空っぽになってはいけないと、思った。


だけど、嘘界さんを喪ったことで大きくぽっかり空いた胸の空洞は、どうにもならなかった。
苦しくて、虚しくて、悲しくて、寂しくて。

耳の奥に木霊している、あのひとの声がまた胸を抉った。
脳裏に残像のように、すりきれたビデオテープのように映るあのひとの姿が、心臓の奥をずきずき痛ませた。


だけど、この痛いのは、嘘界さんが私の中にいるっていうしるし。
目の前から嘘界さんはいなくなってしまったけど、私の中にはいるから。だから、この痛みと向き合っていたら、きっと空洞もそのうち埋まるんじゃないかって、思ってた。
ただの子供騙しみたいな、誤魔化しでしかないけど。いまの私には、守れなかった、その事実が重すぎて、受け止めきれなくて。


この期に及んで涙の一粒も溢れない私は、やっぱり何処かがおかしいのかな。
こころが、壊れちゃってるのかな。


手元の端末にスライドショーで次々と流れていく画面を、膝を抱えて小さくなりながら見つめた。

こんな形で、思い出を振り返りたくはなかったのになぁ。
意地悪なサンタクロースだ。だって、画面に映るのは私ばっかりなんだから。


スライドショーが終わって、リプレイの文字をタッチする。
再び拡大された画面に、写真が映されていく。


それは、思い出というより、人生だった。


一番始めに現れた写真は、5年前のもの。
スラムから飛び出してきた私を捕縛し、麻酔で眠らせて拘束しながら本部まで護送しているときの写真だった。
薄汚れた泥だらけの長ったらしい髪の隙間に覗く、痩けた頬。乾燥した肌に、かさかさになった唇が青紫色に浮かび上がる。
骨と皮だけに見える貧相な身体には、端切れのような貧相なワンピースが1枚だけ。

私は、ここから始まった。


次に流れてくるのは、綺麗に身体を洗われて、散髪もして少し今の姿に近しい格好をしている私の写真。
栄養失調で身体が小さいまま成長出来ていない様子は、とても12の少女には見えない。また、大きくぼんやり開かれた瞳は、まるでガラスの空洞のように透明で、空っぽ。表情は窺えそうにない。

これは、初めてローワンが買ってくれた服を見せに行ったときのかな。今までローワンのTシャツやらなんやらを借りていた私に、初めて専用の子供服を買い与えてくれたのが嬉しくて、いつも昼寝する時間も施設内を徘徊していた。
こっちは、言葉を勉強しているときのだ。読めなくて書けなくて、無表情にうっすら不機嫌の色を添えながら雑に鉛筆を握っているのが懐かしい。


欲張りすぎて頬にキャンディーをいくつもつめている顔、スパゲッティが巻けなくて苦戦しているところ、寝起きで頭が爆発しちゃってる写真、銃器いじりに没頭しているところ。
初めて支給された端末を早々に壊した写真、初めて彼と一緒に町に繰り出したときのもの、アイスクリームで顔をべとべとにしているところ、休憩室のベッドで変な格好で寝こけている写真───。


流れていく写真は、通り過ぎる時間を彷彿とさせる。
画面の中の切り取られた時空にいる私は、少しずつ大きくなって、少しずつ健康的な肉付きへと変わっていく。

これは、初任務のときの写真だし、こっちは初めて武装スーツを着たときの写真だ。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、今の私に近付いていく。


途中から、私だけだった画面の中に、誰かと一緒の写真が増えていく。
それはローワンだったり、撮り手である嘘界さんだったり、一般職員だったり、ローワンの同僚だったり。
そして、ある写真を境に、一人の男の子と写る写真ばかりが流れていくのだ。


最初は遠かった距離。喧嘩してたり、八つ当たりに物を投げられたりしている写真から、一緒におやつを食べたり、ゲームしたり、コフィンを覗き込んだりしている写真に変わっていく。
嗚呼、だめ。もうすぐ終わってしまう。そんなふうに思ったって、時間は止まらない。写真は流れ、段々最近覚えのあるものに変わっていってしまう。


