「サーシェくん。君に任せたい仕事がある」

「はい、供奉院翁」


私は、呼び出された供奉院の屋敷の中庭で、池の鯉に餌やりをする供奉院翁の背中を見ていた。
ここに来て早2日。信頼を得るのは難しかった。


「ひとつ、確かめてきてほしいのだ」

「……何を?」

「我が孫娘、供奉院亞里沙。あやつが、どうしておるのかを」

「………」

「以前、連れ戻そうとして葬儀社の若造を送り込んだときは失敗に終わってのう…
状況によっては、わしはあやつを……」

「……分かりました。
ウォール内に潜入し、状況を把握してきます」

「頼んだぞ」


流暢な英語で会話するも、しかしどこかその言葉遣いは古めかしいものを感じさせた。
供奉院家の令嬢が、もしも───GHQに、加担していたとしたら。
供奉院翁は、独自のルートでGHQの動きを把握していた。私でさえ知らされていないダアトという組織の介入も、ここに来てから知った。
恙神涯の生存説。それを私が漏らした途端、翁の顔色は変わった。なんでも、令嬢が彼に気があったとか。供奉院家としては一大事だ、たった一人の跡取りが敵側に転身してしまう可能性があることになる。


私は、任を引き受けてからまず、真っ直ぐに与えられた部屋へ戻った。必要最低限の武器しか持ってこず、残弾も満足にない私に、翁の命令だと言って女性が武器を提供してくれた。彼女の名前は倉知、翁の秘書兼側近だという。
ホルスターベルトに自動装填式拳銃を4丁装備し、予備弾もしまいこんだ。接近戦用のナイフもある。
用意ができると、夜を待ってから供奉院家の自家用ヘリに乗せられる。目立たない廃ビルに降ろされ、そこからは個人行動だ。


日数的に、もう学生たちが行動するのは今夜で間違いない。
私は、彼らの動きを見ながらあくまで監視という立ち位置につく。最悪24時間後にもう一度同じ場所にヘリがくるから、それで此処を出ればいい。





「ここに置いてください」


単刀直入にそう言った。


「貴様、名は」

「…サーシェ。サーガ・シェリル=メノーム」

「メノーム准尉ですって…!?」

「死神サーシェ、か…軍の者が、何故ここに来た」


通されたそこは、きらびやかな装飾で飾られた応接間のようだった。
供奉院翁を取り巻く物々しい雰囲気は確かに裏社会を統べる者のそれだ。でも、嘘界さんに拾われ数々の要人に出会い、彼の側近として働いていた私には怖くもなんともない。


「GHQを止めるため」

「GHQで名高い人殺しの貴様が?」

「戦力として考えてもらって構いません。協力させてください」


答えはなかった。代わりに、彼が指を弾くと、何人ものスーツの男が現れて、一斉に銃を構えてきた。
これでも歩兵を率いるエリートだ。グループ行動は苦手だけど、個人の能力としては歩兵40人分は優にある。

一目で発砲された場合の方向・距離・時間を感覚的に把握すると、発砲された弾丸を高く跳躍して避ける。天井の高い部屋でよかった。
足元で彼らは宙の私に銃を構え直す。いくら撃てないと言っても、本能は覚えているようで、即座に銃を構えると致命傷にならない腕や腿に向けて発砲した。
銃撃隊を始末すると、今度は後ろの扉からスーツ姿の豪腕の男が何人も入ってきて、私が着地すると同時に襲い掛かってきた。銃をしまうと一人目の鳩尾に鋭い肘鉄を食らわせ、怯んだところを蹴り飛ばす。
二人目の拳を体位をずらすことで避けると、伸びてきた腕を引いてそのまま一本背負い。背から叩き付けられた大男は苦しげに息をついて気を失った。
三人目も殴りかかってきたが、バック転で避けると素早く彼の背後に回って腕をとり関節技をきめる。


「これでおしまいですか」

「……ふむ。実力の程は把握した。倉知」

「は」


倉知さんは救護班を呼び、撃たれた怪我人を運び出すよう命令すると、私に手を放すように言った。
ぱ、と腕を解放してやると、二人は意識を失っている一人を抱えて部屋を出ていった。


