ウィンドウの向こう側で、30o弾が人間を散り散りにしていく。
さっきまで生きていたはずのそれは、べしゃべしゃと砕けてただの肉片に変わる。拡がる血の海に落ちたそれらは、最早原型がどうであったのかを考えさせないほどに無惨で呆気ない。

機関砲が回転を止めるまでものの数分しか掛からなかった。無力で無装備の一般人が相手じゃこの程度だろう。
無抵抗の人間をこうも簡単に虐殺するなんて、命令とはいえ気分の悪くなるものがある。軍人である自分がそれを表に出すことは誉められたことでないのは重々分かっているが、表情が苦渋に歪むのを抑えきれなかった。


「──……作戦終了だ、少尉」


ダリル少尉のエンドレイヴに回線を接続してそう言えば、いま繋いだばかりの回線が絞られ限定された。向こう側からいじったようだ。


『気に食わないなぁ…
大統領命令かなんか知らないけど、これって殺し方に愛がないよ。
それにこいつらちょっとおかしくない?動作が画一的なんだよね。個性がない。

ねえ、これのオペレーターっていったい何者なわけ?』


つまらなそうだった口調から、少し不満を含むようなものに変わる。また唇を尖らせているんだろうな、と彼の癖を思い起こした。


「機密事項だ、少尉」

『ふぅん』


ぷつりと通信が切られて、エンドレイヴの接続も切られたのが画面の表示から分かった。コフィンから降りたようだ。
ウォールの内側に持ち込まれたオペレート車の中のコフィンで、少尉は任務をこなしている。今頃はエンドレイヴスーツからまた制服に着替えているだろう。そろそろ着慣れただろうか。


モニターの電源を切って、ひとつため息をついた。今から現局長の元へ報告に行かなければ。

あのひとは、サーシェを通じて直属の部下になる前からの付き合いではあるが、未だに苦手意識が拭えないでいる。一応自分は軍人の中でも良識を持つ部類の人間だと自負しているが、あのひとはその真逆だ。
他人の心を誘導して、持ち上げたり突き落としたり、そうやって楽しむようなひとだ。少尉なんて格好の玩具にされている。感情の起伏が激しい年頃なのをわかって弄ばれている。

そのくせサーシェには甘いんだ。遠回しに言葉をやって困らせて楽しむところは同じだが、彼女に関しては突き落としたりするようなことをしない。道を選ぶヒントをやって、困らせて悩ませた結果彼女が自ら選んだ道を歩いていくのを見て、満足そうに微笑う。
それが自分の予想通りでも、その真逆でも。サーシェがひとつひとつ確かめるような足取りで進むのを、他とは違う目の色をして見ている。あれは多分、あのひとなりの優しさで、見守り方なんだと、思う。多分。

始めは退屈しのぎに連れ帰った気紛れの産物だったものを、今は親のような目線で成長する様を観察している。それはもう楽しそうに。


「(…………やだなぁ)」


言わずもがなそんな態度を取るのはサーシェだけだ。自分も、他者と同じようにいじられ反応を見て楽しまれるだけの人間。つまらなければ、気紛れに殺されるかもしれない。
あのひとは、そういうひとだ。

サーシェがいるから、自分の命は保証されていると言っても過言ではなかった。
やっぱり、苦手だ。憂鬱になりそうな心を叱咤して、ベレー帽を直してから、俺はモニタールームを出た。



***



「あ、ローワン、いた」

「あぁ、サーシェか。髪戻したんだな」

「うん」


結局、嘘界さんは仕事をくれなかった。仕方無いから、訓練場で射撃訓練をしていたけど、やっぱりそれでも落ち着きは取り戻せなかった。
いつもは一緒にいると落ち着けるダリルくんは、いま一緒にいるともやもやとして苦しくなるから、逃げ出してきた。怖くなってしまった。
なら、もう一人、落ち着ける人のところにいこう。そう思って、ずっと探していたひとは、セメタリーでモニター操作をしていた。


「何してるの」

「ん?あぁ、これ?
新型機の調整だよ、まだ試作段階だから色々うまくいかなくてね」

「新しいエンドレイヴ?」

「そう。機体は今工房にあるんだけど、システムの調整は此処からじゃないと出来ないから」

「そうなんだ」

「どうかした?」

「え、」

「ん、…何か用があったんじゃないのか?」

「…用、は…ない、けど」

「そうか」


ぽむ、と頭を撫でられて、またすぐに画面に向き直るローワン。この人は、機械とそれに携わる細かい作業なんかに従事しているときが一番生き生きとしている。
作業してるローワンはすき。変に大きな仕事を任されて人事を執り行うより、彼は元々の研究者らしいことをしているのが、一番らしくてかっこいい。


「一緒にいてもいい?」

「いいけど…面白くないと思うぞ?」

「いいの」

「そうか?」


隣の椅子を引っ張ってきて、ローワンの横に座った。脇から覗き込んだウィンドウには、目にも止まらない早さで文字が打ち込まれていく。
やまないタイプ音に、少しうつらうつらとしてきて、瞼の上から目を擦っていると、「だから言ったのに」とローワンが微笑う。


