「少尉?どうした?」

「………何がだよ」

「心拍数に乱れがある。妙に筋肉も緊張状態だし…何か、悩み事か?」

「…何でもないよ」

「無理して隠さなくたっていいからな」

「うるさいな、何でもないってば」

「そうか?でも…」

「うるさいんだよ、お節介野郎っ!!」



やけに不機嫌なダリル少尉。コフィンの縁を殴り付けて、さっさと接続しろと怒鳴りつけてくる。
目付きがひどく険しい。物に当たるなんて、サーシェと仲睦まじくなってからというもの、滅多にしなくなったのに。
少尉が荒んでいるということは、大抵がサーシェ絡みだ。また何か喧嘩したのだろうか。喧嘩と言っても、言い争うようなものではなくて、二人の間に起こる喧嘩といえば、意思の疎通が図れず、噛み合わないことに少尉が一方的に苛つくことがほとんどである。

サーシェのことならば話を聞いてやれる、と思って声をかけたのだが、どうやらそうではなかったらしい。いや、逆に図星なのだろうか。


そこで、ふと思い出した。


「なぁ、ダリル少尉」

「なんだよ」

「今晩、空いてたりするか?」

「はぁ?何、急に」

「いや、なんてことはないんだ。
サーシェと、今晩久しぶりに一緒に夕食を取ろうって話になって。嘘界長官とダリルも誘おうってことになったから、」

「バカじゃないの!?」

「えぇ?」


機嫌が悪いのは分かるが、そんな剣幕で怒鳴られるほど自分は変なことを言っただろうか。
サーシェといざこざがあったのだとしたら、少し空気の読めない話題ではあったかもしれないが、ここは二人の仲直りの機会としても有効だろう、そう思ったのだが。

乱暴にヘルメットを被って、それ以降一切言葉を発しなくなってしまったダリル少尉。
俺は何がなんだか、といった面持ちで彼の精神とエンドレイヴゴーチェを接続した。







「え?サーシェが帰ってない?」

「は。夕方頃、外出履歴に名前がありますが、未だ戻っていません」

「そうか……」

「何かご用でも?」

「あぁ、いや。大したことじゃないんだ。ご苦労様」

「大尉こそ、しっかり休息をお取りになってくださいね」

「ありがとう」


軍の人事部で、データベースを管理している所轄の部下に確認を取ると、あれきり帰っていないそうだ。
彼は、ダアトと名乗る組織の人間が入り交じる現在のGHQでも、数少ないアンチボディズの頃から俺についてくれている部下だ。
サーシェとも面識があるし、たまに菓子を分けられていて、食べても良いものかと相談されたことがある。彼はどちらかというと、サーシェを死神として認識し恐怖している側の人間だ。

ダアトの制服は、似たような白基調の服装とはいえ、挿し色に蛍光緑が使われているためアンチボディズの白服とは大分印象も異なる。
アンチボディズの白地に赤と黒でデザインされた士官服は、あくまでも軍服であるため何処と無く清潔感漂うコートのような形を模している。
しかし、ダアトの奴らのものはまるでライダースーツのような、ボディーラインが強調されるぴったりとした形状。2つの違いは一目瞭然である。

今ではダアトの服装の方が当たり前の景色になり、アンチボディズの白服を着用している人ほど目立つ存在になってしまった。
その中でも一際目立っていた、男物の私服で歩き回るあの少女の姿が、いま何処にも見えない。


「全く…、早く帰るように言ったのに」


そして、その言葉に返事をしていたのに。

ポケットの中で何かが、かさりと音を立てた。何とは無しに探り取り出せば、それはあの子にもらったキャンディーだった。


お守りって、言ってたけど。
今日は行動が色々と唐突だったな。やっぱり少尉と何かあったんだろうか。
ウォール前進に臨場し、そのまま職務が済むと更衣室で着替えて真っ直ぐ何処かへ行ってしまった少尉。

