名前は、聞いたことがあった。


死神サーシェ。ただ上層部の命令に忠実に、確実に殺す銃撃部隊の歩兵。
エンドレイヴが出回るようになった昨今でも、そいつの実力はあらゆる場面で必要とされている。

出で立ちは、死神というより、ロボットのようだった。
薄っぺらな武装スーツが全身を包んでいて、人間らしい輪郭はほとんどその無骨な鎧に覆われていた。
ヘルメットのバイザー越しにぼんやりと見つめてくるその所業が、全てを見透かされているようで、気味が悪かった。

ヘルメットの端からこぼれているざんばらな夕焼け色の髪も、感情があることを感じさせないその声色も、人間らしいとは到底思わせなかった。


初めて見たときは、充電切れを起こしたアンドロイドかと思った。
壁に無造作に凭れ掛かる姿が、あまりに奇妙で。

次に見たときは、飛べない鳥のようだと思った。
瓦礫の上で空を見上げて、届かないと端から諦めているような、そんな、羨望の入り交じった視線を空に向けていて。

僕に気づいてこちらを振り向く動きは、アンドロイドそのもののようだったけど、ひらりと飛び降りてくる姿は飛ぶ練習をする不格好な小鳥のようにも見えた。


まぁ、実際話してみたら生意気にタメ口を使ってくるふざけた奴だったけどね。
忠実なのは上層部だけ、ってか。ますます気にくわないやつ。


僕が文句を言えば、大抵のやつは嫌そうな顔か呆れ顔、あと無駄に怖がる顔になる。
だけど眉一つ動かさずにふらっと下がっていくそいつには驚きだけじゃなく薄ら寒ささえ覚えた。
どこまで無感情なんだよ。気持ち悪い。

そう思って目をそらそうとしたら、座り込んで、そこらへんにいくらでも咲いてる雑草の花に手を伸ばしていた。
あんなやつが関心を持つのが、僕でなく雑草?
なんとなく、そうなんとなく、腹立たしく思えて、ついでにその雑草に何かあるのかと追求してやりたくもなって、横から手を伸ばして引っこ抜いてやった。

なんだ、なんでもないじゃん。ただの雑草。何処にでも咲いてる花。
望まれてそこにあるわけでもない、通りすぎ様に気が付かれるかどうかもわからない。
たくさんある中の、どうでもいい一本。これだけ特別なわけじゃない。

まるで…─────

そこまで考えてはっとする。
死神は僕をじっと目を凝らすように見つめていた。


「……いつまで見てるんだよ。気持ち悪いな」

「………」


不意に脳裏を過った言葉。
それを見透かされたくなくて、悪態をつく。
バイザーの色でその奥の瞳の色は分からなかったけれど、深い深い色をしているような気がした。ずっと見ていたら、吸い込まれてしまいそうな。

変だ。こいつは、半分生きてないような、それこそ本当に死神なのに。
気分が悪くなりそうで、立ち上がって踵を返した。


たくさんある中の、どうでもいいひとつ。


迷わず手を伸ばしたそれに、もし感情があったとしたら。

緩く頭を振って思考を取り払う。
くだらない。いま僕が考えるようなことじゃない。



振り返ったそこには、拘束され今か今かと処分されるのを待つばかりのレベル4+認定の感染者達。
死神を見たあとだからか、奴らに銃を向ける歩兵達も軍にのみ忠実な意思なき機械のように感じた。

人質と称したこれから殺処分されていく感染者達が、恐怖、戸惑い、困惑、色々な感情をぐちゃぐちゃにした顔でそこに固まっていた。
その中でただ一人、未だに抵抗を見せる女がいる。喚くその声を聞けば、なんでもあの処分寸前の者の中に夫がいるらしい。