「……………」


一緒にソファーで肩を寄せあいながら眠る写真。
入院した私の傍で、頬杖をつきながら話をしている写真。
暇潰しに髪の毛を編まれる写真。
銃器の説明をする私と、飽きて端末をいじりだした彼の写真。

寄り添って、仲睦まじく会話している写真。


所々に、眠る私に毛布をかけるローワンや、嘘界さんが気付かないようないたずらを私に仕掛ける写真なんかが混ざっていく。


彼処を出るときに、守りたい≠チて気持ちを蓋にして閉じ込めた、変わらない毎日への愛しさが、溢れ出す。
私は、いつだって優しいひとに囲まれていた。恵まれていたし、満足だってしてた。再確認させられて、あったかくなって、それから───


写ったのは、紫色のセロハン。

次に、拾った深緑のセロハン。

そして、ごみ箱の中のレモンキャンディー。


私のいない施設のいろんな場所が映っていって、途端に突き落とされるような喪失感と絶望感に呼吸が詰まる。
ダアトの人間ばかり写るそこに、私の居場所はないと知らしめてくるような、写真。


だけど最後に、柔らかく微笑む私が映る。


表情が生まれて、感情表現が出来るようになって。
死神から、人間へ変わっていく、ドラマチックなスライドショー。



「………やだ………」



こんなところで、終わりにしたくないよ。
まだまだ、この続きを見たくて、なのに、私はここにいて。


あなたはもういない、なんて。



「そんなの…あんまりだ」



そして私は、またリプレイキーをタッチする。

何度も何度も、繰り返して、思いを馳せて、戻らない時間に心の内で涙を流す。
眦からこぼれおちるものは何もない。ただ、ぼんやりと視界がくすんで、がらんどうになった胸を抱えながら、埋まるはずのない空白を埋めるために過去を寄せ集める。


逝かないで。
おいていかないで。
まだ一緒にいたいのに。
傍にいたくて、独りになったのに。


守ると決めたもの、早速ひとつ、失って。



「やだよ…」



嘘界さんが自分の心臓に埋め込んだ爆弾の起動スイッチは、彼の奥歯のカバー下にあった。
カバーを喰い破ってスイッチを押すと、爆弾が起動するだけでなく、衛星にある信号が送られる仕組みになっていた。

彼の死後3時間以内に、プログラムファイルが2つ。私の端末に、転送されるようになっていたのだ。


ひとつは、電子アルバムであるこのスライドショー。
なんの策略もない、父から子への純粋なプレゼントだった。


そしてもうひとつは、彼が組織から逃げた際に、首を繋いでおくために用意した切り札≠セった。

内偵だった、と謀ったとしても、嘘から出た真にするため、それに見合うだけの証拠を集めたファイルだった。

送り付けられた当初は、なんのファイルか分からなくて…春夏さんを信じて確認してもらったところ、これは彼が生前の努力を無に帰すことなく活用できるように、と私の命のために譲ってくれたものだったのだ。
しかも、彼以外の誰もがアクセス出来ないプログラミングが組み込まれていた。自分のために作ったはずの証拠を、常に傍にいた私に譲った。譲れる立場にいたのは私だけだ。だけど、傲慢で我が儘なあの人がそんな無駄な手間をかけるとは思わなかった。


守るはずが、私は守られてしまった。

結局は、独りじゃ何も出来ない餓鬼だったのだ、私は。



「……っせがい、さん……」



意地悪なサンタクロースは、私にプレゼントを残して逝ってしまった。
私が意を決して定めた志を嘲笑うように、そんなことは不必要だと目を覆い隠されるように。


親孝行くらい、させてほしかった。


時間は、止まらない。
不変は、あり得ない。

ほら、また朝日が昇り出す。


もう二度と、あの休憩室に4人目が揃うことは、ないのだろう。






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