声が嗄れるまで。
溢れる滴が乾くまで。


胸の奥の空っぽを埋めるように、
君はずっと隣にいた。


生まれて初めて上げた泣き声は、

私がひととして上げた産声。


ぬくもりも、優しさも、
私の大事なものも、何もかも

彼が私の髪の色みたいですきだ、と言った夕焼けに飲み込まれて。



2039年、12月24日。

死神は、赤子になって、
人間に生まれ変わった。









───────・・・・・ ・
──────────・・・ ・・ ……

─────────────…………







A.D.2044 August.07 14:23
某デパート3階 とある書店にて





「ママー!この本欲しい!」

「あら、珍しいわね。どの本?」

「これ!クラスでいまはやってるの!夏休みの読書感想文にしたいんだ!」

「へぇ…可愛い名前の本じゃない。いいわよ、ちゃんと毎日読みなさいね」

「わーい!やったあ!」





A.D.2044 August.10 16:48
某駅前 とある喫茶店にて





「いらっしゃいませ。お客様は何名様でしょうか」

「2人よ。窓際って空いてるかしら?」

「はい、ございますよ。お煙草は吸われますか?」

「いいえ」

「では、こちらのお席へどうぞ。ごゆっくり」





A.D.2044 August.14 10:57
某大学 機械工学科のサークルにて






「なぁ、今度サンフランシスコでロボコンあんだけどさー誰か見に行かね?」

「いいじゃん、行こうぜ。あれ?あいつは?」

「あいつなら、時期ずれ込んで研修行ってるって聞いたよ」





A.D.2044 August.17 20:41
某専門学校中等部 職員室にて






「先生?そろそろ次の授業ですよ」

「あ、はい。いま行きます」

「何かお探しものですか?」

「いえ、ちょっと…

ここに、知り合いがいるって聞いてたんですけど……」

「あぁ、彼女なら今は休暇中です。副業の取材だとかで、今は日本にいますよ」

「副業?日本、ですか?」

「えぇ。なんでも、昔の友人に話を聞きに行くとか」







A.D.2044 August.20 02:37
日本発 某飛行機内にて






「ふーぅ……」


私はノートパソコンに整理したデータの入力を済ませると、ひとつ嘆息して、かけていた眼鏡を外した。
エコノミークラスの座席は固くてなかなかに身体の節々にクるものがある。ちょうど後ろの座席は空白だったし、遠慮せずに背凭れを傾けた。

これらを文書にするのは、家に着いてからにしよう。それでも締め切りまでまだ余裕があるはずだ。
あ…でも、学校の方で作らなきゃいけない資料があったかな。そう考えたら、案外猶予はないかもしれない。駄目だ、寝るのは後回し。どうせアメリカに着くまでまだ半日以上あるし、途中まで進めてしまおう。

一度外した眼鏡を再度かけて、気合いを入れ直すため前髪も止め直す。胸元まで伸びた髪を後ろで一括りにすると、もう一度PCを開いてワードソフトを起動した。



Sally・H=Tead


それが、今の私の業界での名前だ。






「サーシェ、久しぶり」

「シュウ、久しぶり。元気してた?」

「まぁね。仕事の調子はどう?」

「うん、編集部が早く新作出せってうるさくて」

「ははっ、すっかりベストセラー作家だね」

「そんなことないよ」


3年ぶりに彼を訪れると、彼はすっかり年を取ったような印象になっていた。
視力も右腕も無くした彼だけど、ずっと大切なものを胸に抱えていまを生きてる。優しいままのシュウ、私の友達。

いま、彼は音楽関連の職についていると聞いた。詳しくは聞かなかったけど、作り手というより、プロデューサー?っていうのかな、音楽を作るひとを支える仕事。
楽譜が読めなくても、字が書けなくても、耳で聞いて、思うことを言うなら出来る。歌姫の歌声を誰よりも近くで聞いてきた彼だから、そんな仕事に就きたいと思えたのかもしれない。

なかなか面と向かって話す機会はないのだけど、シュウとは今も特に連絡を取り合う仲だ。
お互いに忙しい身ではあるけれど、たまに国際通話やネットワークを介した通信機能を用いて話したりしている。

今回、私が久々にこの国を訪れて彼を訪ねたのは、純粋に話がしたかったのとは別で、彼に少し聞きたいことがあったから。
所謂、取材ってやつ。彼にこれをするのは2回目だ。


「今回はどんな話?」

「うん、あのね。
いのりを題材に、書こうと思って」

「なるほどね」

「タイトルはまだだけど、歌姫って言ったら分かっちゃうから、モチーフは天使にしようかと思って」

「いのりが天使かぁ」

「うん、だから、いくつか話、聞かせてね」


シュウと約束をしてたのは、何の変哲もない、町中の目立たない場所にある隠れスポットのカフェ。
メモとペンを手に、やる気満々の私。気圧されたように苦笑いを浮かべながらも、シュウはちょっと嬉しそうだった。


「わかった。いいよ、その前に何か頼もうか」

「あ、私キャラメルカプチーノ」

「自分で頼みなよ」

「シュウは?」

「んー、アイスラテ」

「分かった。すみません、注文お願いします」



一通り話を済ませて、雑談や近況なんかを話して談笑して、夕方には別れた。
シュウ以外にも、アヤセやツグミとは今でもたまに連絡を取ってる。彼女達にも取材協力をしてもらった過去があった。


あくまでこちらは副業であるため、あまり長いことこっちの職に時間は割けなかった。勿論本業の方をお休みして日本まで来てる。長期滞在は出来なかったから、一日だけ観光に回って、そのまま飛行機に乗った。
観光と言っても、名所を回るわけじゃない。復興中の首都・東京、その中でも縁のあった場所に少し寄るだけだ。

あの頃=A港のターミナルだった場所は取り壊され、海辺のプラネタリウムに姿を変えた。ターミナル自体は別の場所に再建設されたのだ。
旧24区であった場所には、ボーンクリスマスツリーの面影もないビル群が建てられた。でも、あの頃よく散歩した海浜公園は健在だ。
日本でお盆と言われるくらいの時期。私は駅前で買った花束に、それぞれグレープ味のキャンディとメロン味のキャンディを小さく添えて、各地に花を手向けた。


二人とも、亡骸は見つからなかった。
嘘界さんに至っては、自爆したわけだから、見つかるはずもない。
名前の刻まれた戦死者の慰霊碑に手向けるのも勿論だけれど、やっぱりこうしてこの場所に会いに来て花を渡す方が、私はすきだ。




さて。
何から、話そうか。


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