夢を、見た。


人が撃てない?

それは困りましたねぇ、貴方がここにいる理由が無くなります
しかし、使えない駒を手元に置いておいても邪魔なだけである事に変わりはない

ああ、サーシェ、そんな顔をしないでください

大丈夫ですよ。貴方を捨てたりなんてしません

いま、此処で殺してあげますから



追い詰められると、更に自分を追い込むような夢を見るとは、なんて残酷なんだろう。


嗚呼、撃てないこと?
知ってたよ、だって、ここ最近銃に触ろうとしないじゃないか

なんでって…言って、君、何か変わったかい?
俺も、そこまで面倒は見きれないよ

軍のお荷物の相手より、新型機の相手で忙しいんだから


皮肉なものだ。
自分の夢に、自信を喪失させられるなんて。
逆に、自分の中の彼らはああいうふうにインプットされていたのかと思うと、そんな自分にも絶望してしまう。



お前がそんなに腑抜けだと思わなかった

目障りだから、消えてくれる?



二度と、僕の視界に入らないで



「……っあ!」


勢いよく空気を吸い込んで、目が覚める。
心臓がばくばくと震えて、吹き出した冷や汗が体温を急激に下げていく。


肺の奥が震える。うまく息が出来なくて、小刻みに震える指先で肩を抱いて、小さく丸まる。
怖くて怖くて仕方ない。尚更言えない。幻滅されたくない。不要品扱いされたくない。


「……っ、は、は…」


変な時間に昼寝したから、かな…。
がたがたと落ち着きのない身体に、ぎゅうと目を瞑って耐える。
必死に呼吸しようとするのに、うまく息が吸えなかった。


誰か、誰か。
たすけて。怖くて仕方ないの。
何も言わなくて良いの、お願い、そばにいて。
傍で、抱き締めてくれるだけでいい。

必要として。そばにいて。


愛してる
そばにいてくれるでしょ、


二度と、僕の視界に入らないで



やだ、やだよ、
怖いよ、誰か、


「ダリルく────」

「呼んだ?」

「っひぅ!」


強く瞑っていた目を大きく見開いたら、そこには士官服姿で、髪も目も元通りのダリルくんが立っていて。
驚き過ぎて、変に息を吸い込んでしまった。けほけほと小さくむせる私の背中を、そっと撫でながら「なんて声出してるのさ」と言って、微笑った。


「ゆめ…?」

「馬鹿、本人だよ」

「ほんとに、ダリルくん…?」

「まだ寝惚けてるわけ?」


そうっと起き上がって、確認するように彼の頬に手のひらを這わせると、温かい手のひらがその上に重なる。
嗚呼、温かい。ほんとの本当に、ダリルくんだ。


「……うぅ、」

「え?ちょっと、」

「おかえり、なさい…っ」

「……、た、ただいま…」


なんだか嬉しくって、安心して、苦しくて、感極まって抱きついた。
隣に腰掛けたダリルくんは、やっぱりまだ慣れない手付きで抱き返し、そうっと背をさすってくれている。
たった一週間ちょっと離れていただけで、こんなに寂しくなるなんて。四六時中一緒に居ただけあって、私、かなり依存してしまってる。

真坂くんじゃない。私の知ってる、優しくて不器用なダリルくんだ。


「……本当に、痩せたんだな」

「っ、」

「これ以上細くなってどうするんだよ、骨と皮だけなんてごめんだぞ」

「……、ぅ、」

「え?…ちょっと、なんで…泣くなよ?え、泣くなって」


涙は、相変わらず出ない。
なのに、ダリルくんは、これが私の泣く≠ニいう行為なんだと、理解してくれている。
彼の肩口に目元を押し付けて、ぎゅうと抱きついた腕に力を込める。すると、彼はさすっていた腕を回して、私を抱きすくめて、もう片方の手で優しく頭を撫でてくれた。


「……何か、わかんないけど…」

「……っ、うぅ、」

「なんか、あったんだろ?」

「っ!」


ふと、フラッシュバックするのは、先程の悪夢で。
いつもは、優しい眼差しをくれるすみれ色が、私を冷たく鋭く射抜くのを思い出したら、身体がまた震え出した。
ダリルくんは、そんな私を安心させるように、頭を撫でていた手を止めて、より一層強く抱きすくめる。


