「………着方、これで合ってるのかな…、」


廃れたホテルの一室に用意された衣装に着替えると、大きな全身鏡の前でくるりと一回転。丈の短いスカートがふわりと舞い上がった。

リボンは結ぶのではなく、引っ掛けて止めるだけのタイプだったので簡単で良かった。
素足にニーハイソックスを履き、血液のそれより明るい赤色のジャケットに袖を通すと、普段男と勘違いされがちな自分も、幾らか女らしく見えるようになった気がする。
片目を隠し視界を遮るために伸ばしていた前髪は、特徴的で一発でバレかねないので、用意された可愛らしい飾りのついているピンで、耳の後ろにかけたところで止めた。

コンタクトは間に合わないからと特別に用意してもらった、眼鏡そのままの偏光グラスをかける。目にかかる負担も軽減出来るよう、右目はかけると全く見えなくなるように調整されていた。
偏光グラスをかけた私の瞳は、いつもの深海のような青海色ではなく、真っ黒な瞳に変わって見えた。
気を付けないと、これも外したところを見られたら変装していることがバレてしまう。


ジャケットに携帯端末と小型消音拳銃を仕舞い込み、スカートのポケットにはジャックナイフを忍ばせる。
もとはスラム暮らしだ、いざとなれば武器なんてなくても戦える。


「後で、嘘界さんにお礼もう一回言おう」


あのひとは、用意するだけして、私に休養のための休暇を出した。表向きだ。
つまり、ここにいる間は仕事じゃない。任務もない。好きにしていい、ということだった。


『学校楽しんで来てください?貴方の青春の1ページに殺しを刻めと言うほど僕も鬼じゃないですよ』


すっかり父親だ、あのひとは。


『但し、ダリル君はあくまでお仕事で潜入していますから、邪魔のないように。貴方はもう大丈夫だと思いますけど、必要以上に戦闘もしないこと。持たせた武器は護身のためだけに使いなさい』


最低限のルールを守って、一般人に溶け込む。それができれば、あとは誰と仲良くなろうと、何をしようと私の自由。


『ですが、職に戻れば貴方はこちら側の人間です。仲良くなったお友達を殺めることも致し方無しと思えるように、覚悟しておくこと』


うん。わかってます、嘘界さん。
私は死神だから。死神の友達になってくれるひとなんて早々いないです。

私は今日、自分のコイゴコロを知るために、天王洲第一高校に潜入します。



***



高校の敷地付近で楪いのりは見つけた。今はファントム部隊の奴らと一緒にリストにない人間を間引きするのが僕の仕事だ。
どういった理由で選別されたものなのか全く検討もつかないが、リストに残るのは天王洲第一高校の生徒だけだ。それも全員じゃない。
僕は生徒を装って処理対象者を誘き寄せる。簡単だ、人手が足りないから手伝ってほしい、あっちに食料が残っているのを見付けた、こんな状況ならなんとでも言える。基本的に協力精神の厚い日本人なら、お節介な親切心も相俟ってまずついてこないわけがない。
それをファントム部隊の奴らが殺し、死体が残らないように特別な処理を行う。場所は今使われていない旧大学棟で人もいない上全部光学迷彩を展開して行われるから、ほとんどバレるはずもない。


「あーぁ、つまんない」


ローワンにきつく言われているから、下手に手を出すことも出来ないし、なかなか校内に入れなくて顔無しのやつは見つからないし。
大体、さっき楪いのりを見つけたのだってイレギュラーだったんだ。あいつは、リスト登録されてるやつを半殺しにしたのだ。上の判断で、虫の息のそいつらはリスト外の奴らと同じ処理を施されたけど。
サーシェは何故かあいつに好感を持っているけれど、正直薄気味悪い。サーシェなんかよりあいつの方がずっと死神めいている。

ほとんどの人間の処理は終わった。あとはファントム部隊に任せて、僕は本来の仕事に戻ろう。
こんなつまんない仕事、さっさと終わらせてサーシェのところに帰りたい。あいつ、まだ寝てるのかな。


「……そういえば、」


僕と一緒に封鎖区域内に入ったファントム部隊の増員の奴が見当たらない。やけに細身だったから目立つと思ったんだけど。
百数人程度の少数部隊の中で見つからないというのも変な話だ。嗚呼、なんだか嫌な予感がする。


「……寝てろよ」


もしそうだったら、本気で怒ってやる。



***



「んー」


慣れないグラスの感覚に首を傾げたりフレームをいじったりしながら歩いているけれど、なかなかダリルくんが見当たらない。
まだ学校に入れてないのか、それともうまいこと馴染んでいるのか。
さっきハンヴィーの中で見た変装したダリルくんは、本当に別人みたいだった。雰囲気や目鼻立ちが見慣れているからダリルくんだと分かるけれど、1、2回程度の面識だったらわからないと思う。


「私も案外分からないのかな」


まず、普段からあまり両目で過ごしてないし。見た目は眼鏡かけてるし、髪の色も髪型も違う。
お互いに本人だって気付かないで会ってたら面白いのに。あ、でも声とかでもわかっちゃうかなぁ。


「う〜…」


暇潰しに色々なところを見て回っていたら、倉庫みたいな部屋から呻き声がした。
ひょこりと覗いてみると、ぼんやりとだけ記憶に残る2つおさげの女の子がいた。
名前は確か…ハレ、だったっけ。

ハレには、傷の処置をしてもらった覚えがある。だから、ほんのお返しをしてあげたいと思った。


「どうしたの」

「っえ!?あ…、あの、棚の上の箱を取りたいんですけど…届かなくって」

「じゃあ、私がとってあげる」

「本当ですか?あ、でも男の子に頼んだ方が…」


すっと横に並んだときの私との身長差にほうと息をつくと、少しびっくりしたように目を丸くしたハレ。
ひょいと箱を取って、やや重たいそれを両手で手渡してやる。埃っぽくてハレがひとつくしゃみをした。


「はい、これ」

「あ、ありがとうございます!…えっと、お名前は、」

「え?あー、名前は…」


どうしよう、なんて名乗ろう。
本名じゃ日本人じゃないってバレちゃうし、呼び名はハレ知ってるし…


「あ、佐賀目エリ」

「さがめ…さん?変わったお名前ですね」

「うん、えっと…エリでいいよ」

「はい!エリさんありがとうございます!」


咄嗟の思いつきにしても苦しいネーミングセンスだ。私将来お母さんとかなれない気がする。


「エリさんはハーフなんですか?」

「えっ?」

「背高いですし、さっき、横から見たとき、目が青かったような気がして」

「っ!」


どきんと心臓が跳ねる。
嫌でもわかる、これはコイじゃない。


「…うん。そう。ハーフ」

「わぁ!すごい、どうりで綺麗な顔立ちしてると思った!」

「えっと、ごめん。そろそろ行くね」

「あっはい!本当にありがとうございました、このお礼はいつか…」

「いいよ、気にしないで」


もともと、お返しがしたくて手伝っただけだから。
それは言わずに飲み込んで、そそくさと部屋を出た。

危ないところだった、こういうときは昔みたいに表情に出てしまわないほうが便利なんだけどな。
小さく嘆息して、私はまた校内を歩き始めた。今度は、なるべく人目につかないように。


ロストフォート事件の時に会った生徒たちとは、会わないほうが良さそうだ。
ちょっと寂しくなって、俯いてため息をついた。

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