『全機に告ぐ、…恙神涯を守れ!』


「はぁ!?なんでだよ!!
あいつは敵だろ!?アンチボディズの──僕らの敵じゃないか!」

『彼は我々の上官だ!これも命令なんだ…従ってくれ少尉!』


真っ黒の服に金髪だった男が、真っ白の服に銀髪で立っていた。
センサーが反応してモニターに捉えた男は、嘗て僕をコケにした葬儀社のリーダー、恙神涯張本人だった。見目は違えど、あの苛立つ褪めた眼差しは変わらない。
死んだんじゃ、なかったのか。そう思いながら銃を向けようとしたとき、指揮官であるローワンが声を張るようにして命令した。


なんだよそれ、なんだよそれ。
あいつは敵じゃないか!

なんだよ上官って。なんで守らなきゃ、ならないんだよ!

桜満集の右腕を離れた光が、恙神涯の右腕に絡み付いた。千切れ飛んだ右腕は、ぼとりと音を立てて地に落ちる。
仲間割れだかなんだか知らないけど、この僕に数々の屈辱を味わわせてくれた宿敵が揃って目前にいる。なのに。

何度も苦渋を舐めさせられてきた。今すぐにでもそのすかした横っ面に鉛弾を叩き込んで、ぐちゃぐちゃのミンチにしてやりたい。
もう撃てない、と感じていたそれは、やはりあの女のせいだったようだ。だってほら、こんなにもむくむくと殺意が膨れ溢れて爆発しそう。


しかし承服しかねる命令も、いまは聞かなければならなかった。
何度も命令違反をして、その度に独房に放り込まれるだけで済んでいたのは、大好きなパパのおかげだったのだから。
パパは、普段僕に見向きもしなかった。そのくせ、僕が何か起こせばそのために動いてくれた。僕が可愛いからじゃない、自分の保身のためだったなんてわかってる。だけど、嬉しかったから。僕は何度も繰り返した。
あいつは僕が独房に収監されたって顔色ひとつ変えやしなかった。そうだ、やっぱりあいつは僕のこと、大切なんかじゃなかったんだよ。


もう、僕には関係無いけど。


ふと、耳鳴りな警戒警報が鳴り響いて空を見上げると、自動的に内蔵のカメラアイの映像が望遠に切り替わり、カラスのようにそこに黒い点として存在するそれをズームアップした。
あれは、ステルス爆撃機?考える間もなく、腹部の格納扉が開いた。そこに大量に仕舞い込まれているのはGOABと呼ばれる地球に優しい爆弾=B核兵器と同等の威力を持ちながら、放射能を出すことのない新型兵器のひとつだ。


「!!!」


あいつら、撃ってきた!守るのが命令なんじゃなかったのか。あんなものを落としたら、恙神涯だけじゃない。ここら一帯が吹き飛ぶというのに。
僕たちGHQの人間もいるのに。何故!?

「どうなってんだよ!」

『わからない!爆撃の話は私も聞いていない!』

回線の向こうのローワンまでもが、緊急事態に戸惑い声を荒げた。
僕は状況を把握しようとして、ゴーチェの頭を回転させて周囲を見渡す。

そこにいた生徒たちも異変に気が付いて、騒ぎ立て始める。なんとかしろと救いを求められた恙神涯は、楪いのりから引き抜いた大剣を手放すと、クレーターの真ん中から跳躍してコンクリートの地に降り立った。大剣は光の屑になって消えていく。
つい、と恙神涯が腕をかかげた。光の螺旋のようなものが、3人の学生たちから抜き出され、恙神涯の手の上でひとつになった。
みきみきと殻を剥がしたそこに現れたのは、ひとつのペンのような形をしたミサイル。放られるようにして発射されると、光の円盤で相手方のGOABを撃墜し、そしてコクピット部分を貫いた。

そのまま砕けて消えたヴォイドミサイル。抜き出された生徒はキャンサー化し、屑となって消えていった。心地の悪い阿鼻叫喚が響き渡る。

違う。あれは、恙神涯なのか?
憎たらしい仇敵のはずなのに、覚えた違和感。
それは、奴が上官だと聞かされた故のものか、それとも。

葬儀社のメンバーが駆け寄ってきた。見覚えのある車椅子の女と、藍の髪の…ちんちくりん。
会話をしているけれど、それも久しぶりに仲間に会えた感動の再会、ってやつとは違うらしい。やっぱり、何かがおかしかった。

ちんちくりんが、声を荒げた。
その時、


『涯様に近付くな!』


脇のゴーチェが、銃を構えてちんちくりんに狙いを定めた。
僕は、訳がわからないままに、頭に苛立ちが上ったのだけ感じた。そして、気が付くと衝動的に動いていた。


「ふざけるなよ!
なんで僕が、こんなやつ守らなきゃいけないのさ!」


今さらお前が味方だなんて、認められるわけないだろ!

英語で口早に言いながらゴーチェを滑らせて、銃を構えたゴーチェの前に躍り出ると、掴みかかった。

多分、この苛立ちは、恙神涯を守れなんてへんてこな命令に抱く不満だけじゃない。
それだけは分かってるんだ。


「そこのちんちくりん、邪魔だよ!」


日本語で吐き捨てて、くるりと頭を回転させカメラアイで180゚後ろの光景を視界に映す。
葬儀社の服を着た男に手を引かれて、車椅子の女共々トレーラーに引き戻されるちんちくりん。その向こうのクレーターで、楪いのりが顔無しを抱えていた。


お前じゃないんだ。
ちんちくりんなんかじゃない。

僕が守りたかったのは、そうじゃなかった。
なのに、なのに…────


ゴーチェを薙ぎ倒し、ガトリングガンを叩き込む。収まらない苛立ちをぶつけるように周囲でおとなしくしているゴーチェ全部に向けて発砲した。

ボディーに当たって跳ね返った弾に怯えて生徒が叫びながら逃げていく。
だけど、歩兵たちに取り押さえられてトレーラーに積み込まれていく生徒。自由は許されない。


そこで僕は、一瞬脳裏を過った誰よりも自由な歩兵を思い出す。

守りたかっただけなのに。
そばにいたかっただけなのに。

こんなの、違う。
何がって言われたら、わからない。
だけど、こんなの、違うだろ。


僕は振り返って、まだ涼しい顔をしている奴に向かって、銃を投げ捨て、パイルバンカーを開いた腕を振りかざす。


「恙神涯、お前さえ…っ

お前さえいなければ、こんなことにはならなかったんだぁああああ!!!」


パパを、この手で殺すことも。
サーシェが、僕の隣からいなくなることも。

サーシェと、出会うことすら。



全機が僕にガトリングガンを向け、銃弾を叩き込む。
四方八方から撃ち込まれた衝撃、焼ききれるような痛み、熱に絶叫する。




もう忘れるんだって決めたって、消えてくれなかった。
自分の心の中を埋める思い出は、あいつと過ごした時間ばっかりだ。

もう、関係無いけど。

だけど、まだ何処かに隠れてるんじゃないかって。
無意識のうちに探す僕が、恨めしくて、女々しくて、寂しくて。


もういいんだ。
僕はあいつを、拒絶するから。

この世界を、拒絶するから。


途絶する世界が、暗闇に溶けていくのを見ながら僕は、掠れた息をついた。





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