「言えよ、聞いてやるから」

「………、」


怖くて、だめ。
これだけは、ダリルくんだから、だからこそ、言えないの。

小さくふるふると頭を振れば、ダリルくんの声は不機嫌そうに落ち込んだ。
ちょっとだけ、寂しそうだった。


「……なんで」

「………言いたくない」

「僕が、信用出来ないから?」


私を抱く手に力が籠って、ニットパーカーがくしゃりと握られる。
縋るように私の頭に頬をくっつけるダリルくん。声は、小さくて、小さくて、掠れて消えてしまいそうだ。


「…ちがう、」

「じゃあなんで」

「だいすきだから」

「言えばいいだろ」

「………ううん、」

「なんでだよ」

「………」

「……愛してるんだろ…っ?」


もう、窓の外が暗い。
随分と長いこと眠ってしまった。

電気もつけずにいるそこは薄暗くて、お互いの存在は、体温と息遣い、触れる感触だけが知らせてくる。



「………サーシェ、」

「……うん、」

「……ぼくのこと、あいしてる?」

「あいしてるよ」



約束の言葉。お互いを裏切らない、確かな誓いの言葉。
儚く消えてしまいそうな、弱々しい声音で紡ぐそれは、最早いつ崩壊してもおかしくない危うさを孕んでいて。



「……サーシェ、」

「ん…?」

「聞いて、」

「うん、」



暗い暗い休憩室の中。
此処で、ゲームしたり、歌ったり、いろんなお話をして、仲良くなったよね。
ダリルくん、私、あの頃の日常がなかったら、いま、きっとこんなふうに悩んでなかったと思うの。
だけどね、君と過ごした時間があるから、私、君をすきになれたんだと思うの。

ねぇ、何をどうしたら、一番良かったのかな。


「僕、変なんだ」

「なぁに…?」

「おかしくなっちゃったんだ」

「……どうしたの…?」


首筋で震える吐息が、不安そうに途切れ途切れに言の葉を紡いでいく。
そっと彼の背を撫でて、気付く。嗚呼、ダリルくん、大きくなったね。少し、背も伸びたのかもしれない。



「撃てないんだ」



ひゅ、と音をたてて息を吸った。
また肺の奥が震えて、今日は震えてばかりだと、頭の片隅でもう一人の自分が呟いた。


「おかしいんだ…、葬儀社のちんちくりんに会ってから」

「ちんちくりん…?」

「ちびで、生意気なやつ。あいつを見てると、怖くなるんだ」

「……うん…、」

「あいつ、微笑うんだ。微笑って、僕のこと、普通と同じみたいに接するんだ」

「………」

「それで…、だから、僕、おかしくなって…、撃てなく、なって…」


きゅうと、抱きしめる。

彼は、大きくなって、そして小さくなっていた。
悲しいくらい、私とおんなじだった。

撃ち抜いたそのひとにも、日常があることを。
大切なひとがいることを、知ってしまったから。

大切なものが出来て、それを亡くす怖さを知って、だから、だから撃てなくなった。


「……ダリルくん…」

「ねぇ、おまえは、こんなぼくをきらいになる…?」

「ううん、」

「おかしくなっちゃったんだよ、」

「ううん、」

「それでも、ぼくのこと…っ、

あいしてる…?」

「あいしてる…、あいしてるよ、」


今度は、彼が私の肩口に目元を押し付けた。冷たく湿るそこは、彼が私以上に人間味を手に入れた証拠。
ぽん、ぽん、と安心させるように背を叩いてやると、彼の大きくて小さな背が震えた。


「あのね、…あのね、ダリルくん」

「……っぅ、」

「わたし…わたしもね、いっしょ」

「……っうん、」

「おんなじなの」

「うん……っ、」

「撃てなく、なっちゃったよ…っ」


今更込み上げてくる後悔。
それは、彼にそのことを告げてしまったからじゃない。
積み上げ重ねてきた日常を、ばらばらと崩してしまった自分を改めて認識したことの、後悔。


「ダリルくんは、撃てない私は、きらい?」


ふるふると、小さく頭を振る。
ぎゅうと抱きすくめられて、息がつまる。


「変わっちゃっても、いっしょにいてくれる?」


小さく頷く。

ひどく安心して、胸につかえていた何かのうち、欠片だけが、ほろりと取れたのが分かった。
ほろほろと息を吐き出して、私は、また彼をきつく抱きしめる。

お互いの間の空隙を埋めていくように、きつくきつく、抱き締めあって。


「いっしょにいてね」

「うん」

「約束ね」

「約束」


「サーシェ、」

「うん」

「ずっといっしょ」

「うん、」

「約束だ」

「うん…約束」

「サーシェ、あいしてる」

「わたしも、あいしてる」


変わることは、ひどく億劫で、そのさなぎから脱け出すことはずっとずっと怖いけれど。
二人一緒で、手を繋いでいたら、いくらかそこは明るい場所に見える。
そんな気がしていたんだ。




(ぼくらはもう、たたかえない)



たとえそれが、ちっぽけな二人だけの約束でも、もう必要とされなくなってしまったとしても。
ぼくらがぼくらを必要とすれば、きっと大丈夫。

そう、信じていた。

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