サーシェに会いに行ったものだとばかり思っていたのに、何処に行ったのだろうか。
どちらにせよ、彼はもう自宅にずっと帰っていない。居るとしても、サーシェの部屋であることに変わりはないだろう。


私が、もし帰って来なかったら、食べていいよ


「(今日、帰ってこないだけかもしれないし…)」


もう、帰って来ないんじゃ。
そんな、脳裏に過った推察を、可能性という自分勝手なエゴで塗り潰す。
そこに、可能性に縋り付こうとする人間を蹴散らしてその可能性を踏み潰すのが大好きというイイ趣味をお持ちな上司がやって来た。


「これはこれはローワン君、深夜遅くまでお疲れ様です」

「あ、嘘界長官。職務お疲れ様です」

「敬礼はいいですよ。僕の分も君には疲れて頂きますし」

「(またこの人は仕事サボって…)」


そしてサボったものは全部俺に押し付けられる。巧妙な理由付きで。
最近指揮などは茎道大統領から降りてくることが多々あるので、この人の仕事自体は少ないのかもしれないが、しかし技術武官としての仕事も重なるいま上司の分まで仕事を片付けられるほど自分も暇ではない。
判子つきくらいやってください、とどうやったら上手にお願いという名の仕返しが出来るものか、と試行錯誤中である。

そんな嘘界長官だが、俺の手元のキャンディーを見るなり、既視感を含んだ色みに赤錆色を変えながら、微笑った。


「あぁ、それ」

「サーシェにもらったんです」

「僕ももらいましたよ、お守りだって」

「何のことなんでしょう…

そうだ、長官、サーシェが本日夕方頃に外出したきり戻っていないそうです」

「でしょうねぇ」

「は、」

「ほら、帰るまで食べないでって言われたでしょう?
僕、堪え性が無いものでして…つい先程食べてしまったんですよね」

「え……」


ギザギザの鮫のような八重歯の隙間から、少し小さくなった飴玉が覗いている。
黒の皮手袋に摘ままれているセロハン。ピントを合わせるようにして、彼の義眼がぎょろりと回った。


「彼女なりに頭を使ったんでしょう、挙動不審だったのですぐ分かりましたけど」

「え…?」

「自身の目で確かめるのが一番ですよ。
どうやら、一人一人メッセージは違うようですから」

「メッセージ…ですか?」

「では僕はこれで」


からん、と飴玉が歯に当たった音が、静かで暗い通路にいやに響いた。


メッセージ。

食べた飴玉。

帰らない少女。


俺は、ひとつの仮説を立てて、そして、包みを丁寧に剥がし始めた。
暗い緑色のセロハン。光に透かさなければ、光の加減によっては真っ黒な紙にも見えるそれ。

取り出した飴玉を口に放り込んでから、セロハンを綺麗に平らに伸ばす。
薄明かりしか点いていない通路でも、真っ白な士官服の袖に当てれば、そこに何があるのかを見ることができた。



ローワンへ

もう私の心配ばかりしないで、自分の体も大事にしてね。
あなたが元気に毎日過ごせますように



嗚呼、だから、お守りなんて。


書き慣れない拙い文字で綴られた、精一杯の彼女の願い。
こんなものを突然渡すということは、つまり、簡単に伝えられなくなる距離に、彼女が行ってしまうということ。


「………帰ってきたら、うどん食べにいこうな」


誰でもなく、セロハンのメッセージに語り掛けて、俺はまた歩き出した。




嘘界さんへ

恩知らずな娘でごめんなさい。
大好きなお父さんが、退屈しない日々を過ごせますように


「今までお父さんなんて呼ばなかったくせに…一本取られましたね」


しかしなるほど、可愛がっていた人物が、今や口の中の飴玉にすりかわってしまうとなると、やや寂しいという感情が芽生えないこともない。
撃てないあの子が、どうやってこれから行動するんでしょうねぇ。独り胸中でごちながら、彼は長官室へ向かって歩き出す。




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