「貴様の望みはなんだ」

「………守りたい」

「守る?」

「私は、軍に忠実に働く普通の士官とは違います。
私を拾い、命を繋ぎ、今日まで育ててくれたひとに恩返しをしたくて、あそこにいました」

「ほう。つまりは、捨て子か」

「だけど、GHQはいま…世界を滅ぼさんと企てています。
私は、大切な……家族を、家族がいる日常を守りたい」

「そのために、組織を捨てて逃げ出した」

「なんとでも。
ただ、私は……上の命令に従うだけ従って、後悔のままに死ぬのだけは、嫌だっただけ」


供奉院翁の睨み付けるような鋭い眼光に晒されて数十秒。私も負けじと目をそらすことなく彼を見つめ続けた。


「成る程な。度胸はあるらしい」


ゆっくりと瞼を閉じて、もう一度開くと、厳かな声音で供奉院翁は続けた。


「君が提供できるものはなんだね」

「この身と、持ちうる戦闘力。GHQ内部の情報も、知る限り全て」

「わかった。サーシェくん、君を歓迎しよう」

「ありがとうございます」


深く深く礼をして、漠然としていた自分の計画に一筋の希望が見えたことに安堵のため息をつく。

部屋を与えられ、休養を取るようにと時間を与えられた。
葬儀社と供奉院家は繋がっていたらしく、そこに避難していた葬儀社の幹部、オオグモ…だっけ。彼と遭遇して、一頻り取っ組み合いもした。仲間の仇である私を、彼は許さないだろう。理解されなくてもいい。
私と彼はお互いに干渉せぬままこの2日を過ごした。元敵同士、馴れ合うわけにはいかない。


孤独でもいい。始めから仲間なんて期待してなかった。
裏切り者と罵られたって構わない。嫌われたって仕方ない。

でも、ただ、私は、大切なひとに生きていて欲しかった。
自分が死ぬことはもうこの際構わない。アポカリプスにだって感染してる。覚悟はとうに出来てた。

なんでもない、ただの私のわがままだ。



持ってきた3つのうち、グレープ味のキャンディーの封を開けた。
暗い東京の、隔離された壁の中。夜になると、こんなに息苦しく感じる場所だったなんて。
ずっとここにいた生徒たちにとってそれは、どんなにつらい毎日だっただろうか。


口内で飴玉を転がしながら瓦礫の隙間を縫うようにして足音を立てないように歩く。
すると、聞き覚えのある……だけど、どこか別人のような声がした。


「もう一度、計画を説明する!」


シュウだ。シュウの声がする。
声のする方を見やれば、そこには生徒が30人いるかいないか程度、集まっていた。多分全員じゃない。
声を張りながら説明とやらを繰り返しているシュウは、何処と無く彼らしさを失っていた。新しいホンモノなのか、それともよく似せた紛い物なのか。

中央によく目立つ金髪の女がいた。アリサだ。
光の具合から表情は陰っていてあまり見えないが、口元は不自然に微笑んでいる。

嫌な予感しかしなかった。



先程より声が小さくなって、何を話しているのか聞こえない。
だけど、眼鏡の男子生徒がシュウに何かを言った。シュウが動揺したように声を上げる。

アリサが、ヴォイドであろう手の中のボールのようなものを掲げると、大きく傘のような花弁が開いた。見覚えがある。


すると、方々からエンドレイヴ特有のモーター音がして、私は咄嗟に身を隠した。数々のゴーチェが滑るように現れて、生徒を、シュウを取り囲む。

展開が慌ただしくなってきた。シュウを中心に体制が整えられていたかと思えば、彼らは一瞬でシュウに牙を剥く。
そこにゴーチェが介入してくることもおかしい。除染に来たのならまず生徒が狙い撃ちされるはず。
すると、一人の生徒がシュウの背を押して、彼をクレーターの底へ突き落とした。

「(シュウ…っ)」

そっと息を潜めて様子を見ていると、一際目立つ白い服装の男が現れた。
白服とは違う。何か、衣装のようにも思える。髪まで白銀だ。体格からして、長髪ではあるが男だろう。


「!」


目を凝らしてよく見てみる。
前髪を耳にかけて両目で見れば、一目瞭然だった。

あれは、恙神涯だ。


シュウに語りかけながら歩み寄る。
そばにいたいのりから、あの大剣が飛び出した。彼はそれを引き抜くと、一瞬で横に薙ぐ。

噴き出した鮮血が、思考を止めた。




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