「その人病気じゃありません、お願いします!!」

「ママー!」


状況を理解することなく、女の足に抱きつく子供。親子か。
さっきの花の香りを嗅ぎながら歩いて近付く。
嗚呼、なんてことだろう。


「切ない光景だねぇ。胸が震えるよ」

「!…軍人さんっ!!
お願いします、助けてください…っ!!」


がくん、と右手が揺れる。
僕の方が話が通じそうだと女が勘違いして、僕の腕を掴んだから。

花が、散った。


花弁が欠けた花の向こう側に、女の素手に掴まれたままの僕の腕が見えた。

触 ら れ  た



「ッ何すんだクソアマァァアアアアアアアアッ!!!!」

「きゃあっ!!」


腕を振り払い女の腹を躊躇うことなく蹴り飛ばす。
嗚呼、嗚呼、僕の腕が、菌に触られた!汚れた、菌まみれの人間に触られた!!


「菌が移るだろうが!!最悪だよ…ッ、どうしてくれるんだよ!!」


横たわった女の頭を踏みつけた。
この女、よくも…よくも僕にその汚ならしい手で触ったな!!これから死んでいくだけのくせに、僕に移して僕が死んだらどう責任取ってくれるんだよ!!
ちょっと「お前達にはこのあとまとめて処分される未来しか残ってないんだから、諦めなよ。無駄な抵抗するなんて惨めだなぁ」って諭してやろうとしただけなのに。何勘違いしてくれてんの、誰がお前らみたいなバイ菌助けるかよ。
最後に大きく振りかぶって女の顔を正面から蹴りつけると、汚く血を噴いた。感触的に、鼻の骨が折れたのかもしれないけど、そんなの知ったことじゃない。

急に頭に血が上って闇雲に蹴りすぎた。大きな声も上げたし、少し無駄に体力を使いすぎたかもしれない。ただでさえ夏が近くて陽射しが暑苦しいのに、通気性の悪いエンドレイヴスーツで暴れたから汗をかいてしまった。
息を整えながら、腰のホルスターから拳銃を引き抜く。ため息をつくように呟いて、装填した。

さっきから子供が五月蝿い。次はそいつを黙らせようか、永遠に。
大人達はざわめきたてることもなくおとなしくしているのに、これだから子供は…あぁ、大人は震えてるんだ。次は自分かもしれない≠チて。


「母親≠ニか…たかが産んだくらいで鬱陶しいんだよ」


全部分かるみたいなさ。
産んだだけのくせに。
結局は他人だろ。

母親特有の、あの無駄な正義感にはヘドが出るね。
まぁ、正義感の欠片もない、子供は人形だと思うような母親も世の中にはいるけどさ。

どっちにしろ、気分が悪い。


左手で耳を塞ぎ、銃を向ける。

命が終わる寸前の余韻に浸る。
嗚呼、そう。そうだよ。


汚いものは、皆皆、掃除しなくちゃ。


高く吠えるように鳴り響く銃声。
同時に、こいつの夫を含めた処分者も鉛に貫かれた。

衝撃で右手が跳ね上がる。
僕は、上機嫌だった。
そうだな、子供がはしゃぎすぎて、勢い余って玩具を壊すような──そんな高揚感。


ミサイルが打ち上がる音がした。
空を見上げれば、くすんだ白線が引かれていく。


「きたきたっ!」


周囲の歩兵の通信機から、戦闘開始の合図が漏れ出す。
オペレーターは本来移動用オペレート車で待機だから、通信機は配布されてない。僕は、まっすぐ瓦礫の影に隠してあるオペレート車へ向かって駆け出した。


新型はすごく乗り心地がいい。パパからのプレゼントだ。
ゴーチェなんかよりずっと開放的で身体が軽いし、何よりスピードの最大出力が違う。走るときの風が気持ちいい。


僕を楽しませてくれる子はまだいるかな?


期待に胸を膨らませて廃れた町を走る僕の視界の隅で、死神が瓦礫を飛び移りながらついてくるのが見えた。

生きたシュタイナーみたいだと思った。




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