もしさぁ、目が見えなくなったら、どうすんの?



結晶化した誰か≠フ左腕をそっと撫でながら、記憶の中の僕は呟く。
結晶化が進むと、目から覆われていくひとが多いからだった。

そのひとは、そうだねぇ、と一呼吸置くと、ゆっくり瞼を閉じてから言った。


「なんとかなると思うなぁ」

「なんで?銃、撃てなくなるよ」

「そうだね、戦えなくなるね」

「僕がそばにいても、わからないよ」

「でも、耳も感触もあるから、きっとわかるよ」

「本当に?」


首を傾げた僕に向かって、そのひとはもう一度頷いた。


「それにね、見えない方が、いいと思うなぁ」

「なんで」

「だって、つらいこととか苦しいこと、ニセモノとか見るの、いやだもん」

「僕は、すきだけどな」

「すき?」

「お前が僕を見つけて、目と目が合うの。すきだけどな」

「すき」

「うん、すき」



すき、だったんだけど。



「………、
あんた、誰?」



もう、それが誰なのか分からない僕には、すきと言う資格もない。


『え…?』

「気安く話し掛けないでよ、あんた敵だろ。
それに、なんかお前、すごく嫌な感じがする」


漆黒のロングコートから伸びる手足も漆黒のタクティカルスーツに包まれていて、ヘッドセットとブーツの無骨さが遠目に見ても異質だった。まるで、ブラックボディのエンドレイヴみたいだ。
一見しただけでは、男か女かわからないけど…多分、体つきからして、女。

一目見て、鳥肌が立った。夕焼けのようなオレンジの髪を見て、脳髄の奥のシナプスが震え上がったような感覚を覚えた。
あんなやつは知らない。名前も、どんなやつかも、僕は知らない。なのに、見覚えがあるようで、何かが引っ掛かったような気持ちになる。

なんだよ、あいつ。僕には、関係ないはずなのに。


そいつは、一瞬苦々しげに表情を歪めると、直ぐ様無表情に変わった。
…いや、違う。無表情に近い、けど。目は、本気だ。


『ごめんね。今だけ、ごめん』

「何謝ってんの?命乞いしたって容赦しないからな!!!」


僕は、そう声を張り上げると、ゲシュペンストの拳をそいつ目掛けて発射した。



移ったらいいのに


そう言って、誰か≠フ結晶化した腕を何度も撫でた。透明でひんやりと固くて、そこから伝わる温もりは皆無だ。


APウイルスって接触感染なんだろ。結晶ごと全部、移っちゃえばいいのに

そうしたら、───とお揃いになれるのに


暗いくらい瞳で結晶体に写る自分を見つめて、呟いた言葉。
そうまでして一緒にあることを望んだ誰か≠ヘ、寂しそうに「そんなのやだなぁ」と溢した。

いやだなぁ、はこっちの台詞だと思った。
こんなぼろぼろになって、何してんだって思った。あと少しで、塵になっちゃうとこだったかもしれなかったのに。
無茶ばっかりするんだ。いつだってそうだ。歩兵の仕事は体を張ることだから、って言って自分から怪我をしに行く。

あいつは、怪我をすることで自分が人間だって、実感しようとしてるんじゃないか。いつからか、そう思うようになった。
そんなことしなくても、もうお前はちゃんと人間だって。僕の、…大切なひとだって。分からせてやりたかった。


ただ、ずっと一緒にいたかった。


「うらぁぁあああっ!!!」


名前も姿も思い出せない誰かのことは、忘れよう。
いまは、ただ撃つんだ。こいつらを除染してやるんだ。ハハッ、ごみみたいにちっちゃいや。ゲシュペンストの前じゃ、どんなエンドレイヴもおもちゃのフィギュア同然だ。


女がいたはずの場所は、伸びた拳に叩き潰されている。視界にちらつく黒のロングコート。跳んで、かわされた。チッと舌打ちをする。
いまいち手首が伸縮する感覚には未だに慣れないけど、実際に殴った感覚があるのはなかなかに楽しい。まあでも、それは当たったらの話。拳を戻すと、銃を手にしてそこらじゅうにぶっ放した。


辺り一面に爆煙が広がったのを見て、口角を上げる。
スカッとする。気分がいい。

カメラアイが生命反応を捉える。そっちに体制を変えて見れば、さっきの黒コートの女が飛び掛かって来ていた。


「たかが生身の歩兵が、チョーシ乗ってんなよ!!!」


ぎろりと視点をそちらにずらして、もう一度銃を放つ。
女はひゅるりと体を捻ってかわすと、拳銃の弾を撃ち込んだ。ぱらぱらと雨が降ったようにしか感じない。


「お前コウモリかよ!?ハッ、そんなちっせえナマクラ弾効かねえよ!!」

『私達のことも忘れてもらっちゃ困るわ!!』


不意に煙から飛び出してきた、白い装甲にポイントの赤が目立つ機体。最新型のシュタイナーA9だ。
広間を飛び回って、銃を乱射してきたけど、この程度何でもない。僕にはヴォイドエミュレータがある。


「散々やってくれたよね…!でも今度は違うよ!このゲシュペンストは!」


僕のヴォイドは、万華鏡だ。あらゆるものを反射し、殻の内を守る鉄壁の防御。
エミュレータを起動して、防御壁を発動した。ばらまかれた弾は弾かれ、床に散らばる。
宙を駆け回るそいつを仕留めてやろうと、僕はまた銃を向けた。


「今度こそ思い知らせてやる!!!」

『そんなのお断りよっ!!』


あとちょっとのところで当たらない。躍起になって機体を狙い続ける僕。
そこに水をさすように、また雨粒みたいな弾丸が浴びせられた。


「邪魔すんなッ!!」


拳を放ったそこからひょいっと躍り出てきたのは、あのコウモリ。まだ生きてたのかよ、こいつ。


『いやだ!邪魔する!!』

「はぁ!?ふざけんな!!死ねぇ!!!」


待てよ。エミュレータは発動したままのはず。
じゃあなんでこいつの弾は、僕に当たるんだ?


「お前のそれも、ヴォイドってインチキかぁぁあああ!!!」





汚かった、でしょう。
私の、ホンモノ…



汚いわけあるか。
僕が好きだと思ったんだ。綺麗だって、すごくそう思ったんだ。



癖が強くって、皆に好かれなくて、ひとりぼっち。フルーツなのに、酸っぱくて仲間外れなレモンと一緒

でも。キャンディのレモンはほんのり甘い。そっと優しい少尉と、おんなじ




お前が見つけてくれた、僕のホンモノ。
好きだと思ったんだ。嬉しいって思ったんだ。

ねえ、どうやって落とし前つけるんだよ。
なんでいなくなるんだよ。


私は、君のそばに、


ここに、いるよ



裏切らないでよ。
約束したじゃないか。




ふつりと、心の奥の細い細い拙い糸が、切れたような気がした。



「サーシェ──────ッ!!!!!!!」



お前のいない世界なんていらない。
どうせ死んでしまうなら、お前が生き残ることも許さない。



いつも夢に見るひとが、目の前にいる。
ずっと会いたかった。なんで、って、聞きたかった。
誰かを待ってたんじゃない。僕が、そのひとを待ってた。

答えがほしかった。


なんで僕を置いていったの。
答えてよ、サーシェ。

僕が、僕じゃなくなりそうだから?
皆殺しのダリルであれば、お前はちゃんと僕のところに帰ってくる?


なんでもいい。この際答えも理由も知りたいなんて思わない。



サーシェ、さよならをしよう。



お前だけは、僕が、この手で。




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