「お前はメノーム准尉!……っうああああ!!」

「ごめんね、私、急いでるから」


曲がり角から飛び出してきたアンチボディズの兵の足を迷わず撃ち抜く。
下手に相手してられるほどこっちも体力が有り余ってるわけじゃない。傷だって痛むし、無理に動いたせいで折れた肋骨がさっきから内臓に刺さってて死にそうに痛い。


急げ、急げ。
皆が傷つく前に。
ダリルくんが、また誰かを殺めてしまう前に。

私が守るんだ。
私が、私が行かなきゃ。


「誰だ!!」


首だけで振り返ると、後ろには国連軍の兵が3人。
私は思わず銃を向けそうになって、寸でのところで止める。


「……そ、葬儀社の勢力の一員です」

「そうか!我々は今からエンドレイヴ操縦室へ攻め込むが、君はどこへ!?」


やばい。セメタリーのことだ。
一緒に行っちゃまずい。私はこれから敵を逃がそうとしてるようなものだ。かといって鉢合わせになるのもまずい。
出来れば到着のタイミングを送らせて、ローワン達を逃がす時間が欲しいんだけど…、どうすれば。


「待て!こいつ、アンチボディズの死神サーシェだ!」

「何!?ならば葬儀社の勢力だと言うのもハッタリか!」

「いや、違っ…」

「武器を捨てろ!!おとなしく降伏するんだ!!」


じゃき、と音を立てて銃を向けられる。
ああもう。私がいくら捨てた気でいたって、やっぱり過去は何処までもついてくる。
そんなことしてる場合じゃないのに。やらなきゃいけないことがあるのに。

すぅと深呼吸をして、こちらも銃を構えた。


「邪魔しないで。おとなしく引いて」

「何!?」

「殺したくないから、今すぐ消えて」

「餓鬼が、ふざけやがって!!」


消えてって、言ったでしょう。
心の中で呟きながら、トリガーを引いた。


「っ、ぃ」


血潮が噴き出し、私は空になった弾倉を取り替える。
掠った弾丸でタクティカルスーツが焦げ、当たった箇所には焼けるような痛みが走った。
目の前で痛みに悶える人達を一瞥してから、また走り出す。


漸く辿り着いたエレベーターホール。ボタンを拳で何度も打ち叩いた。
早く、速く、急いで、お願い。

今でも地下で戦いは続いてる。もしかしたら、誰かが怪我をしたかもしれない。ダリルくんにだって、痛い思いはしてほしくない。
敵に回っておいて、バカみたいな話だ。どっちにも傷付いて欲しくないなんて、傲慢にも程がある。

だけど、だって、こんな利用されるだけの戦い、無駄じゃないか。命をかけるだけ勿体無いじゃないか。
どうして破滅に向かって私達が命を削らなきゃいけないの。通常の戦場で死ぬかもと分かりながら戦うのとは訳が違う。確実な死だ。これは自殺行為だ。


生きたいと願うことが最大のわがままなら、死にたいと願うことは最大のぜいたくだろうか。


お願い、まだ、まだ誰も傷付かないで。
私が守るから、いま行くから、お願いだから。

一緒に生きたい、生きてほしい、最悪私はどうなっても構わない。
いいの、一分でも一秒でも、誰よりも永く生きてほしいの。

死んでほしくないよ。


エレベーターの扉が開く。倒れ込むように転がり込んで、直ぐ様ボタンを連打した。


急げ、急げ、急げ!!!!
間に合わなかったじゃだめなんだ!!!


向かうは、真っ直ぐ大事なひとたちのところ。
言いたいこと伝えたいこと、謝りたいことまだまだたくさんあるけれど、何よりもまずは助けたい。
私を人間≠ノしてくれたひとを、救って守りたい。ヒーローにはなれなくていい。わがままを無理に通すだけ。
勝手だって怒られるのは承知の上だ。なんだっていい。いいから、お願いだから。


エレベーターが上昇する。
私は肩で息をしながら、震える体を抱き締めた。


強く生きなさい


もう、守れなかったなんて、
あんな思い、したくないんだ。


だいすきだよ、一緒にいてよ


初めて、死にたくないと思えた。


お前は、来年も祝ってくれるでしょ


一緒にいたいと思えた。


こっちのが、綺麗だ


だいすきなひとがいる此処に、
帰りたいって、思った。


俺はずっと、君の味方でいるよ


いってらっしゃいって言われた。

まだ、ただいまは言えてない。


僕が、僕がいるじゃん!
なんでお前はそうやって、自分ばっかりって、



行かないでって言われた。

ごめんねって、言えなかった。



やり残したことだらけだった。

まだまだ一緒にいたかった。

お礼だってしたりない。言い足りない。


だから、私が守るの。

みんなの命も、日常も。

私がただひとりの私になれた、あの毎日が私だけのたったひとつの宝物で、大切な世界なの。


壊させやしない。
欠けさせやしない。
これ以上、傷つけさせたりなんてするもんか。


最後の最後くらい、冷たい死神じゃなくて、優しい人間でいたいよ。



立つのもやっとで、息も整わない。
血が目に入った。拭っても右目がうまく開かない。
折れた骨がひどく痛む。撃たれた場所から血は止まらない。

だけど、それでも構わない。


心臓さえ、呼吸さえ止まらなければ。
この目が、明日を見ることを望む限り、私は生き続けられる。


帰るって約束したんだ。

守るって決めたんだ。


こんなとこで負けやしない。

死んだりなんかしない。


息絶えるには、まだ早い。



長かった上昇が終わり、エレベーターの扉が開いた。
途中で止められるかと冷や冷やしたけど、運良く直通のものに乗れたようだ。
もたつく足をひっぱたいて気合いを入れ直す。勿論折れてる方は冗談抜きで死ぬほど痛かった。

走ろうものなら今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだ。
そんなへましてる場合じゃない。急がば回れ、だ。壁を伝って必死に足を動かす。


動くのに邪魔だったので、弾倉ホルダーを兼ねたコートはエレベーターの中に脱ぎ捨ててきた。どうせ残りはもう全部装填済みだ。
腰にある拳銃の感触だけを確かめながら、ゆっくり、だけど着実に歩みを進める。


その時だった。



「あ…」



いのりの、歌が聞こえる。



いのりの歌は、すごいんだ。

私のこころを引き出してくれた。
ダリルくんのもとへ向かう私の背中を、後押ししてくれた。
変わり出した自分の内面に気付かせてくれた。


いのりの声は、私に元気をくれる。
勇気を、一歩踏み出す力をくれる。


ほら、あと少し


そう言ってくれてるような。


いのりとも、もっとお話したかったな。
ハレには、お礼がしたかった。

ああ、そういえば、ツグミが友達になろうって言ってくれたっけ。
アヤセは、最後まで私のこと助けて励ましてくれた。
アルゴとは喧嘩ばっかりだったけど、信頼してくれてた、と思う。


シュウにも、伝えなきゃ。


ああほら、やっぱり私、こんなとこで弱音はいてる場合じゃない。
頑張れ。がんばれ私。


刹那、セメタリーから魂が千切れるような悲鳴が轟いて、私は心を決めると痛みも忘れて走り出した。



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