「部屋で寝たらどうだ?」

「ん、まだいいの」

「もう眠そうじゃないか」

「やだ」

「駄々っ子だなぁ」


小さく肩を揺らしてふふ、と笑うローワンに、私もなんだか安心して、くすりと笑う。
また暫くタイプ音が続くと、一際強くタン、とキーが押された。エンターキーだ。
何かデータを入力したのだろうが、私にはよくわからない。新しく開かれたウィンドウでは読み込みを始めた。


「よし、これでひとまずはいいかな」

「ローワン」

「ん?」

「新しいエンドレイヴ、名前はないの?」

「あぁ、そうだな…まだ付けてないな」

「強い?」

「ん?強いよ、きっと」

「どの辺が新しいの?」

「機能だよ。桜満集に太刀打ち出来るように、こちらもヴォイドを利用した戦いが出来るようにするんだ」

「ヴォイドで…?」

「あぁ。局長が以前、ヴォイドに関する詳細データをくれたから。それをもとにしてね」

「ふぅん…」


じゃあ、ダリルくんが乗ったら、また星のような煌めきを見ることが出来るのかな。
新型はどんな形をした機体なんだろう。シュタイナーみたいにスタイリッシュなのかな。ゴーチェみたいにロボットっぽいのもいいけど、やっぱりかっこいいのがいいなぁ。


「サーシェは、エンドレイヴに乗ってみたいとか思わないのか?」

「え?」

「あぁ、いや、なんでもない。野暮だったな」

「……いや、思うことは、あるけど」

「そうなのか?」

「でも、難しいし」

「……乗ってみるか?」

「え、」

「今なら、シュミレーションで乗せてやれる」

「いいの?」

「ああ」


突然すぎる話だった。
でも、前から気になってたんだ。画面越しに人を殺す感覚って、どんななんだろうって。

ありがたくその話にのせてもらうことにした。私は、スーツに着替えず、私服姿のままでコフィンに乗り込んだ。ヘルメットを借りて、頭に被る。コフィンの蓋が閉まると、ヘルメットの後ろにコードが接続されて、感覚が実体から剥がされるような、体の内側を擦られる感覚に思わず声が漏れた。


「ぅ、」

『大丈夫か?』

「ん…」

『それじゃあ、目を瞑って』

「こう?」

『そうだ。一応、レゾナンス数値は低めに設定しておくな』

「うん」


マイク越しに聞こえるローワンの声。瞼の裏の暗がりが、まるでスクリーンのようにしてうっすらと少しずつ映像を浮かび上がらせていく。不思議な感覚だ、目を閉じてるのにものが見える。


『基本的に、自分の身体を動かす感覚で意識すれば機体が動くから』

「何か操縦したりしないの?」

『大丈夫だ』


試しに、歩く感覚を思い起こしてみる。ぎこちなくだけど、ゴーチェの脚部が起動した。
よくダリルくんがやってるみたいな、滑る感じを想像してみた。滑らかに、少しずつ動き出す機体。


『へぇ、上手いじゃないか』

「そう?」

『じゃあ、テストもやってみるか?』

「うん」


すると、電脳世界に浮かび上がる人影。ダリルくんの時とは違って、ゴーチェではなく同じ姿形をした歩兵が現れた。
多分私が歩兵だからだ。にしても、シュミレーションのわりにリアリティーがある。ゴーチェの肩から見下ろしたときの景色とほとんどかわらない。


カウントが始まって、スタートの合図で戦闘が始まる。まずは動きに慣れようと思って、後退する感覚をイメージする。
追ってきた歩兵が浴びせる銃弾がなんだかむず痒くて、これがレゾナンス数値が高いと痛みになるのかな、なんて思いながらレールガンを持ち上げた。


歩兵にそれを向けて、トリガーを引こうとしたそのとき。


「………あれ、」


引けない。感覚が、思い起こせない。
そんなはずはない。ついさっきまで、訓練場でトリガーなんて引きっぱなしだったのに。

撃てない?


『サーシェ、どうかしたか?』

「……っ、」

そんなはずはない。
そんなこと、あっちゃいけない。

なのに、心のどこかは「やっぱり」と呟いて肩を落とす。
私は、急に怖くなって、ぎゅうと瞼を瞑った。

すると、視界が暗くなっていって、ぷつんと接続が切られた音がした。
そうっと瞼を開くと、そこは明るくて、私の体で、感覚は戻っていて。コフィンの蓋が開いて、ローワンが顔を覗き込んできていた。


「大丈夫か?
物凄い心拍数だったけど…」


心配するように目線を合わせてくるそのひと。
なんでもない、と言おうとして、ヘルメットを外した手のひらを見てまた一際強く鼓動が跳ねた。


震えている。


「サーシェ?……わっ、」


どうしよう、どうしよう。

怖いよ、ローワン。

私が、私でなくなってしまう。

ここにいる意味が、なくなってしまう。


抱きついたその身に纏う白服に言い知れぬ恐怖を覚えて、また目を瞑った。




(空っぽだったそこに巣食ったものが、
私の自由を阻んで嘲笑う)



抱く感情の種類が増えれば増えるほど、
感情の深みを知れば知るほど、
以前まで平気でやってのけたことが、どんどん出来なくなっていく。

あなたを愛した代償がこれだというのなら、なんて惨いのだろう。
私にはもう、生きる術がなくなってしまうよ。

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