帰還した指揮車は、困惑、戸惑い、焦り。そんな色に包まれていた。
「これを全部歩兵がやったというのか!」
『おそらく…映像記録が乱れていて判然としませんが』
「くそ…っ、こんなもの報告出来るか!!」
オペレート車からの通信でローワンと会話するグエン少佐は、この上なく不機嫌と言った様子で椅子を蹴飛ばした。
ヘルメットを被ったままの視界には、そんな様子ではなく先程の不可解な光景がフラッシュバックしていた。
作戦を立て直すも何も、エンドレイヴを5機も失ってここからどう持ち直せというのか。独断での防疫行動に援軍など期待できない。最早戦況は絶望的とも言えた。
『しかし、第二中隊がまだ居ます』
「第二中隊?」
『ああ。先程到着した』
「援軍は期待できないって…」
「中隊長はあの狂犬だからな」
苦々しげな顔をしたグエン少佐の言葉に、暫くしてから納得した。
GHQの頂点ヤン少将の息子で、17歳という若さで少尉に上り詰めたあの──皆殺しのダリル=B
エンドレイヴの使い手としては他に類を見ないほどの天才的腕前を誇るも、性格に難がある上その立場、決して彼を尊敬するような下士官はいなかった。
「死神≠ェいながらにして何故こうも…っ!貴様、本当にあの死神≠ネんだろうな!?」
「…っ、相違ありません」
「ならば何故!!躊躇した!?あの歩兵の側に居たのだろう、何故殺さなかった!!」
「それは───」
ぴったりとした武装スーツに胸ぐらを掴めるだけの生地はなく、代わりに壁に叩き付けられ喉を押さえられた。
息苦しさに眉だけを歪めながら、掠れるような声を上げる。こんなの八つ当たりだ。テロリストに嵌められたのはあなただろうに。
画面越しに止めるようローワンの咎めるような声が響くけれど、頭に血が上っている少佐には届いていなかった。ヘルメットごと打ち付けられた後頭部がじんじんと痛む。
その時だった。落ち着いた、若い男の声が響く。
「ダリル・ヤン少尉、入ります」
その声に反応して、少佐は手を離し、壁際の私から離れて振り返る。出入口付近まで出迎えに行くと、作り笑顔で応対を始めた。
……吐き気がしそうだ。
「これはこれはダリル少尉。ヤン少将のご子息が、わざわざ移動コクピットで臨場してくるとは…
ここにはお父上…いや、ヤン少将のご命令で?」
「いえ、独断です。新型をオペ船に搬入する途中で、戦闘が始まったって知らせを聞いちゃったので…
思わず!」
少将の息子である少尉に取り入ろうと即席の笑顔を向ける少佐に対し、少尉は自信に満ちた表情をしていて、抑えていた上機嫌さが花開くように子供のような無邪気な笑顔をしてみせた。
新型エンドレイヴ、シュタイナー。名前は聞いたことあるけど、私はオペレーターじゃないからカタログも見たことないし詳しい新しく搭載された機能についてもよくは知らない。ただ、より人型に近付いたフォルムが印象的だとローワンから聞いたことがある。
新型を操縦できて機嫌がいいのだろうか。新しい玩具をプレゼントされた子供のようで、話に聞いていた彼の人格像とあまり被らずやや驚きの目で私は彼を見た。
あんまりじっと見ていたものだから、気付かれてしまった。格好悪く壁に寄り掛かりながら座り込む私の方を向く少尉。
「…そちらは?」
「メノーム准尉です。先程少々ミスをしてね…」
「ミス?」
「捕虜をみすみす取り逃がした上、歩兵を処分し損ねるという…死神≠フ名に自ら泥を塗るような失態を犯したのだよ」
「………」
「死神…」
「その点、少尉は流石、有名に恥じぬ働きぶりだ。有り難く力を貸していただこう」
言い掛かりも良いところだ。
私は捕虜を監視する立場じゃなかったし、あの少年だって殺そうとした。攻撃を止めさせたのはあなたじゃないか。
これ以上ややこしくさせたくなかったし、ローワンも見てる横でまたお説教は嫌だったから不満を抱えるようにして私は黙りこんだ。
ちゃっかり私を貶めつつ少尉を褒めあげた少佐は、友好的な笑みを浮かべながら手を差し出し握手を促す。
死神の名に覚えがなかったのか、その端正な横顔に思案の色を添えていた少尉は手に気付くと、やんわりと口角を上げ微笑んだ。
