作戦は順調だった。


「そうだよ。これから並んでくる」

『そうか』

「ねぇ、それよりさ、どういうこと?」

『ん?何がだ?』

「とぼけないでよ。
さっき、サーシェもあんなだし≠チて言ったろ?何があったんだよ」


耳に押し込んだままの通信機に向けて話し掛ける。小型だから、端から見たら僕は独り言を言っているように聞こえるだろう。


あれから、2〜3日をかけて人選し、生徒会のメンバーである寒川谷尋に嘘界から送られてきたデータの通り策を促すように話を吹き込んだ。
寒川谷尋はそれなりに頭の回るやつみたいだから、すぐにランク制のことは思い付いたようだけど、メンバーの中で一悶着あってなかなか行動に出せなかったらしい。
魂館颯太とかいうやつのせいだ。自分のヴォイドはランク制が敷かれたとしたら確実に最下位クラスのFランクだから。自分勝手で、頭の悪いやつの発想だ。

そうして監視を続けて、僕が寒川谷尋を焚き付けてから5日後、漸く生徒全員のヴォイド調査を行うと生徒会が発表した。
時間かかりすぎなんだよ、全く。どうせその魂館ってやつも、自分がもしAランクだったら文句なんてつけなかったんだ。下らない。

もう随分と此処に潜入しているけれど、度々芽生える殺意に頭がいたくなる。
此処の奴らは素人だ。甘ちゃんだ。なまっちょろい脳ミソしか持っていない。友情だとか絆だとか、そういう不確かなものを絶対だと信じ込んで、命より大切なものはないからきっと大丈夫なんて盲信を信じきってる馬鹿どもだ。
なんとかなるでなってたらリーダーなんていらない。出来るもんならやってみろっていうんだよ、仲間ごっこがしたいなら余所で平和なときにやれってんだ。


それから3日経った今日、漸く僕の番が回ってきた。今は朝の定期報告に通信をしていたところだ。
生徒会室のパソコンに忍び込ませたウイルスでハッキングしたそこから、24時間モニターして監視を続けていた僕は、一日に数回、こうして定期報告で本部に連絡を取っていた。
報告内容は主に生徒会の奴らの動向。そこに葬儀社メンバーも含まれているわけだから、それだけでも充分だ。それから、学校全体としての観察報告。今日のように何かすることがあればそれを伝達するし、生徒会で話している内容から調査結果がどういうものであったのかも報告するように言われている。


で、その報告中に、ローワンの奴がふと溢したんだ。


それだけ言えるなら元気にしてるんだな、少尉は。
サーシェもあんなだし、良かったよ


報告に愚痴が混ざったその時のその一言を、僕が聞き逃すはずがなかった。


「あんなって、…また何か、」

『あぁ、何でもないんだ。大したことじゃない』

「なんだよ、はっきり言えよ」

『そっちから戻ってここ数日、体調を崩してるんだ』

「体調?」

『貧血みたいに倒れがちで、ろくに食べ物も食べれてない。眠れないで、夜中のうちに戻したりしてる』

「なんだよそれ!!何処が大したことじゃないんだよ!!ボロクソじゃねぇか!!」

『大丈夫だよ。本人はちゃんと動けるし、今日だってトレーニングしに行った』

「止めろよ馬鹿野郎!そんなんで無理したら、また…」

『少尉が気にすることじゃない。多分、そういう時期なだけだ』

「なんだよ、それ…っ」


手摺を殴り付ける。手の骨に鈍い痛みが響いて、唇を強く噛んだ。

また、あいつは。そうやって。
何かが起こりそうな予感。あれは、このことだったのだろうか。

今度こそ、胸中に広がったのはひどい胸騒ぎだ。ざわついて、落ち着くどころかいてもたってもいられない心地になる。


「っねぇ、代われないの」

『え?』

「サーシェ、代われないの」

『今は無理だ、俺もどこにいるのか知らない』

「っくそ…、
僕いないんだから、あんたしっかりしてよね!何かあったら承知しないから」

『あぁ、分かってる。任せろ』


苦笑いを浮かべるような声音に苛々して、通信をぶつりと切断した。

様子がおかしいと思っていたらすぐこれだ。
本当に、大丈夫なのかよ。ローワンのやつから聞く分に、かなり重症に聞こえたんだけど。


「………頼むからさぁ…」


手摺に乗せた手の甲に額を押し付けて、喉の奥から絞り出す声音。
あんまりに切実過ぎる声に、自分で自分が格好悪いと思ってしまう。


頼むからさぁ、無事でいてよ。
何かあったんなら、ちゃんと言ってよ。
お願いだからさぁ、僕のこと、頼ってよ。


そんなに、頼り無いわけ?
そんなにも、僕はお前の中で、信用に足る存在になれてないの?

何をしたら、僕はお前の大事な人になれるの?


「もう、やだ……僕ばっかり、」


いっぱいいっぱいになりながら想って、気にかけて、それなのに、僕の気も知らずにあいつは、またするりとこの手から抜けていってしまうんだ。
雲を掴むような話、ってそのまますぎるじゃんか。いや、あいつは人間で、雲なんかじゃないはずなんだ。なのに、掴めない。


「………行こ」


調査の列にそろそろ加わらなければ。あれだけ目立つ立ち回りをしてるんだ、生徒会メンバーのやつらにだって顔を覚えられてる。行かなかったら不審がられることは間違いない。
にしても、少し憂鬱だ。目の前にいるのに殺せない顔無し、チョロチョロ動き回って目につく上に口だけは達者なちんちくりん。それから、よくわからなくて不気味な、楪いのり。
単身敵地に乗り込むような心地で、なんだか落ち着けなかった。一番はちんちくりんだ。あいつ、僕に生意気な口ばっかり聞くんだ。次会ったらいじめてやる、と心に決めたのとは裏腹に、まだそれを達成出来ていないどころか、道端で会うと憎まれ口の叩き合いで、これじゃあまるで僕まで同レベルみたいだ。


「(………あいつとは、ないな)」


そういうの。
口喧嘩すらまともにしたことがない。それどころか、ちゃんとコミュニケーションを交わせているのかさえ不思議に思うことがある。
だからだろうか。ちんちくりんと言葉を交わすのが、少し楽しいと思う自分がいることに、なんとなく気付いていた。


……変なの。


「あんなやつ、何でもないんだ」


そう、何でもないんだ。
別に仲が良いわけじゃない。

だけど、何故だろう。
心の何処かで、気にかける自分がいる。
いるんじゃないかと、探してしまうときがある。
見掛ければ、目で追ってしまうこともある。


僕も、どこかおかしいのかな。


悶々と考えながら列に加わった僕は、その時うっかり忘れていた。
サーシェが、何度か僕に、星のような煌めきがある≠ニ言っていたことを。

君の本物は綺麗だ≠ニ言ってくれたのを、忘れていた。
あの頃は、多分サーシェ自身もそれがヴォイドのことだなんて分からなかったのだろう。だから、僕は忘れていた。

自分のヴォイドが、顔無し──桜満集に、引き抜かれた過去がある、という事実を。





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