「………ふぅ、」


ハンヴィーを降りて、他のファントム部隊員に紛れビル影まで来たところで、息をつく。
多分、今のところまだバレていない。

ゴーグルがついたヘルメットをそうっと脱げば、染め立てのダークショコラブラウンの髪がふわりと広がる。


「えっと…」


嘘界さんに言われた場所を探してキョロキョロしていると、向こうに見えるビルの隙間に歩いていくダリルくんが視界に入って、思わず息を止めた。
いきなり身を隠そうとするのはこういう場合不向きだ。人がいなくて、動いた気配で存在がばれてしまう。
私は息を止めたまま、そうっと移動し、見つからないよう瓦礫の影までいくと、そっと息をつきながら様子を窺った。ダリルくんは到着報告をするため本部と通信を取っているようで、こちらには気付いていないようだった。


バレたらきっと、ダリルくんは怒るから。早く戻れって、怒鳴っちゃうから。
そうしたら、ダリルくんがスパイだって、皆にばれてしまう。


結晶化して錆び付いたホテルを見つけた。多分、あれだ。
ダリルくんの気配がなくなったことを確認してから、滑り込むようにホテルへ駆け込んだ。



「それは、……恋、じゃないか?」



始まりは、ローワンの一言だった。


「コイ?」

「そう、恋。ていうか、無自覚だったのか…」

「?」

「あぁいや、なんでもないよ。そうか、サーシェも成長したな…」


そう言うなり、ローワンが眼鏡を外して眉間を摘まむように押さえて、しゃくり上げ始めた。
いきなりしゃっくりが止まらなくなったのかと心配しておろおろしていたそこに、嘘界さんが突然現れて言ったのだ。


「そうですか、貴方の心も成長しましたねぇ。恋慕を抱くまでになりましたか…」


染々言われて、なんと反応すればいいのか分からず首を傾げている間に、ローワンはベッドサイドのミニテーブルに置かれていたティッシュボックスから1枚引き抜くと、鼻をかんだ。遅めの花粉症?
ベレー帽の上からとすっと嘘界さんにチョップをされておとなしくなったものの、未だに涙ぐんで続きを話そうとしないローワン。代わりに、嘘界さんがやれやれと言った顔をしながら口を開いた。


「ローワン君はね、サーシェ。貴方が他人と殺し合うことでしか接し方を知らない頃から面倒をみてきましたから、今貴方の大きな成長ぶりを見て感動しているんですよ」

「成長?コイをすると、大きくなるんですか?」

「人間的にひとつ大人に近付くんです。嗚呼、あとローワン君の場合は寂しいのもありますかねぇ」

「寂しい?寂しいのローワン?」


えぐえぐと泣き続けるローワンは成る程、確かに感動と寂しさの涙が入り交じってなんだか訳がわからなくなっているように見えた。
普段、比較的感情豊かな彼でも泣く姿は見たことがなかったからびっくりした。そっか、ローワンは感動すると泣いちゃうんだ。

情けないですねぇ、みっともないですよいい大人が、と嘘界さんにどつかれて漸くローワンは泣くのをやめた。
私といるときの二人は上司と部下というより、先輩と後輩みたいな感じだ。…そんなに変わらないかな。
私からしたら、兄が父に諫められているような、…アットホームな空気。昔と一緒で、3人集まるといつもこんなだ。


「それで、サーシェはそんなことを聞いてどうしたんですか?」

「え、」

「青春とは、淡い恋心あってこそ成立する儚い一瞬の人生…、いいですねぇ、こちらまで若い頃に戻ったような気になります」

「嘘界さん…?」

「良いじゃないですかローワン君、相手は言わずと知れた仲の少年ですよ。君が彼女の背中を押さずして誰が押すんです」

「…っう、押します…」

「よろしい」

「なんの話…?」


直球で物事を言ったり言わなかったり、難しいことばかり言うのが嘘界さんだ。私にはさっぱりなんのことだか分からない。


「サーシェ、その…ドキドキしたり、会いたくなったりするのは、恋って言って…友達や家族を思い慕うのとはまた別の感情なんだ」

「違うの?」

「そう、違う。だから、難しいんだよ。なんて説明すればいいかな…」

「ふむ。そうですねぇ、恋はして終わりではないですからねぇ」

「コイって、したら何すればいいんですか?」

「恋をした相手に、想いを打ち明けるんです」


にっこり笑いながら教えてくれた嘘界さん。
好きだって思うのがコイなら、私、さっきもうダリルくんに言っちゃったよ。


「いいえ、そうではありません。きちんと、どういう種類の好きで、どれくらい好きなのか伝えなければ」

「そうなんですか…」


どれくらい好きなのか、か…難しいなぁ、なんて言ったら伝わるかな。
というか、コイが具体的にこういうものだっていうのが掴めていないから、分からない。きっと、ローワンや嘘界さんに聞いたらコイだった、なんて言ったら、またダリルくんは呆れてしまうだろう。

これは、もしかしたら私自身が見つけて、きちんと知らなくちゃいけない気持ちなのかもしれない。
サーシェ情報を増やすチャンスなのだ。


「想いを伝えるには、貴方はまだまだ未熟者です、サーシェ」

「未熟…」

「多くを経験して、恋心は成長させてからでないと、失恋してしまうこともあるんですよ」

「シツレン?」

「サーシェの場合それはないでしょう…局長」

「いえいえ、可能性を見誤ってはいけませんよローワン君。失敗と成功を重ねた末に成就することこそ恋愛の醍醐味。分かりますかねぇ君に」

「(完璧楽しんでいる…)」


ちょっと小馬鹿にした視線で見下ろした嘘界さんをじと目で見つめるローワン。なんだか、二人とも目と目で語り合ってる感じで、私には分からなくてつまらない。


「はい、というわけでサーシェ。貴方、ちょっと青春してきましょうか」

「?…セイシュン、って…どうやってするんですか?」

「うってつけのシチュエーションがあるじゃないですか」

「……って嘘界局長!駄目ですよそれは!少尉にも念を押されてるんですからっ」

「まぁまぁ堅いこと言わずに」

「局長!」


流れるような手捌きで旧式携帯電話を開き、目にも止まらぬ早さで番号を打つと、嘘界さんはそれを耳に当てた。プルルルル、と昔懐かしいコール音が漏れる。


「あぁ、僕です。えぇ、はい、用意お願いしますよ。必ず間に合わせてくださいね。…日数が足りない?そんなの間に合わせてこそプロフェッショナルでしょう、なんとかしてください。出来ない場合、悪夢に遭うことになりますから覚悟の上宜しくお願いします」


ぶつり。一方的に言うだけ言って通話を切った嘘界さん。
悪夢を見るのではなく遭うと言う辺り本気だ。この人は面白ければ笑って流すがつまらないと全力で潰しにかかる節がある。電話相手の人は運が悪かったようだ。


「はい、では3日後には用意させますのでご心配なく」

「どういう、こと…ですか?」

「ローワン君、代わりにどうぞ」

「は、はぁ…、」


にんまりと逆さまのへの字に口角を上げて微笑う嘘界さんに肩を叩かれたローワン。困ったようにベレー帽の端を摘まんで目深にしてから、嘆息混じりに続けた。


「サーシェ、君の制服が用意出来るってことだよ」

「制服…?士官服なら、着てないけど寮室に、」

「軍のじゃない、天王洲第一高校のものだ。

君も潜入することになるんだよ、サーシェ」


私は暫く、目をぱちくりと瞬かせているしか出来なかった。



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