「あぁ、思い出した!」


瓦礫、廃ビル。駆け抜けていく傍を流れていく景色はけして美しいものではなかったけれど、高い青空に聳える古ぼけた世界は何よりも自由にしてくれるような、そんな気がした。
地下駐車場から銃を向けられつつ誘導されていくフォートの住民を見た途端褪めてしまった。近くには白い花がたくさん咲いていて、こんなにも綺麗なのに。

付近の、元ガソリンスタンドの瓦礫の上に立ってそれを眺めていたら、何処からともなく、冒頭の様な声がして、そちらを見やるといつの間に帰って来たのかダリル少尉がいて、ばっちり目が合った。


「お前、死神サーシェ≠セろ!?」

「………」

「…無視するなよ。何様のつもり?ていうか大声出すのみっともないんだよね、降りてこいよ」

「…………」

「なぁ!聞こえてるんだろ!!見下ろされるとか腹立つんだよ!!」


私の異名を思い出せたと機嫌を良くしていたのが、掌を返すように苛立たしそうな表情に一変する。
あまり近寄りたくはなかったけれど、これ以上癇癪を起こされても面倒だったのでおとなしく飛び降りる。
じゃり、武装スーツに繋がるようなデザインの膝上から続くブーツが砂を踏んで小さな音を立てた。


「…そうだよ」

「何処かで聞いたことあると思ったんだよね。僕の次に、有名な士官」

「(あなたの方がしょっちゅう目立つことして噂になってるからでしょ)」

「ねぇ。強いの?」

「………まぁ、多分」

「ふぅん。あっそう」

「エンドレイヴは操縦出来ないよ」

「誰も聞いてないだろ、そんなこと。っていうか、お前准尉なんだろ、なんで僕にタメ口きくんだよ」

「私、直属の上司とその上層部にしか敬語は使わないって決めてるの」

「はぁ!?意味わかんない、失礼だから直してくれる」

「少尉は17でしょ。同い年だもん、敬語使う必要ない」

「っお前ムカつくな!!」

「………」

「大体なんでお前みたいなやつが僕と同じ配置なわけ?僕一人で十分でしょ、信じらんない。目障りだから消えてくれる?」


降りてこいって言ったり消えろって言ったりめんどくさい人だなぁ。
いつもののんびりゆっくり気ままな自分のペースを崩されるようで、とても気分は良いものではなかった。
八つ当たりされて怪我したくないし、その危険を侵してまで彼の傍に居なければならない必要もない。私は、静かに身を引いて道端の花に手を伸ばした。

不意に、横から伸びてきた灰色の腕が、私の目の前の花を引き抜いていった。
む、と無意識に眉間に皺が寄っていくのを感じた。表情を変えるのは不得意だから、眉間以外は何処も変わらなかったけど。

オペレータースーツに身を包んだダリル少尉の細くもしなやかな腕。華奢なその肢体、整った涼やかな表情には、意外にも可憐な花が似合っていた。
こんな人にも、花を愛でる感性はあったんだと少し驚いた。いや、こんな人だからこそ、かな。


花を、じっと見つめるすみれ色の瞳が、日光を反射してくるりと煌めく。
そこには、グエン少佐に向かって「思わず!」と笑んだとき同様、純粋な輝きが灯っていた。

わざわざ私の目の前の花を抜いたのは何かの嫌がらせだろうか、と一瞬思ったけれど、もしかしたら私が手を伸ばしたからこそこの花に興味を示しただけなのかも。
ほら、隣の庭の芝生は青く見える、とかってやつ。人のものだからこそ魅力的に見える、みたいな。

なんだか、子供みたいだ。花を横取りして、きらきらした眼でじっと観察する姿。
そして、そのきらきらしたすみれ色が、この荒廃したホンモノ≠フ中では一際輝いて見えた。


「……いつまで見てるんだよ。気持ち悪いな」

「………」


きらきらしていた瞳が、たった一度の瞬きの間に嫌悪感を露にした濁りを纏って私を睨み付けた。

…今度は、瞳だけじゃない、表情が一気にくるりと変わった。

性格は自己中心的でなかなかに嫌な人だけど、その表情はとても興味深かった。
ニセモノ≠ナ固まることがない、感情をそのままにしたような、綺麗な、純粋なきらきら。

ほぅ、と息をつきながら目を見張るけれど、私が目を逸らさないのに嫌気が射したのか彼は立ち上がり、くるりと背を向け行ってしまった。


私も、あんな風に。
表情を変えられたらなぁ。

ニセモノで固めてる訳じゃない。
私のホンモノは何処に行ってしまったんだろうか。

これじゃあ、のっぺらぼうと変わらない。


私がホンモノを探しているのは、私自身にホンモノがないから。

何処にも、ないから。
目を閉じて、耳を塞ぐ。
世界を遮断する。


遠くで、少尉のキレた声がした。

感情のままに叫ぶその声が、子供のようで。
胸の奥が熱く、燻った。

何故か、泣きそうになる。涙を流したことなんてないのに。
お腹がきゅうきゅうして、苦しい。

そっと瞼を開いて、バイザー越しに世界を見る。
ただひっそりと咲く花が、私を見つめている。


きらきら、くるくる。
光が瞬いて、眩しい。


「菌が移るだろうが!!最悪だよ…ッ、どうしてくれるんだよ!!」


泣き叫ぶ子供の声。
少尉の罵声。

重なるそれが、相反するようで、どこか似たような響きに聞こえる。
不思議な気持ちになる。なんだろう、苦しい。胸がつまるような。

そうだ、私は、こんなふうに大きな声を出したことがないんだ。

するりと立ち上がり、バイザーごと顔を押さえて、きゅうと身を縮こまらせるようにして。
むしゃくしゃ、つまる呼吸を振り切るように勢いをつけて振り返れば、眩い陽射しの煌めきのなか、金糸を輝かせながら汗だくになっている少尉がガチャンと銃に弾を装填していた。


「母親≠ニか…たかが産んだくらいで鬱陶しいんだよ」


瞬く光。

明るくて、この惨状を照らし出す。

ただひとつだけ、
彼のその長い睫毛に縁取られた輪郭の内側のすみれ色が、曇りがかったガラス玉のような濁った光を纏っていて。

何かに失望しているような、
諦めているような、


左手で耳を塞ぎ、陰りを瞼で覆う。
唇が、歪む。

彼の向こうに見える、処分者たちにも銃が向けられた。




高鳴る銃声。




私の心臓が震える。

幼い子供のように、心のなかで喚くように泣いていた。



白い花に、赤が散りばめられていくのが鮮やかに見えた。

気持ちは、ここにあるのに。
心は死んでないのに。

どうして、言葉に。形に、出来ないんだろう。


私の胸中で渦巻く靄を突き抜けるような発射音がこだまして、上空を見上げるといくつものミサイルが白煙の尾を引いて空に歪んだ線を描いていた。



耳のスピーカーから戦闘開始の合図。
私は、一度ゆっくりと瞬くと、瞳から感情を消すフィルターをかける。



ただ、命の花に弾を打ち込めばいい。
それが、私の仕事。ただひとつの、存在意義。


何も、考える必要は、ない。


ないんだ。なんにも。


たとえば太の光が
えるとき

(花は、枯れてしまうのだろうか)

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