「ん……、」


どんなに隣にいて安心できる人が出来たとしても、丸々一晩眠ることは出来なかった。
いつも目が覚めるのは決まって夜明け前。昔からずっとそうだった。

なのに。


「………、…あれ…」


窓の外はもう明るく、いつもの薄暗い夜明けの空ではなかった。たっぷり光を含んだ綺麗な空と雲が、窓枠から私を見下ろしている。
目覚められないほど、疲れていただろうか。そう思いながら、起き上がろうとして──気付いた。


「…、え?」


背中から腰を包むように伸びる華奢な腕。ぼんやりした頭が覚醒するにつれて、視界は明確に、感覚は鮮明になっていく。
首筋にかかる人の吐息。後ろから抱きつくようにして寄り添って眠っているそのひとの存在に気付いて、私は思わず頓狂な声を上げそうになった。


「(ダリルくん?)」


今まで、そばで寝ることはあっても、同じベッドで添い寝することはなかった。
嗚呼、もしかして、朝までぐっすり眠れたのって。

そっと、腰に回された腕に触れてみた。毛布の上から抱き締めてくれていた手は、ひどく冷えていて。
というか、ダリルくんおんなじ部屋だったんだ。成る程、これじゃ確実にバレていただろう。嘘界さんってば、相変わらず意地悪なんだから。

首筋にすぅすぅとかかる吐息がくすぐったくって、肩を竦めた。すると、ダリルくんは気が付いたのかすこし身動いで、一瞬きゅうと私を抱く腕に力を込めた。
昨夜は、ダリルくんに会いに行こうと、その前に仮眠を取ったのだった。そのまま朝まで眠ってしまうのは誤算だったけど、なんだか嬉しい。
私が言わずとも会いに来てくれたようで、不安なのを分かって抱き締めてくれていたようで。きっと、この温もりがなかったら、私はまた夜中に目を覚まして不安に怯えながら朝を待っていただろうから。


「…んー…、」

「ダリルくん、おはよ」


何かを探すように手をまさぐらせるダリルくん。やがて私の指先に触れると、上から柔らかく手を握って、小さく息をついた。
ダリルくんが起きないことには私も身動きがとれないのでじっとしていると、むくりと身を起こして、空いているもう片方の手を口元に当てながら大きく欠伸をした。


「…ふぁ〜あ、」

「眠いの?」

「んー…寝過ぎた感じする」

「あ、やっぱり?私も」


目をくしくしと擦る仕草が可愛らしくて、私も起き上がると、ダリルくんのちょっと跳ねた髪の毛を撫で付けるように頭を撫でた。
ダリルくんも、手櫛で私の髪を直してくれる。心地好い感触に目を細めていると、そのまま前髪を昨日のようにピンで止めるところまでやってくれた。


「にしても…女みたいだな」

「女だよ?」

「…知ってるよ」


どっかでやったな、こんな会話。と唇を尖らせるダリルくん。私だって覚えてるよ、あの頃は、私もまだまだ死神のままで、ダリルくんとは仲良くなる前だったよね。
ダリルくんの手が胸元に伸びてきて、曲がったリボンを直してくれた。私も、ダリルくんの胸元の曲がったネクタイを直そうとして、


「…これ、どうやって結ぶの?」

「……いや期待してなかったけどさ」


ダリルくんはカラコンも入れなきゃだからとベッドを降りると、洗面台の方へ行った。私はダリルくんがやってくれたからあとは偏光グラスかけるだけだけど…。
のそのそとベッドを降りてデスクの端末見れば、時刻はもう8時をとうに過ぎていた。いつもなら寝坊になるところだ。

嗚呼、窓の外が少し騒がしい。
学園祭はもう、始まっているだろうか。




***




「あ、射的だって」

「へぼいのしか並んでないじゃん」

「あのうさぎほしい」

「……お前って意外にそういうの好きだよね」

「うん」


一発で取ってやれば、横でサーシェは顔を綻ばせ、周囲の人間もおぉ、とどよめいた。軍人嘗めるなよ。こいつのがもっと楽に取れるけど。
景品のうさぎのぬいぐるみを抱きしめながら僕の隣を歩くサーシェ。あんまり男女で歩いてると目立つような気もするんだけど…まぁ、今日は天王洲第一高校に避難してない奴らも特別多く来てるから、人数の多さとしては紛れるのにちょうどいいけど。


「!」

「今度は何」

「リンゴアメ、だって!」

「………。」


その言葉に思わず表情が歪んだ。昨日のちんちくりん女を思い出したからだ。
昨日押し付けられたリンゴアメは結局食べきれず仕舞い。サーシェにやろうかと思ったけど、こいつ寝てたから、食べ掛けのそれはゴミ箱の中に放り込まれた。


「あれ、すっげー甘いぞ」

「ダリルくん食べたの?」

「無理矢理ね」

「いいなぁ」

「胸焼けするって」

「もらってこよー」

「話聞けよ」


そのままぱたぱたと屋台まで掛けていって、またあの棒に刺さった赤い塊を手にして戻ってきた。
サーシェが動き回るたびにちらちらと揺れるスカートの裾が目について仕方無い。もう少しおとなしく出来ないだろうか。はしゃいでるのは分かったけどさ。

ぺろりと小さな赤い舌がアメの表面を撫でていく。色が移ったように舌の赤みも増した。


「んー、おいし」

「嘘だろ?」

「ほんとだよ、食べる?」

「もういい」

「そ?」


手にうさぎとリンゴアメを握りしめて、僕の横を並んで歩くサーシェ。上機嫌が歩調に表れている、今にもスキップしそうだ。
今日はまだ任務続行の連絡しか回ってきていない。おかげで葬儀社のやつらを探しながらの学園祭だ。


「ダリルくんが食べれそうなのないかなぁ、」

「はぁー?いいよ別に僕は」

「せっかくのお祭りなんだよ?」

「そんな何が入ってんのか分かんないもん、いらないよ」

「でも、まだ起きてからなんにも食べてないよ?」


その時、タイミング悪く腹の虫が鳴いた。途端に頬にさす赤み。
人混みであまり音は目立たなかったものの…。サーシェは気にする素振りもせず「やっぱりお腹すいてるじゃん」と言った。


「あ、あっちにたこ焼きある。焼きそばもあるけど、どっちがいい?」

「どっちも重たい」

「んー、じゃあ…あ、ベビーカステラとか」

「………まぁ、それなら」

「じゃあもらってくるね」


ていうか起きて一番に菓子類食べるってのもどうなんだ?

またスカートの裾をちらつかせながら、ぱたぱたと戻ってきたサーシェの手元には、紙袋に入ったベビーカステラなるものが。


「ダリルくん、こっち持ってて」

「え?」


リンゴアメとうさぎを手渡されて、逆じゃないのか、と聞こうとしたその時。


「はい、あーん」

「…………、」


多分、このどんちゃん騒ぎの空気に毒されてるんだと思う。
サーシェの指先に摘ままれてそこにあるベビーカステラを、唇で受け取った。



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