


「立て、出ろ」

「勝手にこんな汚いとこに放り込んどいて偉そうに言わないでくれる?なんだよお前」

「出ろ」


テロリストの一員が、覚束無い英語でそう言った。死神のせいでイライラしていた僕は早口に英語で捲し立てる。
引きずり出そうとしたのか向こうが手を伸ばしてきたので、僕はそれを避けながら壁伝いに立ち上がった。蹲ったままの死神を蹴飛ばす。


「なに」

「出るんだってさ。聞いてた?さっさと立てよノロマだな」

「あー…うん」


ふらふらと立ち上がった死神に先を行かせ、僕はその後に続いて牢を出た。…先に出たらこいついつまでもここに居そうだからだよ。別に遠慮とか、そんなんじゃないから。バカじゃないの?

連れられて地下から出た先には、第二中隊の僕の部下と、オペレートサポーターとして一緒にオペレート車にいたローワン大尉とかってやつがいた。
紐をほどかれ、痛む手首を回していると死神に近付くそいつ。顔色が良くないようだったけど、逆に死神を心配していた。


「あの。なんで急に出されたんですか」

「あぁ、少尉も無事か…保釈金だよ。金の代わりに、解放されたんだ」


なんとも胸くその悪い釈放のされ方だ。舌打ちをすると、タイミング良く迎えのバギーがやってきた。積んでいた金を、僕らの代わりとばかりにテロリストに渡す。

大尉は死神をおぶっていた。眠ったらしい。薬が回ったんだろう。
居心地の悪さに、僕は顰めっ面でバギーに乗り込んだ。


負けて、金で放られて。屈辱以外の何物でもない。
奥歯がぎしりと、軋む音を立てた。






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