「………冗談はやめてよ」
「は?」
「僕にその脂身に触れって言うのッ!!?」時間が止まったようだった。
ざわめくのではなく、指揮車内の温度が一気に下がったような感覚だった。モニター越しのローワンも目を見開いて驚き、そして青ざめている。
いやな意味で静かなその場で、少尉は豹変したキレ顔で続けた。
「いい?僕は自分の好きなようにやる。もし邪魔したら…
パパに言い付けるからね?」
フフン、と優越感に浸ったような笑みを漏らしながら、指揮車を出ていく少尉。空気は、張り詰めたものから一気に気まずいものになった。
脂身ねぇ。確かに少佐は、恰幅のいい体型だけど。皆が皆黙ってたことを言い放ったというか、なんか、もう、フォローのしようがない。
「糞餓鬼めが…ッ!!」と押さえきれない怒りを隠さない少佐に、ローワンがベレー帽を深く被り直し視線を逸らした。
性格に難がある。その意味を、漸く理解して、あー、と私はもう一度頷いた。
「捜索範囲を拡げろ!!女子供だろうが端から捕らえて尋問しろ!!奴らを発見次第全戦力を投入し殲滅及び防疫行動を再開する!!」
どうかまた八つ当たりされるのだけは避けられますように。
モニターの向こうのローワンと目を合わせて、やれやれと肩をすくめた。
***
夜が明けていく。
報告、命令が出るまでは指揮車の護衛という名目での休憩だ。目を休めなければならない。
外していたヘルメットを膝の上で撫でる。これがあっても、やはり両目でものを見るのは少々堪えるものがある。いい加減慣れなくちゃ。
ダリル少尉は気分転換に辺りの歩兵に挨拶にいった。自由気ままなものだ。私も普段はそんな感じだけど。いつ戦闘が始まってもおかしくないのに、オペレーターがふらふら出歩いちゃまずいだろう。何のための遠隔操作だかわからない。護身用の拳銃一丁だけ携えて何処まで行ったんだろう、全然帰ってこないったら。
ただひとつ、確かなのは彼にはニセモノがないということ。
良い意味でも悪い意味でも子供な彼は、偽って他人に近付くことをしない。純粋に、気分の良いときは笑い、反対に気分が悪くなれば一気に機嫌を悪くし時には暴力、果ては殺しまでする。その姿は玩具を壊すように容易且つ一方的。
難しい顔ばかりの大人たちに囲まれて育ったからか、同年代──いや、子供と言った方がいいのだろうか──は新鮮だった。
あんな風に真っ直ぐで、くるくる表情の変わる人は初めてだ。面白いというか、興味が湧いた。ただ、私の求める本物ではなかったけど。
『サーシェ』
「あ、何」
『人質を約100名捕縛した。これから少佐がテロリストと交渉を開始する、今から言う配置につくんだ』
「うん、わかった」
ヘルメットのスピーカーがオンになって、ローワンの声が漏れ出る。それを耳元に寄せると、彼が告げた配置は驚きのものだった。
「少尉と一緒なの?」
『ああ』
「やだ、私シュタイナーで踏まれそう」
『そこは避けろよ、…じゃなくて。戦闘が始まるまで少尉は待機、シュタイナーに乗るのはそのあとだ。君の仕事は、彼が乗ったオペレート車を護衛すること』
「…えー…動けないの…?」
『最終的に少尉が無事なら良い。護衛出来る距離なら問題ない』
「わかった」
オペレート車は指揮車から遠く離れた場所にある。第二中隊のエンドレイヴ部隊のコクピットは全てそこにあるため、エンドレイヴ全機を潰すよりオペレート車を潰しにかかられた方が厄介なのだ。
万が一指揮車を包囲されても、エンドレイヴ部隊が無事機能すれば逆転も可能。それにグエン少佐お気に入りのビーム砲台も沢山積まれてる。なんとかなる、かな。
指揮車とオペレート車間の距離で丁度真ん中辺りに位置する、人質を拘束している地下駐車場のすぐ上辺り、要するに──元麻布十番駅に向かうべく私はヘルメットを被った。
見せしめとするべく、防疫処分という名目で人質を順に殺していくらしい。独断で何処までやる気なんだ、脂身少佐は。
溜め息も程々に、立ち上がって指揮車前を後にした。
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